熱の湯と湯畑

湯畑前に着くと確かに宿の「ホテル一井」はすぐ目の前です。 とりあえずロビーでチェックインを済ませました。
このホテルは湯畑側から本館、別館、西館と客室が3棟あるかなり大きなホテルです。本館からは湯畑が望めるロケーションです。今回私たちは残念ながら別館の6階です。
山岳地帯なのでホテルの敷地がら湯畑側から徐々に傾斜している土地の為、本館と別館は西館はそれぞれ連絡通路で結ばれていて最後に本館から出ると目の前が湯畑という実に便利な作りで、更に湯畑に出る本館1階がお土産コーナーになっているという見事な導線を形成しています。ただしその分フロントが本館の3階なので、フロントに行くにはちょっと面倒なのですが・・・

調度品仲居さんに案内されて部屋まで行くのですが、果たして1回で憶えられるだろうかこの道順とばかりのプチ迷路状態。それでもそんな移動を和ませてくれる装飾品や調度品が目を楽しませてくれます。


別館の6階に到着し一旦部屋に落ち着きました。
このホテルは基本一室4名なので、5名の場合は2部屋になるとのことで2名と3名に分かれました。家内と私は2名部屋のほうで10畳の和室に2名用の応接セット、そしてバス・トイレ・洗面台の付いた二人には結構大きな部屋です。
母と娘の3人は隣で、10畳と6畳に応接セット、バス・トイレ・洗面台とかなり広い部屋でした。
300年以上の歴史を持っているそうなので、今や洋風ホテルではあるけれど、旅館のエッセンスが多いという、なかなか最近ではお目にかかれない風情があります。
部屋風呂はさすがにユニットバスですが、トイレも洗面台も分かれているところは昔ながらの旅館情緒です。建物自体それ程新しくはないのでしょうが、綺麗に手入れ・清掃がされているので気持ちがよいです。

荷物も降ろし多少の休憩の後、夕食まで温泉街を散歩することにしました。時間はPM3:30ころです。
件の連絡通路とお土産やを通って湯畑に出ます。結構な硫黄の臭いが温泉街に来たことを実感させてくれます。
湯畑を一回りと思ったのですが、丁度ホテル前の「熱の湯」でPM4:00から湯もみショーが始まるということで、まずは是を見ることにしました。

熱の湯「名物ゆもみと踊り」という看板が掛かっている2階建ての建物です。


ベルツ博士記念館でもあったように草津独特の入浴法である「時間湯」の際に行われる方法をショーとして見せるそうです。
もともと「時間湯」は1日4回行なわれ入浴法を指導する湯長の号令の下で時間を3分に区切って入浴します。その際に幅30cm、長さ180cmの板で湯をもみ、温度を下げて入浴するわけです。
この作業を20~30分かけて体力を量りながら湯をかき混ぜるのが「湯もみ」で、このときに調子を取るために唄われるのが「草津湯もみ唄」で、「♪草津よいとこ一度はおいで、ドッコイショ・・・」の草津節が有名です。

熱の湯チケット450円のチケットを購入して5分ほど前のショーが終わるのを待ちます。


熱の湯湯殿入れ替えとなって中に入ると中央に湯殿があり、その前には一段高くステージがあります。湯殿を囲うように見学する長椅子が1階と2階に置かれています。


見渡すと5~60人くらいは入ったでしょうか、壁にはプログラムが書かれています。

プログラム
●ゆもみと時間湯の説明
●ゆもみの実演
●ゆもみ実演・お客様コーナー
●踊り・草津節
●踊りとゆもみ・草津湯もみ唄
●ゆもみ実演・お客様コーナー』

といった具合です。
と言っている間に「ゆもみと時間湯の説明」が影アナによって始められました。

熱の湯湯もみ説明が終わっていよいよ「ゆもみの実演」です。着物をきたお姉さん方が8人ステージ上から降りてきて、湯殿の周りに位置します。 唄に併せてゆもみが始まりました。


熱の湯湯もみ丁度、小舟の艪をかくように板を左右に半回転させながら湯をかき混ぜます。決して下から上へ湯を持ち上げるようにかき混ぜるわけではありません。そのため湯殿の木枠は縁がちょうどアーチ型にへ込んでいます。長年のゆもみで削られているのでしょうね。


熱の湯一般参加の湯もみゆもみの実演がひとしきり終わると今度は見物客が実際にゆもみ体験ができるようです。希望者は湯殿に降りて準備をします。といっても板を持って簡単にもみ方を教わる程度ですが。
娘二人が参加しました。


熱の湯参加賞の賞状やはり唄に併せて板を右に左に回しています。なかなか楽しそうみえますね。2~3分すると体験は終了です。参加した人にはもれなく賞状と記念品がもらえるようです。
賞状はこちらです。


熱の湯参加賞の手ぬぐいそして記念品は草津温泉の手拭でした。
5回ゆもみに参加すると免許皆伝証と記念品が更にもらえるようです。ちょっと免許皆伝証は興味ありますがね。


熱の湯踊りその後も「踊り・草津節」、「踊りとゆもみ・草津湯もみ唄」がステージで繰り広げられました。


熱の湯湯もみ最後のゆもみでは板を左右に回転させるのではなく、荒々しく豪快に板を上下させてザブンザブンとかき混ぜていました。かなり力が要りそうですが、そこは年季の入ったお姉さん方ですから。


そして最後に体験ゆもみで幕を閉じました。
話には聞いたことのあるゆもみでしたが、実際に見るとなかなか面白いものですね。娘にとっても貴重な体験でしたでしょう。

湯畑「熱の湯」を出てまずは湯畑を散策します。
湯畑の南西側に案内板があります。


湯畑
草津温泉街の中心部に位置し草津で湧き出る温泉源のひとつであり、その広さは約1,600平方メートルあります。
温泉の湧出量は毎分約4,600リットルで湧出温度は摂氏60度前後です。
湧き出た高温の温泉水は温泉放冷地としてこの広場を利用し、自然に温度を下げ共同浴場及び旅館の内湯として利用しております。
江戸時代の享保11年(1726年)八代将軍吉宗公がここから汲み上げた温泉を江戸城に運ばせ入浴したことから、この場所を御汲み上げの湯と呼んでおりました。
安永8年(1779年)の頃放冷地を通り、湯滝の湯みぞに堆積する沈殿物(結晶状、淡黄色)を採集し湯の花として商品化した三右衛門という人が屋号を湯の花屋として江戸の薬種商とあきないをしていました。
寛政4年(1792年)採集権が村(町)にうつり冥加金(税金)を幕府に上納していました。
湯垣内の桶は明治20年(1887年)に作られて、本格的な湯の花の採集がおこなわれ最上級の入浴剤として広く草津温泉の土産品として今でも全国で利用されています。
明治40年(1907年)頃からこの場所は湯の花が取れるところ、湯の畑、湯畑と呼ばれるようになり草津温泉の顔(シンボル)として広く親しまれております。
平成3年 草津町』

ここに記載されているように湯畑は草津の温泉源の一つで、草津には公的に管理されている大源泉としては6つあるそうです。
その一つが《源泉・湯畑》で、草津温泉街の中心部に沸く源泉です。周りがロータリー状に整備されているのは岡本太郎氏がデザインしたものだそうです。
湧き出した湯を7本の木の桶に通すことによって高温の湯が冷やされて共同浴場や各旅館の内湯に供給される源泉で、このような仕組みから水で薄めることなく100%源泉を楽しめる草津のシンボルとしての源泉なのです。そしてこの木の桶は源泉の冷却効果と共に湯の花を採集する役割も持っているようで、草津には重要な源泉だそうです。
どちらかと言えば毒々しい感じの色と雰囲気です。

草津に歩みし百人この湯畑の回りはロータリー状に石の柵で囲われているのですが、その石柱には「草津に歩みし百人」と言うタイトルで草津を訪れた偉人・著名人の名が刻まれていました。


主だったところを挙げてみます。まずは比較的新しい昭和の頃から。
政治家:佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫など。
文化人:斉藤茂吉、与謝野鉄幹・晶子、菊池寛、高村光太郎、竹久夢二、岡本太郎など
芸能人:石原裕次郎、渥美清、田中絹代、力道山、栃錦など
もう少し古い時代である明治・大正時代では。
徳富蘇峰、田山花袋、志賀直哉、若山牧水、横山大観、嘉納治五郎などがあげられます。
そしてさらに時代を遡ると、佐久間象山、高野長英、小林一茶、豊臣秀次、前田利家などのそうそうたる名前が見られますが、一番古いというか、本当ですか・・・と思いたくなる人々がこちらです。
1193(建久4)年に訪れた「源頼朝」
言わずと知れた鎌倉幕府の創立者ですが、1193年に浅間山の麓で狩を行なった時に草津に足を伸ばし湯を発見したと言う草津開湯伝説の一つにもなっているそうです。
1155(久寿2)年に訪れた「木曾義仲」
平家を打ち破ったが後に頼朝から追われ戦死した平安時代末期の武将ですが、草津周辺にはこの義仲伝説が残っていて、一つは義仲が木曾で育ったのではなく、六合村で成長したと言うものと、二つ目は草津と六合を中心に義仲の残党が移り住んだと言う落人伝説が残っているそうです。
721(養老5)年に訪れた「行基菩薩」
奈良時代の僧で、全国行脚し各地で布教活動をし、初の全国地図の作成をした人として知られていますが、布教活動で草津の地に訪れ行基が祈祷すると、そこから温泉が湧き出したといわれているそうです。
そして年代も判らないほど古いのが「日本武尊」
いわゆる「古事記」や「日本書記」での伝説の英雄ですが、日本武尊が草津を訪れたのは、東国征伐の帰途で草津周辺の山々や里を歩くうちに谷間に登る湯けむりを見つけ、この湯につかったという逸話が日本武尊の草津開湯伝説となったそうです。

事の真偽は置いといて、この「草津に歩みし百人」は草津町制施行100周年記念事業の一貫として行なわれたそうですが、草津の歴史を語ると共にベルツ博士記念館で見たカルロヴィ・ヴァリ市クアハウス(カイザーバード)の人物壁画を地で行くような「温泉と文化」を示す恰好の記念事業でしょうね。一層のこと、これらの人々が一同に会した絵画或いはイラスト画でも作れば面白かったでしょうね。肖像権がどうなるかは判りませんが。

「湯けむり亭」ここから湯畑を東側に進むと「湯けむり亭」という足湯があります。
結構観光客がいたのでつかることはできませんでしたが、雰囲気だけは味わえました。東屋風のつくりで元々ここにあった共同浴場の「松乃湯」を再現したものだそうで、まさに湯畑から引いた温泉にじかに触れられる場所でもあるそうです。


湯滝湯滝そして湯畑の北東側の先端に向かうと、湯滝と呼ばれる湯の落ちる地点となります。豪快な湯滝とエメラルドグリーンに映る温泉が素晴らしく綺麗で、南西側とは格段に美しさが違いますね。また、湯滝の岩についている緑色のものは「イデユコゴメ」という藻で、強酸性の場所が好きという珍しい原始的な藻類だそうで、てっきり硫黄だと思っていたのですが生物なんですね。


湯滝燈篭湯滝燈篭この場所は結構ずっと眺めていても飽きない感じですね。また、湯滝の上の燈籠も実に渋く江戸時代を思わせるような風情です。
ちなみに「千と千尋の神隠し」で使われた効果音はこの湯滝の音だそうです。


「徳川八代将軍御汲上之湯」碑湯滝の後ろ側に「徳川八代将軍御汲上之湯」という碑が建っています。
また、更にその近くの湯畑の中にプレートがあります。


かおり風景100選
群馬県草津町 草津温泉「湯畑」の湯けむり
ここ草津温泉のシンボル湯畑、温泉からでる独特な硫黄の湯けむりのにおい。
平成13年11月12日に環境省「かおり風景100選」の一つとして「湯畑」の湯けむりが認定されました。
草津町』

硫黄の香りが大好きという人を余り見かけませんし、しいていえば嫌い・・・のほうが若干多いような気がするのですが、温泉情緒と言えば確かに湯けむりと硫黄の匂いでしょうね。そういう意味ではここ湯畑はうってつけの場所でしょうね。
ほぼこれで湯畑を一周しました。まだ人が多くてゆっくりみることはできませんでしたが、散歩がてらにブラブラするには実に良いロケーションです。既に温泉風情をたっぷり堪能したような気分になってしまいました。

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