越生まつり #2

うちわ工房 しまの「越生神社」(出張所)から駅方面に歩いていくと左側に珍しいお店がありました。「うちわ工房しまの」です。
8月中うちわ展が開催中とあって入ってみることにしました。


店内の展示店内の展示店内には様々な珍しいうちわや綺麗なうちわが展示されていました。
嘗ては東京から群馬までを商圏として、明治時代には年間42万本の生産があった絹と並ぶ代表的な特産物だったそうです。
越生団扇は肩骨が直線の形から「一文字団扇」と呼ばれ、強く張りながら編むので、扇いだ時に強い風が起こるそうで、どうやら竹の材料が普通とは違うのだと店内に説明されていました。


材料
材料の竹は越生の梅林の「まだけ」を使います。この竹は節の間が長く小刀でさく時にバラバラとよくさけるという、うちわ作りに適した性格を持っています。
この竹を12月から1月に切り出し霜が二度ふった頃が竹の「切り旬」です。』

このようなところにも越生の梅林が活かされているのですね。
そのようなうちわの大生産地であった越生も今ではこのお店が一件だけになってしまったそうです。

店内の展示展示されているうちわの中で「関口宏」と書かれたうちわがあります。”どっちの料理ショー”で使われたうちわのようです。
こちらではうちわ作りの体験が出来るそうなのでお土産にはいいかもしれませんね。


参考:【うちわ工房しまの】 http://www15.ocn.ne.jp/~utiwas/index.html

八幡神社跡一旦外に出ますが相変わらず閑散としたメインストリートです。
左側に「八幡神社跡」という案内柱があります。


『往古より越生今市村の鎮守。明治四十二年神社合併で高取山麓へ移転。』

もともとここが越生まつりの前身の祇園まつり発祥の神社だったのですね。

旧越後屋・三井呉服店(現三越)出張所跡先に進むと右手に何の変哲も無い店舗があります。
「昭和シエル石油㈱特約店 (有)星野商店」ですが、この店舗は「旧越後屋・三井呉服店(現三越)出張所跡」と建物に記載されています。


越後屋呉服店が江戸本町に開かれたのが1673(延宝元)年ですが、明治になって洋服の流行などにより呉服店は発展から取り残されました。
そこで1872(明治5)年、呉服店は三井本体から離され三越家(三井も”三”と越後屋の”越”をとって)を興し三越得右衛門たちの経営となりました。
1893(明治26)年、三越得右衛門は三井に復姓したことにより越後屋は合名会社三井呉服店と改称したのでした。その後は1904(明治37)年、㈱三越呉服店となったのは周知のとおりです。
出張所とあるのは仕入れのためでしょうか、それとも販売だったのでしょうか。いずれにしても絹がらみでしょうね、絹を仕入れるためとも考えられる一方、羽振りのよう越生での販売ということも考えられますから。
それだけ当時の越生は繁栄していたという証しかもしれません。

中央橋の幟先に進むと左手に越辺川をわたる「中央橋」があります。この中央橋にはまつりの幟が立っています。ここが参道の始まりという意味でしょうかね。


仲町のお囃子更に先に進むと左側にお囃子台があります。若干盛り上がりが足らないようですが、確かにギャラリーがこのあたりはほとんどいませんからね。ちょっともてあまし気味?ですかね。
ここは「仲町」の囃子連のようで、ここも江戸神田囃子大橋流です。山車は前述の通り昭和29年製作ですが、囃子は大正初期からあり、当時は小田原囃子若狭流だったそうです。


神出鬼没の鬼二体この辺でそろそろ戻ることにしました。「越生神社」(出張所)周辺に戻ると「越生東二区囃子連」と「上台区子供おはやし会」の両方に鬼が踊っていました。「上台区子供おはやし会」の鬼は先ほどまで本町の山車で踊っていた鬼ですね。神出鬼没とはこのことでしょうか…。


PM6:00を回る頃には北方面の黒岩の方角から山車がやってきます。こちらからは3台の山車がやってきました。

上町の山車先頭は「上町」です。豊島佐衛門尉経泰の人形を乗せた山車です。この三叉路の手前に河原町の会所があり、そこで挨拶代わりのお囃子を行ってから三叉路に近づきます。


上町の奉納そして「越生神社」でお囃子と踊りの奉納をしてから、中央公民館へ向います。


仲町の子供行列次は「仲町」です。まずは子供達の行列です。


仲町の山車続く山車は同じように会所で挨拶し、「越生神社」で奉納しやはり中央公民館へ向います。


本町の山車三台目は「本町」です。先ほどと同じ行程で中央公民館へ向いました。
この後、駅方面からやはり三台の山車が近づいてきますが、私は中央公民館へ向ってみました。


三台のヒッカワセ中央公民館の駐車場では先ほどの「上町」「仲町」「本町」の三台によるヒッカワセが行われました。かなりの迫力でしばし華麗なヒッカワセに浸かってしまいます。
夕闇も深まってきたので山車には火が入って、荘厳、華麗な山車が揃います。


新宿町の山車しばしヒッカワセに浸っていると「新宿町」の山車が駐車場に入場してきました。屋台型なので結構大型に見え、龍の彫刻が迫力をかもし出しています。


河原町の山車次に入場してきたのが「河原町」。これがリニューアルされた山車ですね。


黒岩町の山車そして最後に入場したのが「黒岩町」です。


6台が整列中こうして6町会、6台の山車が中央公民館の所定の位置につこうとしています。

6台のヒッカワセ6台のヒッカワセまさに一列に並んでヒッカワセの開始です。まさにクライマックスに相応しい光景ですね。


各町会の踊り各町会の踊り各町会の踊り各町会の踊り各町会の踊り各町会の踊り
お囃子の盛り上がりもさることながら、各山車の踊りもなかなか表情豊かで興味深いです。


当番町からの挨拶ヒッカワセが終了すると今回の「越生まつり」当番町から挨拶がおこなわれて、6台のヒッカワセが終了しました。


一台、一台と山車が戻っていきと同じように私も帰宅にかかります。山車と一緒に越生駅に向います。明日はこの場所でヒッカワセが行われた後に花火が打ち上げられるようですが、一見の価値はあるかもしれませんね。

和囃連ちょうど大会本部の手間に「和囃連」がお囃子を奏でています。


越生神社への奉納そしてまた、帰りも「越生神社」前では奉納が行われます。


ヒッカワセ「越生東二区囃子連」と「上台区子供おはやし会」の前では「仲町」の山車がヒッカワセを行っています。
すっかり日の落ちた中でのヒッカワセもまた格別です。


日の落ちた中央橋の幟中央橋の幟もライトアップされていて昼間の雰囲気とはまた随分と違い趣があります。


ヒッカワセ「仲町」の囃子と「上町」の山車とのヒッカワセも行われていました。夜になってもまだまだ活気ずくまつりですが、本番は明日です。
きっと明日は今日以上に盛り上がるでしょうね。


夜の越生駅最後に越生駅に到着して今日一日が終わりです。


鎌倉時代の「法恩時」、南北朝時代の「越生神社」、室町時代の「正法寺」、江戸時代の「山吹の里」、明治・大正時代の絹会館、そして昭和の「世界無名戦士の墓」などまさに歴史のフルコースかもしれません。
そのような歴史に彩られた町での祭りにはやはり興味深い様々な歴史がありました。
3月の越生梅林、そして今回7月の越生まつりときて、後は秋の黒山三滝がのこっています。つぎに来るときにはまた違った越生が見られるかもしれませんね。
実に侮れない町、越生でした。

2009.7.31記

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