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はじめに

「見沼田んぼと見沼通船堀」は4,293票を集めジャンルE、選定委員会による決定で第1位となりました。と言うものの若干理解できない結果です。
恐らく本来ならジャンルAで37位にランクされる獲得数であり、かつ選定委員会の決定である5000票以上でランクインできなかったという選定基準にも当てはまらないのに、何故ここに選定されたのかが理解できませんが、何らかかの意思が働いたのでしょうね、きっと。

『「見沼田んぼ」の面積は約1200ha。川口、浦和、大宮の三市にまたがる。水田のほか花木や野菜などの生産を行っている。「見沼通船堀」は日本最古の閘門式運河。見沼干拓で知られる伊沢弥惣兵衛為永が、1731(享保16)年江戸との物流ルートを確保するために東西の見沼代用水と中央の芝川を結んで作った。約3mの水位差を克服するため東西に2ヶ所ずつ関を設置した。』(本書の説明より)

見沼田んぼと通船堀は、まさに旧浦和市を中心として広がっていますが、特に通船堀のエリアはJR東浦和駅が最も近い駅です。このJR東浦和駅のある旧浦和市大間木には私自身彼是15年前まで10年間居住していた町です。したがって大間木に引っ越したのは25年前ということになるのです。
現在ある東浦和駅のロータリーを挟んだ駅前道路は嘗て勿論あったのですが、当時は現在のロータリー部分が草木に覆われていて、駅前道路から駅が見えずに通り過ぎた記憶があります。
まあ、当時は川口市から引っ越してきたのですが、住所は浦和市ながら随分と牧歌的な町に越してきたものだというのが感想でした。
そのような中でも10年住んでいるうちに徐々に町も発展し、それなりの愛着も湧いてくるものです。しかもその10年間の間に長女・次女が生まれたのですから思いもひとしおです。
そのような思い出深い土地ながら、当時は仕事仕事で殆ど思い出らしきものは少ないのです。
今回の見沼田んぼと通船堀も当時当然知ってはいたのですが、「田んぼを見て何が楽しいのか・・・」くらいの意識しかなく、休日はひたすら文字通りの休養の日々でした。

その町へ突如として15年ぶりに(今までも車で1.2度通過貨したことはあるが)訪れることになったのです。今回は「見沼通船堀」が年1回の通船実演をするということで、平日ながら夏季休暇をとって8月25日水曜日に訪れたのでした。
「見沼田んぼと見沼通船堀」も興味深いですが、何よりも東浦和(大間木)の町を散策することが非常に楽しみです。
殆ど何も知らなかった町で、何を見つけることができるのか期待が膨らみます。

さいたま市緑区オフィシャルサイト】http://www.city.saitama.jp/index_midoriku.html

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