千方神社と会の川

加須駅方面に向かいますが、この辺りには駐車場がないため、仕方なく・・・、どうしようもなく・・・、止むに止まれず・・・、市民プラザの駐車場に停めされていただきました。一応市民プラザの中の図書館だけ意味もなく眺めてみましたが、というより結局トイレをお借りして・・・、言い訳にもなりませんね。
気を取り直して(って、勝手に・・・)、目指す「加須の手書鯉のぼり」の「橋本商店」へ向かいます。

市民プラザを出て北東方面に進むと、すぐ近くに神社がありました。家内曰く「そそられるでしょう」と謎の笑い。その通りとばかりに神社に入ります。
参道入口は結構狭いのですが、参道はちょっと長めの”うなぎの寝床”状態の神社です。千方神社と書いて”ちかた神社”と読むそうです。

千方神社参道結構参道が長いので一の鳥居と二の鳥居が見えます。その間に赤い欄干の神橋が架かっています。参道を進んで境内に入ると・・・、ひ、広い! 無駄に・・・ではなく壮大な空間が境内に生まれています。”うなぎの寝床”ではなく参道が”ぞうのしっぽ”でした。


千方神社拝殿拝殿で、とにかく参拝を済ませて由緒などを見ておきました。


千方神社
この神社は、藤原秀郷の六男である鎮守府将軍藤原千方がこの地で徳政を行った功績を讃えて祀ったものである。
祭神は、興玉命(オキタマノミコト、猿田彦命の別名)・神日本磐余彦(かむヤマトイワレヒコノミコト、神武天皇の別名)・藤原千方(フジワラチカタ)公である。
現在の社殿は、大正5年6月1日に起工し、同7年10月19日に竣工した。』

ここで藤原千方を調べると「藤原千方伝説」という面白い記述が出てきます。

『『太平記』第一六巻「日本朝敵事」の記事によると、平安時代、時の豪族「藤原千方」は、四人の鬼を従えていた。どんな武器も弾き返してしまう堅い体を持つ金鬼(きんき)、強風を繰り出して敵を吹き飛ばす風鬼(ふうき)、如何なる場所でも洪水を起こして敵を溺れさせる水鬼(すいき)、気配を消して敵に奇襲をかける隠形鬼(おんぎょうき。「怨京鬼」と書く事も)である。藤原千方はこの四鬼を使って朝廷に反乱を起こすが、藤原千方を討伐しに来た紀朝雄(きのともお)の和歌により、四鬼は退散してしまう。こうして藤原千方は滅ぼされる事になる。(ウィキペディアより)』

これですとまるっきり千方はヒールですよね。このような人祀っていいものだろうか、と疑問に思っていると、どうやらウィキペディアの記載違いらしいのです。
別のサイトでは、出典は同じ「太平記」ながら平安時代ではなく、”天智天皇の時代”と記載されていて、これですとほぼ大化の改新前後ですから平安時代とは100年以上の隔たりがあるということです。
そしてこのサイトでは後世、藤原千方という同姓同名の人物がいたと記載されています。ですから逆に言うと平安時代に藤原秀郷の子、藤原千方という人物は確かに存在したが、大化時代の伝説に出てくる藤原千方自体がそれこそ伝説で、実在したかどうかもわからないという、訳の判らない結論でしょう。ある意味いい迷惑・・・ってことでしょうか。

参考:【ゆーでぃあ】http://www.geocities.jp/kodaishi3939/jinsin/tikata.html

とにかく疑いは晴れたようです。
こちらも境内社は多いです。それぞれの由緒も説明されていました。

稲荷神社と八坂神社まずは千方神社の右手にある2つの社です。
左側の小さい社が「稲荷神社」で、右側の大きな社が「八坂神社」です


稲荷神社
祭神は宇迦之御魂神(ウガノミタマノカミ)。
稲の精霊を神格化した神で五穀や食物をつかさどる神として奈良時代に信仰がひろまった
伏見稲荷の社伝では711年に稲荷山三ヶ峰に稲荷神が鎮座した。
本来の農耕神から商工神へと拡大していった。
祭典は3月初牛の日に開催される。』

八坂神社(天王様)
7月に入ると神輿の巡行がある。無病息災、安全祈願後、町内を巡回する、最後に商工会館前に集合「連合渡御」が行われる。
翌日には各町内の山車が町内を巡回し、最後に駅前通りに集合「ヒッカセ」(太鼓の叩き合い)が行われる勇壮な祭りである。』

恵比寿大黒神社千方神社に戻り、逆の左手には「恵比寿大黒神社」があります。


恵比寿大黒神社
恵比寿大黒様と称され日本の福の神を代表する神であり、招福繁栄、商売繁盛、台所の守り神として多くの人々の信仰を集めている。
式典は11月20日に行い、11月23日に御礼、熊手、福餅の授与を行う。
境内では加須びっくり市や福引抽選会等を実施、多くの氏子がお参りに訪れる。』

浅間神社そしてここから少しはなれたところに小さな「浅間神社」があります。


浅間神社
木花咲那姫命を祀る社でここの神は日本を象徴する富士山の神霊である。
祭典は初山祭といい7月1日に行い、1歳から3歳までの子供の額に朱印を押して成長の無事を祈るのである。
神徳として、子授け、安産、災難消除等の神として多くの氏子の信仰を集めている。』

結構多くの神社がそうですが、市街地にある神社は概ね摂末社として合祀され、様々なことにご利益があるのが多いです。
近世から現代では仕方のないことなのでしょうね。土地の問題や人的な問題もありますから。

石敢當「浅間神社」の先に珍しい碑がありました。「石敢當」という碑です。


石敢當
昭和31年9月指定
この「石敢當」は、中央二丁目の塩田鉄工所の裏にあったものを、昭和29年10月この地へ移したものである。
文化年間に加須の五・十市の世話人たちによって、市の神様として信仰されたという言い伝えがある。
そもそも「石敢當」とは中国の力士の姓名で、この人の名を石に刻んで守護神としたのがはじまりであるが、また、よくありがちな信仰から疫病除けとしたものと思われ、関東地方にはきわめて稀で九州地方には多く見うけられる。
この「石敢當」の筆跡は、当時江戸でも有名な漢学者であり、書家でもあった亀田鵬斎の書いたもので「文化十四年(一八一七年)丁丑十一月長至日、鵬斎陳人興書」と刻まれている。
昭和54年3月 加須市教育委員会』

この「石敢當」は九州といっても主に沖縄県、鹿児島県が主だそうです。ちなみに埼玉県には加須のほか、騎西町の龍興寺参門前にあるだけだそうです。
確かに九州以外ではとっても貴重なものなんですね。

参考:【郷土研究ノート】http://www8.ocn.ne.jp/~sek17829/index.html

なかなか珍しいものを見て千方神社を後にします。

金兵衛橋会の川千方神社の前の道をそのまま北上すると「金兵衛橋」に行き当たります。下を流れるのは「会の川」(あいのかわ)だそうです。
この「金兵衛橋」から上流に向かって川の上が公園になっています。


「会の川水の広場」という公園で、この「金兵衛橋」から上流の「上之橋」までの約400mが公園の敷地です。勿論幅は川の幅と同じですので、ニョロニョロと長い公園ですね。

公園内の日時計公園内を歩いてみますと、いきなりエンターテインメント!? これは「人間日時計(かげぼうし日時計)」というもので、案内板にやり方が書かれています。面白そうなのでやってみようとしたところ、家内から「あのね・・・!」の一言。「日が翳って太陽が出ていないから」とアホ扱いされました。
言われてみれば・・・おっしゃる通りでした。


川の上の川若干の後ろ髪惹かれ状態で先に進むと、さすがに親水公園だけあって、公園内を人口小川が流れるようになっているようです。残念ながら現在水は流れていませんが、夏ともなれば涼しげな状況が表れるのでしょうね。それにしても”川”の上に”小川”とは何ともいえない面白みを感じると共に、結構珍しいのではないのでしょうかね。まあ、逆な見方をすれば、”川”の上に”小川”を作って何の意味が・・・ってところでしょうか。本来は本当の川を活かせば良いという事にもなるのですが、まあ、それはそれで、これはこれで面白いじゃないですかね。


鯉の滝昇り?”川”の上の”小川”沿いを先に進むと、さも滝をイメージしたような池のようなものがあります。熊に乗ったウサギの像も滑稽ですが、何といってもその中にいる鯉の大きさです。かなり大きな鯉で、下世話な話、良い値段するんじゃないでしょうか。そう考えるとセキュリティって一体どうなっているんでしょうね。加須市民のモラルが高い・・・確かにそうかもしれません。
セキュリティ云々はさて置き、これってよくよく考えると、あれ・・・ですかね、「鯉の滝昇り」!? ・・・これ受けるね! 
1ヶ月に一度くらい鯉が登ったら間違いなく集客になりますね。栗橋のハクレンくらいのニュースバリュー(いやもっと大きいかな)にはなりますよきっと。加須市役所の方々一遍訓練してみてはいかがなものですかね、十分町興しになりますよ。


鯉の上の鯉のぼりなどとバカをいってないで先にいくと藤棚があり、その先には更に池があります。
池の真ん中には加須らしくシンボルの鯉のぼりのモニュメントが立っています。そして池にはやはり大きい鯉が・・・
”川”の上に”小川”で「鯉の滝昇り」に”鯉”の上には”鯉のぼり”と・・・。
なかなか洒落の効いた公園で、あなどれません。


この池の先は一旦道路が走っていて、左に向かえば加須駅方面です。道路をわたって公園の先に進みます。

本当の川の上の川 こちら側には例の”小川”があり、こちらには水が流れていて、まさに”川”の上の”小川”です。
5分ほど歩くと公園は終了し「上之橋」の到着します。


川の下の川「上之橋」から今来た公園方向を見ると確かに川の上に公園があります。
こちらは反対に”小川”の下の”川”です。


ちょっと妙なところで楽しんでしまったようです。いよいよこれから「はしもと」に向かいます。

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