金鑚神社

祭りの日の神社というのは実に風情のあるものです。いつもとは違った表情で(いつもの表情を知っているのか、と言われれば知りませんとしか言いようがないのですが)ちょっと近寄りがたい荘厳さや、ウキウキするほどの艶やかさなど表情豊かですね。
見る人によっても違ってくるのでしょう。少なくともいつも何気に寂しそうな神社が生き返ったようにイキイキとするのですから。
山車と幟 【山車と幟】

金鑚神社も幟や提灯などで、ぐっと華やかな雰囲気を醸し出し、比較的立派な鳥居が重厚さを感じさせます。
金鑚神社鳥居 【金鑚神社鳥居】
鳥居を潜って右側に大きな木があります。 有名な金鑚神社の”クスノキ”です。説明書きがあります。
金鑚神社・クスノキ 【金鑚神社・クスノキ】

『埼玉県指定天然記念物 金鑚神社のクスノキ  昭和44年3月31日指定
クスノキは、元来暖帯地方に自生し、わが国では主に九州地方、近畿地方南部及び東海道関東地方の太平洋沿岸地方に生育する植物で北関東ではこのような巨木になったのは珍しい
目通り5.1メートル、根回り9.8メートル、枝張りは東へ14.2メートル、西へ15.6メートル、南へ15.0メートル、北へ13.8メートルと四方へ平均して伸び樹齢、およそ350年と推定され樹勢盛んである、このクスノキは寛永16年(1639)金鑚神社社殿改修のおり小笠原忠貴が献木したものと伝えられ、金鑚神社の御神木として今日にいたる。
埼玉県教育委員会
本庄市教育委員会』

確かに、四方にかなり延びていて、一方では支えが付けられていて大きさがことのほか理解できます。
クスノキを支えているパイプ 【クスノキを支えているパイプ】
その隣にやはりかなり大きい木があります。本庄市指定文化財 ”カヤ”と表記があります。 2本並んでいると中々立派なものです。
こちらも文化財のカヤ 【こちらも文化財のカヤ】

正面には門があります。
これは金鑚神社の”大門”で、本庄市指定文化財です。古い感じですが重厚さを感じます。
まだまだある文化財の大門 【まだまだある文化財の大門】

大門の左手に武州本庄七福神の一つ恵比須尊が建っています。
恵比寿尊 【恵比寿尊】
城立寺 (大黒尊天)・泉林寺(寿老人)・佛母寺 (銭洗い弁財天)・安養院 (毘沙門天)・慈恩寺 (銭洗い弁財天)・円心寺 (福禄寿)・開善寺 (布袋尊)・大正院 (弁財天)そして金鑚神社(恵比須尊)の9寺七福神だそうです。
弁財天が三つもあるのは、やはり女性を多くして男女平等を図ると言う・・・って、ことではないですよね。

左方面に目を移すと金鑚神社、縁起案内書があります。

『金鑚神社(かなさなじんじゃ)   所在地 本庄市千代田3-1
金鑚神社の祭神は天照皇大神、素盞鳴尊、日本武尊の三神である。
社伝によると、創立は欽明天皇の二年(541)と伝えられている。武蔵七党の一つである児玉党の氏神として、また、本庄城主歴代の崇信が厚かった。
境内は、ケヤキやイチョウなどの老樹に囲まれ、本殿と拝殿を幣殿(へいでん)でつないだ、いわゆる権現造りの社殿のほか、大門、神楽殿、神輿殿などが建っている。本殿は享保9年(1724)、拝殿は安永7年(1778)、幣殿は嘉永3年(1850)の再建で、細部に見事な極彩色の彫刻が施されており、幣殿には、江戸時代に本庄宿の画家により描かれた天井絵がある。
当社の御神木となっているクスノキの巨木は、県指定の天然記念物で、幹回り5.1メートル、高さ約20メートル、樹齢約300年以上と推定される。これは本庄城主小笠原信嶺の孫にあたる忠貴が社殿建立の記念として献木したものと伝えられる。
このほか、当社には市指定文化財となっているカヤ、モミ、大門、神楽、小笠原忠貴筆建立祈願文がある。
昭和60年3月 埼玉県・本庄市』

現在、一般的に見られる神社建築が本殿・幣殿・拝殿からなるつくりだそうです。
社殿 【金鑚神社・正殿】

本殿 とは、 神が宿るとされる神体を安置する社殿のことで、人が内部に入ることを前提としていないため、拝殿より小さいことが多い。
拝殿は 祭祀・拝礼を行なうための社殿で、通常、神社を訪れた際に見るのはこの拝殿です。一般の参拝は拝殿の手前で拍手を打って行なうが、お祓いなどのため拝殿に入ることもあります。
幣殿は祭儀を行い、幣帛(へいはく:布帛、衣服、武具、神酒などを言う)を奉る社殿である。独立していることもあるが、拝殿と一体になっていることが多い。
つまり、一般の参拝者は拝殿を中心的建物と考え、参拝者から見て拝殿、幣殿、本殿となっているのです。そして、これを一続きに建てたものを権現造りろ言うそうです。 ですから、基本的に幣殿、本殿は見えない(と言うより暗かったり、離れていたりして見えにくい)のが一般的なのですね。

そして金鑚神社は正殿の隣に神楽殿があります。
神楽殿 【神楽殿と奉納神楽】

この日は大祭ですので江戸神楽が奉納されていました。 金鑚神楽には、本庄組・宮崎組・杉田組・根岸組・太駄組の5組の神楽組があります。
本庄では、地方では珍しい「免許」を持つ神楽として有名で、本庄組は、1825(文政8)年に出された免許状が保存されており、金鑚神社の大祭で奉納舞を行います。また、1716(正徳6)年の免許を持つ宮崎組は、牧西八幡大神社に奉納されます。そして杉田組は西富田金鑚神社等で奉納するという、一社相伝の由緒深いこの江戸神楽は、専門の神楽師ではなく、神社の氏子によって代々伝承されているそうです。
なお、この神楽は本庄市無形文化財に指定されています。

更に、境内には末社や祠などがありますが、目を引いたのが”本庄新八景「本庄まつりと金鑚神社」”と書かれた碑と”本庄かるた”の石碑です。
本庄新八景石碑 【本庄新八景石碑】

本庄市オフィシャルサイトによると、

『本庄新八景は、昭和59年5月に本庄市制施行30周年を記念して、環境資源の保全を目的に市民投票で選定され、自治会連合会をはじめ写真研究会など関係機関の協力のもと、本庄市コミュニティづくり市民運動推進協議会によりまとめられました。』

と言うことで、市民の誇る 八景ということでしょう。

”本庄まつりと金鑚神社”以外の他の新八景は、1.市民の憩いの広場 (若泉公園) 2.利根の景勝「大利根の夕照」 3.若泉の霊域 (安養院/普寛霊場) 4.緑をなす大久保山の自然と名刹宥勝寺 5.本庄市街地と赤城の山容 6.歴史を今に伝える本庄城址の城山稲荷神社 7.旧本庄警察署(歴史民俗資料館)と田村本陣の門 の以上8ケ所です。
因みに、「旧八景」はなどというヤボは言わないほうが得策でしょう。本庄新八景もこれから名勝として効果が上げられるといいですね。

一方の”本庄かるた”ですが、確かにカルタですね。秩父ふるさとNetworkサイトに説明がありました。
本庄かるた石碑 【本庄かるた石碑】

『「ほんじょうかるた」は、昭和59年に市内の小・中学生をはじめ、市民の協力によって作られたものです。平成9年には本庄商工会議所創立50周年を記念し、ふるさと本庄の古い歴史と現在の良さを正しく知り、 ふるさとを心から愛する市民になってほしいという願いを込め、またふるさとの美しい景観を後生に残すために この「ほんじょうかるた」と「本庄新八景」を石碑にして市内のゆかりのあるところに建立しました。』

カルタですから当然”ん”はなく”を”までと、プラス1枚あるそうでが、境内には「総鎮守金鑚神社の神迎え」のかるたでした。
下記のサイトでカルタの文全てと、その石碑の場所の地図が乗せられています。興味ある方は訪ねて見るのも一興かと思います。

参考:FUM 高橋文武のホームページ http://sasu.msasu.com/~fum/

何か盛りだくさんの金鑚神社、結構満腹でした。

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