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浦山ダム #1

再び県道73号線を進みます。10分ほどでしょうか浦山ダムに到着しました。
模型を見てきたとは言え、やはり本物の迫力は相当なものです。人口の建造物の中ではやはり橋とダムが一番見ごたえがあるかもしれませんね。
車を駐車場に止めてまずはダムの横のダム資料館である「うららぴあ」を訪れました。

「うららぴあ」を訪れる前に普段何気なく使っている「ダム」という言葉について調べてみました。
英語の”DAM”と言う言葉は、中世オランダ語から派生したものと考えられているそうです。オランダはチーズやチューリップ、風車やゴッホ、フェルメールなど有名なものが数多くあるのですが、やはり一番オランダと聞くと堤防に囲まれた低地の国を思い浮かべます。
オランダは古くから河川の水位調整と湿地への海水侵入防止のためダムが用いられることが多く、ダムができるとその地点での渡河が容易になることから、そこに都市がつくられるようになり、 ここで、使用されていた堤防=ダムが現在の”DAM”となっているようです。
因みにオランダではダムによってつくられた都市として、アムステル川のダムによって作られた都市を「アムステルダム」、ロッテ川に作られた都市が「ロッテルダム」と呼ばれています。
これがダムの語源のようです。

浦山ダム資料館「うららぴあ」

うららぴあうららぴあエントランスがちょっとおしゃれな「うららぴあ」は、文字通り浦山ダムを紹介することを主目的とした複合的な資料館です。


この浦山ダムはダムが地元にとってより密着した、そしてより親しまれる施設となるよう、平成7年に「地域に開かれたダム」の指定を受け、ダムの利活用を推進し、地域活性化を図るよう翌年8年に整備計画が認可された中の一つの施設です。

休憩所兼売店兼土産物販売一階は休憩所兼売店兼土産物販売とマルチなスペースです。


プリザーブドフラワー展2階が資料館となっているようです。
階段を上がる企画展のようなものが開催されていて、今日は「プリザーブドフラワー」の展示がされていました。
「プリザーブドフラワー」は相変わらず綺麗なんですが、ビジネスで係わっているので食傷気味です。


浦山ダムの堤体模型先に進むとまずは浦山ダムの堤体模型があります。
「歴史民俗資料館」では工事中のダムの模型でしたが、こちらは堤体のミニチュアですが、かなり大きい模型です。


浦山ダムの高さは156mで東京タワーの約半分の大きさで、日本で作られている重力式コンクリートダムでは奥只見ダムの157mについで第2位の高さだそうです。
ダムを訪れたのは神川町の【冬桜の城峯公園】で訪れた下久保ダムについで2回目です。

堤体模型の先には若干怪しげな展示スペースがあります。

荒川水系の図基本的には「荒川と人々とのかかわりを紹介する」スペースだそうで、入るとすぐ左側に泡のオブジェと壁面に描かれた荒川水系の図が展示されています。


検索するモニターまた部屋の中央には鹿の角状のものをつけた乗馬のような機具はは、様々な情報を検索するモニターでした。実に凝りすぎです。


更に、ダムや周辺等を見ることができる映像モニタースペースなど、何故近未来的になっているかの突っ込みは置いといて、非常にデジタルな資料館です。

水のオブジェ?また、水をイメージしているのでしょうか、妙な柱!?…のオブジェがあります。


水の天幕更に天井には「水の天幕」と題されたスケープが展示されています。


これは『空から見た荒川下流域の都市の風景を模型と照明で展開しています。』と説明されていますが、そういわれると、そう思えないこともない展示ですが、なかなか理解するのは難しいです。
ですが、この手のものは万人がすべて理解できると創造性の価値が半減するんでしょうから、判るような判らないような、そういった微妙なスタンスが良いのでしょうね。
違った意味でも興味を引かれる資料館です。

映像シアターこの展示スペースを抜けると先には映像シアターと呼ばれるスペースがあり、「荒川や歴史について」を上映しているようです、ってスイッチ押すと勝手に上映されますが。面白いのは椅子などのデザインで、水中をイメージしたホールだそうです。
どこまでも凝りすぎですが、嫌いじゃないですね、こういった拘りはね。


蝶等の標本最後の通路にはこの地方の蝶等の標本が展示されていました。これは浦山の自然を象徴する展示なのでしょうね。


それほど大きな資料館ではありませんが、ダムの展示・解説はもとより、展示方法・展示品にもクリエイティビティ満載の資料館と言ったところでしょうか、大変興味深い資料館でした。
いよいよこれから、実際の堤体に向かいます。

ダムサイト周辺

「うららぴあ」を出た広いスペースが「ダムサイト右岸広場」と呼ばれるスペースですが、ダムに関しては右岸と左岸の定義がきちんとあり、上流から見たときに右側が右岸、で左側を左岸と呼ぶそうです。
因みにダムの下流側(湖側の反対側)は背面というそうです。

秩父さくら湖石碑ここには「秩父さくら湖」と刻まれた石碑があります。


この「秩父さくら湖」の名前の由来は、地元を中心に公募し、応募総数4,504件の結果「さくら湖」が第1位となったそうです。この名称は周辺に桜の名所が多いことから応募されたようで、これに地域全体を表す意味で「秩父」をつけて命名されたそうです。

ダムサイト右岸広場からのダム今の時期は紅葉の時期で、紅葉情報では浦山ダム周辺は見ごろとあったのですが、まだ、少し早いようでしたが、「ダムサイト右岸広場」からみたさくら湖とダムサイトは実にきれいなものです。
いづれにしても春のさくら、秋の紅葉となかなか素敵な風情のようです。


ダム天端広場ここからダム提体の上を進みます。
ダム提体の上は「ダム天端広場」と呼ばれています。天端の幅員が広いことから先の「地域に開かれたダム」に指定 された際に広場として活用することが考えられたようです。
広場にはブラウンとグリーンのラインが引かれて、味気ない人工物に癒しをあたえているようです。


少し進むと、天端公園の両サイドにオブジェが置かれています。

鯉の後生車最初のオブジェは「鯉の後生車」と呼ばれるものです。


『「恋のお願い聞いてください 後生だから」といって、1回、2回、3回と車を回すと願いが叶います。』(現地案内板より)

後生と御所とを掛けて、鯉と恋を掛けて… 洒落ですね、洒落。ま、この年齢で回してもね。

願い事かなえ石槌反対側にある次のオブジェは「願い事かなえ石槌」です。


『うちでの小槌を手で握り、お願いをすると夢が叶います。』(現地案内板より)

大黒天の小槌でしょうが、ここでどうしてなんでしょうかね。まあ、夢が叶うならそれはそれで結構なことです。

ダム背面ちょうどこのあたりからダムの下を覗きます。
こちら側は放水サイドですが、いやあ実に壮観ですね。
四角い建物は管理用の建物だそうです。


安産守尊像またさくら湖側に戻ったオブジェは「安産守尊像」です。


『白い大理石の卵のお腹を撫でると安産ができます。』(現地案内板より)

恋が始まり、願いが叶って夢の結婚、そして… まあ、順序としてはこれがスタンダードということでしょう。

ダム背面の景観ちょうどこのオブジェの反対側に景観案内板があり、それぞれの山の景観が書かれていますが、残念ながら遠くは曇っているのですが、スッキリ晴れた日には気持ちの良い景観が楽しめるのでしょうね。


秩父さくら湖この先がちょうどダムの中心地です。
このあたりから眺めるさくら湖もまた綺麗ですね。
ダム提体内部に向うエレベータがありますが、まずはこのまま「天端公園」を進みます。


御手判石次なるオブジェは「御手判石」です。


『水にちなんだ鶴とカワセミが、自然と人間の融合をめざし、御手判を授与して見守っています。』(現地案内板より)

手判とは手形のことで、一般的には朱印手形とか通行手形とか江戸時代に用いられたものです。恐らく自然を大切にしなさいという戒めなのでしょう。
秩父巡礼の25番札所である久昌寺には「石のお手判」と呼ばれるものがあり、秩父霊場開創とされる性空上人が冥土の閻魔大王の前で経典十万部を読み、そのお礼として石の証文と石の手判を持ち帰った物といわれ、閻魔様発行の極楽へのパスポートといわれているそうです。
これを模して、このダムは自然と人間の融合をしているという証、或いは宣言をしているということを表しているのでしょうね、きっと。
これまでの願い事とはちょっと趣の違ったオブジェです。

宇宙の光5つ目のオブジェは「宇宙の光」。


『波間に映る満月の光の中に、二匹の兎が遊び永遠の愛を誓い合っています。』(現地案内板より)

さくら湖の湖面に映った満月には”兎の餅つき”ではなく、愛し合う美しい姿が見えるっていうことでしょうかね。若干走りすぎって気もしないこともないのですが、これでカップルが集まれば御の字ということかもしれません。
カップルで鍵を付ける名所の何番目かのどじょう狙いでしょうかね。

五穀豊穣の亀最後のオブジェは「五穀豊穣の亀」です。


『亀は古代中国思想の四神の北方守護神で、交通安全に力を添えてくれます。』(現地案内板より)

四神の北方守護神については以前【岩槻のひな人形】で訪れた岩槻区の八雲神社で見ました。
四神とは東:青竜(竜)、南:朱雀(鳳凰)、西:白虎(虎)、北:玄武(亀)という配置で、これは方位と共に季節も表しているようで、この順に春夏秋冬を指しています。
更に五行思想では人生を四季に例えて年齢の移り変わりを表す「青春」「朱(赤)夏」「白秋」「玄(黒)冬」おも表していると説明されていました。

一般的に玄武は脚の長い亀に蛇が巻き付いた形で描かれることが多く、【巾着田の曼珠沙華】の高麗神社で展示されていた世界的に有名な「高句麗古墳壁画」にも玄武の姿が描かれています。ここの玄武は尻尾の部分が蛇になっていますが、稀に玄武の姿としてあるそうです。
前述したようにそれぞれの四神は対応するものがあり、「玄武」は色では黒、季節は冬、五行では水、方位では北、臓器では腎臓、食べ物ではしょっぱいもの、環境では山や丘に対応しているそうです。
更に玄武の図柄で亀に蛇が絡む図から、亀は長寿、蛇は商売繁盛によいようで、このあたりから「五穀豊穣の亀」と言っているようです。また、玄武は甲羅を背負い防御に長けていることから交通安全の件となっているのでしょう。

6つのオブジェについてはそれぞれユニークなオブジェとは思いますが、今ひとつコンセプトが理解できませんでしたが、あくまで地域住民に親しんでいただくためのオブジェと考えれば納得できないこともないですね。
人工的な建造物の代表ともいえるダムにこういった人間的な公園・オブジェなどを配した癒されるダムを標榜するといったら言いすぎでしょうか。
そんな指針となるダムということでしょう。

ダムサイト左岸広場「ダム天端公園」を抜けると「ダムサイト左岸広場」となります。
「ダムサイト左岸広場」には休憩所があるだけですが、山の崖に面してダム名称を刻んだ石が並べられています。
綺麗に整備されたダムサイト周辺は実に気持ちの良い場所でした。
ここからこのダムの見所である提体内部に降りるエレベータに戻ります。

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