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浮野の里

今回の散策の最初は「浮野の里」です。
結構わかりにくい立地なのですが、”あやめ祭り”ということもあって道標もしっかりあり、道に迷うことなくストレートに到着しました。

加須の浮野とその植物」碑駐車場の道路沿いには「埼玉県指定天然記念物 加須の浮野とその植物」碑が立っています。
碑の横には細い道が続いていますが、ここからは自動車の進入は不可です。


屋敷林細い道の先にはこんもりと繁った小さな林が見えます。
これがこの周辺の特徴である屋敷林というものだそうで、 この屋敷林とは、もともと生活を守ために気象緩和装置として設けられたのですが、屋敷ごとにスケールや形状が異なることにより、田園風景のアクセントとして現在では景観資源として考えられているそうです。


浮野田圃の中の細い道を行き屋敷林を通り過ぎると、一部分だけ葦の繁った場所が見え、その前に展望台のようなものが見えます。その近くに案内板があります。


『埼玉県指定天然記念物 加須の浮野とその植物
「加須の浮野とその植物」は加須市北篠崎にある、南北約110m、東西約40mの低湿地です。
この地域は昭和22年(1947)に関東地方を襲ったキャスリーン台風により利根川が決壊し、加須を含めた広い地域が洪水にみまわれました。この時北篠崎一帯の低湿地はすべて水没しましたが、浮野の北半分は水に浮いていたことから「浮く野(ヨシなどが繁る池)」として「うきや」の名がつけられました。
浮野は中央部に位置する堀を境に北地区と南地区とに大別されます。南地区には一面ヨシが群落をなし夏には冠水します。地表にはアゼスゲ、シロネ、ホソバノヨツバムグラなどの耐陰性の植物が自生しています。北地区は夏でも冠水することなくトキソウ、クサレダマ、エゾミソハギなどの貴重な多年草本が自生しています。
この地域一帯は縄文時代には枝状にたくさんの谷が入り組んでいる起伏に富んだ水辺の地域でした。加須の周辺は、古墳時代になって地盤の沈降により利根川の流路が乱流し土砂の運搬が行われた結果、現在のような平らな地形(加須低地)となりました。
ボーリング調査の結果、浮野の地下には埋没した谷があることがわかりました。この谷を埋めているものは、低地に生育している植物が地下谷を流れる比較的温度の低い地下水の影響をうけ分解しきれず堆積した泥炭層からなっており、河川の氾濫により運搬された土砂とは異なっています。このことから浮野は、利根川の乱流路からはずれた後背湿地にあったということがわかります。
浮野が地下の伏流水の供給により比較的低温条件が保たれてきた結果、好湿地性のエゾミソハギ、クサレダマ、トキソウ等の低地には極めて珍しい貴重な植物が自生するようになったと考えられます。
浮野とその植物は以上のことから「場所指定の天然記念物」としてたいへん貴重なところです。
平成7年10月 埼玉県教育委員会・加須市教育委員会』

ちょうどこの案内板のある辺りは南地区で夏には冠水するエリアなんでしょう。

浮野展望台のようなものは浮野観察舎といわれるもので、観察舎の前には5月上旬から中旬にかけてトキソウやカキツバタの自生が見られる場所のようで、周りを堀で囲まれていてここが場所指定の「浮野」とよばれている場所のようです。現在は葦が一面に生い茂っているだけですが、季節ごとに表情を変えていく貴重な場所なんでしょうね。
【非常にわかりにくいのですが、青い柱で囲われている部分が自生地のようです。】


浮野の白鳥周りは全くの田園風景ですが、ハクチョウ(?・・・かどうか正式には判りませんが))も見えるのどかな雰囲気です。


ここから北地区に移動です。

うきや橋丁度「浮野の里」バス停前の入口から入ると、南北地区を分ける堀にかかる「うきや橋」があります。


四阿くぬぎ並木遊歩道入り口ここを渡ると昨年も訪れた際の四阿があり、四阿の左手には”あの”スズメバチ大量発生の「クヌギ並木遊歩道」がりあります。さすがに「あやめ祭り」とあって、まだAM10:00過ぎですが結構来場者がいますが、よくよく見れば半数は「カメラ小僧」ならず「カメラ親父」達で、どうやらもっぱら被写体は田舟の女船頭のようですね。


田舟船着場その田舟の船着場が四阿の所にあるので、まずはこれに乗ってみます。


田舟チケットちょうど田舟は、向こう側の船着場(って、どこ?)から戻り待ちでした。その間に乗船代200円を支払ますが、一応「浮野丸」というネーミングがあるんですね。


戻ってきた田舟5,6分待っていると田舟が戻ってきました。確かに女船頭が前で舵取りをしています。のんびりとした船足が風景とマッチして実に趣がありますね。
そして乗船です。


田堀を進む田舟田舟は嘗ての新田開発の名残である田堀を進みます。
出航してすぐ90度右に向かい暫しまっすぐ進みます。田堀の左手が「クヌギ並木遊歩道」で右手が「ノウルシ自生地」ですが、季節的にはもう終わってしまっています。


水車を回すパフォーマンス正面に小さな水車が見え始め、水車には人が乗って水車を回すパフォーマンスを演じています。なかなか凝った演出ですが、この女船頭や係りのスタッフは一体どのような方達なんでしょう。
まさか市の職員って訳でもないでしょうが、乗船券を見ると主催「浮野の里・葦の会」と記載されています。


この「浮野の里・葦の会」を遡ると平成2年の発足した、北篠崎地区の自治会(住民役50名)が中心となった「美しい村づくり委員会」が前身で、この地域を埋め立てから守り、地域つくりを推進しようという目的から始まったようです。
主に桜やハナショウブなどの植栽や様々なイベントなど環境保全や魅力ある地域つくりを実践し、「あやめ祭り」は平成6年から開催しました。
その結果、平成7年には埼玉県の「さいたま地球環境賞」奨励賞を受賞し、当時の国土庁からは「浮野の里」が「水の郷百選」に選定されました。この「水の郷百選」は他に埼玉県では、寄居町と北川辺町が選ばれています。
このような一応の成果を見た上で、更なる地域活性化と環境保全を図る為に平成9年、「美しい村づくり委員会」は発展的解消とし、篠崎、多門寺地区の住民(会員)302名の賛同の上、「浮野の里・葦の会」を新たに設立したのです。

こうして現在、「浮野の里」(多門寺・北篠崎地区内)の田園風景や新田開発の名残をとどめる田堀やクヌギ並木などの自然や歴史的遺産の保全活動を継続しながら、快適で住み良い地域つくりを推進することを目的として、NPO的な活動を繰り広げているそうです。
そして、平成10年度に旧国土庁より全国地域づくり推進協議会会長賞、及び「農村アメニティコンクール」で優良賞を受賞し、更に平成17年度には、「みどりの日」自然環境功労者環境大臣表彰を受賞しました。
これ等の努力の結果、地域と外部からの来訪者との交流が活発になり、郷土意識の高揚や連帯感の醸成につながり、地域活性化により徐々にではあるのですが、経済効果も表れてきているそうです。
こうした取り組みの一つに「あやめ祭り」があり、今回これ等の運営を手掛けているのはすべて地域住民だということです。

田堀沿いのあやめ園さて田舟は先に進みます。水車の前を右に90度曲がると左手に一面のあやめが見えてきます。
このあやめ園にはハナショウブが約3,000株植えられているそうです。前週に訪れた菖蒲城址あやめ園は約30,000株で、丁度10分の一の規模です。
単に規模だけでいえば見事さでは一歩も二歩も引けをとらざるを得ないのですが、田舟で水上から見るあやめ園として、その風情、光景に感動的な要素を加えれば、ある意味勝るとも引けをとらない見事なあやめ園だと思います。


暫し水郷風情を楽しんでいたのですが、件の「カメラマン親父」が、乗船者に対してやれ笑えだの偉そうなことは言うは、カメラマン同士で「邪魔だ・・・」とかなんとか、風情も何もどこかに飛んでいってしまいましたね。
写真をとるのは大いに結構ですが、色々な意味で人の邪魔をしないで欲しいですね、折角の良いイベントなんですから。

あやめ園の船着場田舟は更に左に90度曲がってあやめ園の船着場に到着しました。
なかなか心憎い演出と仕掛けで田堀と田舟を堪能しました。10分程度の田舟遊覧でしたが、これでも200円は安いかもしれません。機会があれば是非とお勧めできますね。


田舟船着場を上がってあやめ園内を少し散策します。ちょうど先ほど乗ってきた田舟が戻るところで、ちょっと「カメラ親父」やってみました。
勿論迷惑掛けてないですよ。


あやめ園ハナショウブもまだまだきれいに咲いていてそれ程多くの品種はないようですが、それなりに整備されていますね。おそらく年々増えていくのではないでしょうか。
でもここの場合は季節ごとに楽しめることと、やはり自然のままをうまく活かしていただきたい、などと勝手なことを考えてしまいました。


くぬぎ並木遊歩道あやめ園を後にして、途中から「クヌギ並木遊歩道」を北に進みます。天気がよいので少し汗ばむくらいでしたが、遊歩道はクヌギの陰でひんやりとしてとても気持ちの良い遊歩道で、埼玉県のふるさとの道に選定されているそうです。


くぬぎ並木遊歩道展望台遊歩道の先に展望台があります。大きなクヌギの木であやめ園をはじめとした南側は見ることができませんが、北側の田園風景は一望でき、更にのどかな風景が広がります。


ちりじの橋展望台から更に北に向かって歩いてみます。「ちりじの橋」を渡りますが、この下は牛ノ堀川が流れています。


田園風景橋を渡ると「浮野ふるさとの路」という道標が今来た路を指しています。
ここから先、道路の右側(東側)は「浮野の里」ですが、左側(西側)はエリア外です。
あたり一面の水田風景ですが、この水田地帯は広がりのある開放的な空間を創出し、水田の季節変化は風景をダイナミックに塗り変えるというコンセプトがあるそうです。


くぬぎ並木そして少し先に行くとクヌギ並木道が右側に伸びています。これも意図的に植林されたものだそうで、水田地帯にリズムと立体感を生み出し、季節の変化とあわせて単調な空間を豊かなものにしているのだそうです。
確かに牧歌的な雰囲気になっているようですね。


それにしても風景もさることながら、実に生物の鳴き声がよく聞こえます。雀のような甲高い鳴き声から、ウシガエルの重低音の中に、何故かカッコーの鳴き声までもが聞こえてきます。これらがある一ヶ所で聞こえるのではなく、水田全体、或いは水田を取り巻く空間全体を取り巻くように聞こえます。これも自然豊かな証拠なのでしょうかね。

手子堀川のんびり田園風景を眺めながら10~15分でしょうか歩くと、また川に突き当たります。「手子堀川」という川です。
ここには橋とならんで手子堰という手子堀川に設けられた唯一の取水堰だそうです。水田地帯ですから当然のことですが、東京近郊では、あまり見かけることはありませんね。


ここまでが「浮野の里」のエリアです。ほぼ「浮野の里」を南北に縦断してきたわけです。何気ない田園風景もよくよく見れば様々なアイディアが凝らされているそうです。
《水田》《田堀》《クヌギ並木》《アシ原》《屋敷林》などの資源を活用し、単なる水田地帯を新たな観光資源として活用しようとする試みでもあるようです。
このような努力も地域住民によって行われたところに価値があるのかもしれませんね。

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