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山吹の里歴史公園

AM11:00過ぎに自宅をでてから12:30頃には越生駅に到着しました。乗り換えも結構あったのですが意外と近かったなという感想です。以前は車だったので駅の様子をうかがい知ることは出来ませんでしたが、今回はしっかり駅にたつことが出来ました。
駅舎も含めてローカル色豊かな、それ程大きくないロータリーを持つ駅ですが、意外とバスやタクシーが多いのはやはり「梅林」への観光客などが多い、観光地としての色合いが濃いのかもしれません。
越生駅のまつり案内看板越生駅には「越生まつり」の看板が控えめに掲げられています・・・否、越生駅名看板より大きいのだから控えめではないかもしれません。


土曜日のスケジュールは先に記述したようにPM5:00からなので、駅前も閑散としており露天屋台の準備だけがされているようです。
越生梅林】の時知りましたが、ここ越生は太田道灌ゆかりの地としての側面があります。町もそれをひとつの観光資源としてPRしていることで窺うことが出来ます。
そこで、今回もまつりの前の散策は道灌からはじめようと思っています。そこで、まずは駅を降りて一旦祭りとは反対方向の線路を越えた「山吹の里歴史公園」へ向かいます。
天気予報は曇りといいながら、この上天気はどうゆうことでしょう。夏真っ盛り、猛暑の夏、などなどの謳い文句が相応しいほどの暑さとなっています。この先が思いやられる気がします。

越辺川さて駅からまっすぐ「山吹フラワーロード」と命名された通りをまっすぐ歩いていくと川に突き当たります。「越辺川(おっぺがわ)」で、上流に向かうと越生梅林を通って黒山三滝辺りが源らしい川です。下流は入間川と合流します。


この越辺川に2つの橋が架かっています。 一つは山吹フラワーロードから左手に見える山吹大橋で自動車の行き交う大きな橋です。もう一つは山吹フラワーロードからまっすぐ先に見える人専用の橋の「山吹橋」です。
カラフルな山吹橋車が通れないように柵があり、橋の通路部分はみどりとオレンジ色のツートンカラーでデザインされたカラフルな橋です。


山吹の里標柱と石碑橋を渡るとそこは「山吹の里歴史公園」です。
公園名標柱の隣に石碑があり案内が刻まれています。


『越生は太田道灌ゆかりの地である。龍ヶ谷の戸神には道灌誕生の地と伝えられる山芝庵跡がある。道灌の父道真が退隠後、居館自得軒を構えた小杉の建康寺周辺には、陣屋、馬場、砦、道灌橋などの名が遺されている。そして、文明年間の道真と道灌が中興した古刹龍穏寺には、父子の墓がある。
当時山吹の里は、古くから山吹の自生地であり、かつては山吹の小名で呼ばれていた。
また、法恩寺年譜文明18年の条や、熊野那智大社米良文書に、山吹という姓が見られることから、中世越生郷に武士団児玉党越生氏一族の山吹氏が居たことも知れる。
この史跡が郷土の誇りとして、永く後世に受け継がれることを願い、ここに歌碑を建立する。
越生町教育委員会・越生町観光協会
協賛・越生町如意 木村元 寄贈・昭和物産㈱ 渡瀬全平』

建康寺および周辺は3月に訪れ、確かに馬場や道灌橋などを見てきたことを記憶しています。
実はこの石碑は歌碑で、裏面にあの有名な「七重八重花は咲けども山吹のみの一つだになきぞ悲しき」の歌が刻まれていました。

山吹の里石碑山吹の里公園の奥にはシンボルとも言うべき水車小屋が見え、公園の階段を下りると左側に「山吹の里」と刻まれた石碑があり、そのそばにも案内板があります。


伝山吹の里
所在地 越生町西和田
室町時代、太田道灌が川越の領主であったころの話である。道灌が父の道真を訪ねた折、このあたりでにわか雨にあったので、近くの農家に立寄り蓑を借りようとした。すると一人の少女が出てきて、だまって山吹の花をさしだした。
道灌は、山吹の花にちなんだ古歌、「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)一つだになきぞ悲しき」が考えつかず、少女の思いが分からずに恥をかき、のち大いに学問にも励み、文武両道を兼ねた名将といわれるようになったのだという。この話は広く知られており、”山吹の里”と称するゆえんである。
昭和37年に県指定旧跡となっている。
昭和59年3月 埼玉県』

あくまで伝承ですから敢えて難癖つけることも無いのですが、素直な感想。
いくら道灌が知らない歌を農家の娘が知っているとは到底思えませんね。逆に言えば農家の娘すら知っている歌を、いくら不勉強とは言え道灌が知らないというのもおかしな話で、よりドラマチックな効果を狙った比喩ですね、これは。
もう一つこの時代は士農工商の時代ですから十分ありえたでしょうが、現代において雨が降ってきて突然、そこにある家の見も知らぬ住人に「レインコート貸して」って言ったら、怒鳴られるか、気持ち悪がられるかどちらかでしょうね。一度越生でやってみたいです、洒落がどこまで通じるか。

山吹の里水車小屋その横に「水車小屋」があります。もともとこの地は昭和初期には観光名所化されたところで、その当時から水車小屋があったようです。
それで現在でも水車小屋がシンボルとなっているようですね。
まあ、それなりの風情がありますので結構なことですね。


歌碑歌碑歌碑この公園は歌碑が多いようです、それ程広いとはいえない敷地に結構碑が建っていて、それなりにその道では高名な人の歌碑も多いらしいのです。


歌碑ですが、それとは若干違った意味(…と勝手に思っている)で興味深い歌碑があり、その歌碑は二つ並んで建てられています。


「道灌の 地のもてなしや 川焚火」 源義
この俳句は角川源義が昭和49年の冬、当地の出雲の伊波比神社に流鏑馬の行事を見学され、遠く道灌の狩りの地であった山吹の里に往時を偲ばれ、連衆の流木焚火の輪に加わり掌をかざし、山吹ならぬ川焚火の馳走をなによりのもてなしと、挨拶された作品です。
同時作に「流木の焚火のかけら莨火に 源義」とも詠まれた。翌年10月師は、58歳で永眠されました。
俳誌「河」同人会』

「梅の坂 登れば雲に在る如し」 照子 (昭和58年作)
この俳句は角川照子先生が、夫源義の衣鉢を継ぎ「河」主宰となられてより四年目の春、越生梅林山吹の里を吟行されての作品。
爛漫の梅林を俯瞰し、雲に在る如しと、夫を慕う心情溢れるものがあります。
夫が手を差しのべて雲の上に引きあげてくれるまで頑張る、との決意を示された一句で、当地の連衆の手により夫婦句碑とし建立されました。
俳誌「河」同人会』

確かにこれだけ詠むと夫婦愛にあふれた心情が読み取れる気がするのですが、実はこの二人は件の角川春樹の両親なんですね。ということは源義氏は角川書店の創立者ということです。 で、この源義氏の略歴をウィキペディアで調べるとちょっと興味深い事実が伺えます。
公的には実業家として成功もしているひとですが、私生活では癇癪もちで同時に漁色家でもあり、自らの家庭を顧みずに複数の愛人を作って私生児を産ませるなど奔放な生き方を貫いた、と書かれています。 勿論、春樹氏は正真正銘(・・・!)の長男です。
これが事実なのかどうかは知る術もありませんが、こういった風評があることから、このような夫婦の句碑を建立したといっても過言ではないかもしれません。現在の「河」主宰は春樹氏ですし。いずれにしてもちょっと下世話な興味を引かされてしまいました。

ハグロトンボ一渡り歌碑などを眺め終わると、公園の先には階段がありどうやら小高い丘の上にいけそうなので登ってみました。
歩くたびに黒い羽の虫が飛び出します。


こちらが立ち止まるとその虫も止まり、歩き出すと飛び出しますが、けっして遠くにはいかずにしこし先に飛ぶだけです。この奇妙な虫を撮影して後に調べてみるとなんと、トンボのようで、恐らく黒い羽と緑色の胴体は「ハグロトンボ」ではないかと思います。
ウィキペディアの説明です。

ハグロトンボ(羽黒蜻蛉、学名:Calopteryx atrata)はカワトンボ科のトンボ。
体長は 57-67mm、後翅長 35-44mm ほどで、トンボとしてはやや大型。雌の方が雄より若干大きいが大差はない。翅が黒いのが特徴で、斑紋はなく、雄は体色が全体的に黒く緑色の金属光沢があるのに対し、雌は黒褐色である。他のトンボのように素早く飛翔したりホバリングしたりせず、蝶のようにひらひらと舞うように羽ばたく。その際、パタタタ……と翅が小さな音を立てる。
生態
成虫は5~10月頃まで見られ、とくに7~8月に多い。主に平地から低山地のヨシなどの挺水植物や、エビモ、バイカモなどの沈水植物などが茂る緩やかな流れに生息する。幼虫は、おもに夜半から早朝にかけて、挺水植物などに定位して6~7月頃に羽化する。羽化後の若い個体は薄暗いところを好み、水域から離れて林の中で生活するが、成熟すると再び水域に戻り、明るい水辺の石や植物などに止まり縄張りを張る。交尾後、雌は水面近くの水中植物に産卵する。』

言われてみれば確かに人懐こいトンボのようです。
ちょうど越辺川から引き込まれた小川の近くですから、ハグロトンボがいるのでしょうね。結構群れを成しているようですが、見ていて飽きないですね。
そのトンボと一緒に上を目指しましたが、途中「マムシに注意」との看板があったので、ここで無残にもかまれたら、このクソ熱い中ここにやって来る人もいないだろうし、お祭りを見に来てマムシに噛まれるって言うのもカッコ悪いので(本当のところは熱くてだるいから・・・!?)登頂を諦めました、簡単に。
ということで、もう一度水車小屋の清流を眺めて「山吹の里歴史公園」を後にしました。

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