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いわきマリンタワー

「いわき・ら・ら・ミュウ」をでるとパラパラと雨が落ちてきました。クルーズ中でなくて何よりでしたが、雨も降ってきたのでこれで帰ろうと車を走らせましたが、途中やはり昨夜といいい、今日といい、2日間見続けたマリンタワーに寄らないのは何か心残りのような気がするのでとりあえず一目近くから見ようと「いわきマリンタワー」に向かいました。
とはいっても「ら・ら・ミュウ」からホンの10~15分くらいです。あっという間に到着しました。雨もぱらつくものの気になるほどには落ちてこないので、何とか今日1日は持つのではないでしょうか。

いわきマリンタワー車を駐車場に停めてマリンタワーに向かいます。白とブルーのツートーンカラーがさっぱりしていて、今日は似合わないですが海と空の雲でしょう、イメージは。
間近で見るとすっきりとしたシェイプが清涼感を醸し出します。


いわきマリンタワーチケット1Fで320円の入場券を買って中に入ります。
そこは既にお土産物売り場でした。「目光の塩チョコレート」などと訳の判らない奇怪なお菓子もありましたが、ここは素通りです。


『「東北の湘南」といわれるいわき市は東北地方の最南部に位置し、気候温暖で豊かな自然といで湯に恵まれ、国際港 小名浜港 を持つ近代都市として発展しています。
「いわきマリンタワー」はその国際港東端の岬、海上46mの台地に広がる、総面積700,000㎡の三崎公園一角に立つ塔屋59.99mの展望塔です。
海抜106mの展望室から、いわき一円が一望でき、屋上の「スカイデッキ」からは360度の大パノラマが広がり、潮風をうけながら非常にエキサイティングな体験ができます。
また、公園内には緑の芝生を敷きつめた広場と自然遊歩道があり、人気を集めている潮見台からは岩壁を洗う白波と、透き通った海底を眼下に望むことができます。

◎展望塔概要◎
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造
建築面積:264.00㎡ 延床面積:413.00㎡
展望塔:335.31㎡ 付属棟:68.06㎡ 事務棟:9.63㎡
展望室:100人収容 設備:エレベーター(15人乗り)90m/分
高さ:59.99m
工費:6億5000万円
オープン:昭和60年8月1日』(パンフレットより)

いわき市が「東北の湘南」!?だったとは生まれてはじめて知りましたが、6億5000万円とは結構かかっているのですね。

「マリンタワー」と呼ばれるもので有名なのは全国にここを含めて3ヶ所あるようです。
一つは「横浜マリンタワー」。横浜港開港100周年記念行事でモニュメントとして作られ、灯台をモチーフとしながら現実に灯台としての機能を持っていたそうで、実際の灯台としての重要度は高くありませんが、106mという高さでギネスブックにも最も高い灯台として記録されていたのですが、2008年9月1日灯台の機能は廃止されました。
二つ目は「大洗マリンタワー」。茨城県大洗町にあるタワーで主目的は灯台ですが、展望台としての機能があるそうで、高さ60mです。
それからいうと「いわきマリンタワー」は純粋に展望台として、三崎公園のシンボルとして建てられたものです。
高さ59.99mという微妙な高さは、この小名浜付近の地域が60m以上の建造物が禁止されていたからだそうです。
とはいっても塔屋は59.99mですが、海抜106mのところにあるので海抜165.99mの展望台ですから眺めも格別でしょうね。

2Fには「海の勉強室」がありますが、とりあえずはエレベーターで展望室へ上がりました。ガラス張りの展望フロアからの眺めは実に気持ちの良いものです。ですが、更に階段を上がると屋上展望台スカイデッキに出られるそうなので行ってみました。
遮るものが無く、じかに潮風を受けながら展望できます。恐らく20人くらいで一杯になってしまうようなそれ程広いスペースではないので、逆にグルッと見渡すと確かに移動することなく360度のパノラマ風景です。若干北西方向はマリンタワーの形の関係で見難いですが、それでも360度の展望には違いありません。

マリンタワーからの小名浜港かなり曇っているので風景もはっきりとは見えませんが、小名浜港の「アクアマリン」や「ら・ら・ミュウ」もみえます。
案内板があって現在小名浜港は一部埋め立てして、海上にスペースを作る予定のようです。更に小名浜港は発展するのでしょうね。


マリンタワーからの三崎公園眼下には「三崎公園」の音楽堂や潮見台などが見えます。
車で通っただけなので「三崎公園」自体はよくわからなかったのですが、海に面した公園としては実に良いロケーションにありますね。
広さも結構あるようですし。
休日などは市民の憩いの場ともなっているのでしょうが、冬は逆に海風で辛いかもしれませんね。


マリンタワーからの塩屋崎方面北の方角の海岸線をずっと行くと塩屋崎灯台の方向ですね。今日は多少波が荒いのでしょうかね。


しばらく360度のパノラマを楽しんで下に降りることにし、一旦展望室に戻り、ここからは階段で降りてみることにしました。
エレバーターを中心に螺旋階段上になっていて、ところどころ景色を見ながら降りることができます。

途中から、小名浜港や小名浜の生物、或いは漁業などについてパネル展示で説明がありました。ずっと螺旋階段沿いに続いているようです。
例えばこのようなパネル展示があります。

埋蔵文化財発掘風景 -マリンタワーの下の遺跡-
マリンタワー建設にあたり記録保存のため昭和58年7月から発掘調査を行ったら、今から約6000年前の縄文時代前の土器や石器がたくさん見つかりました。また弥生時代や平安時代の家の跡も見つかりました。
ながくこの土地に人間が住んでいたことがわかりました。
昔の人々も現代と同じように、海を生活のかてとしていたのです。』

更に小名浜港についての沿革や現状・将来などをパネル展示していましたのでまとめて小名浜港について調べました。
小名浜港は、福島県いわき市小名浜にある港湾のひとつです。福島県最大の港で、県内最大の観光地ともなっています。港湾法上の国際海上輸送網又は国内海上輸送網の拠点となる港湾その他の国の利害に重大な関係を有する港湾であるという重要港湾であり、さらに港則法上において吃水の深い船舶が出入できる港又は外国船舶が常時出入する港を意味する特定港にも指定されています。
1747(延亨4)年 小名浜港に幕府代官所が設けられ、納付米の江戸向積出しにより港の基礎が築かれましたが、常磐炭鉱の発見により商港として明治、大正から昭和初期にかけて整備され始め、1951(昭和26)年1月 重要港湾に指定され、1967(昭和42年)1月 港則法による「特定港」指定されるなど発展を続けて現在に至っています。

施設の概要は、
1号埠頭:いわき市観光物産センター「いわき・ら・ら・ミュウ」および遊覧船の発着所
2号埠頭:ふくしま海洋科学館「アクアマリンふくしま」、そして東側には巡視船が係留されている。
1号埠頭との間にはアクアマリンパークが整備され、古い倉庫を改装してレストランと物産館の「小名浜美食ホテル」、イベントホール「小名浜潮目交流館」が再開発でオープン。
3号埠頭:主に石炭の荷揚げに使われる。バルク用クレーンが備え付けられている。
4号埠頭:主に化学薬品を取り扱うため、ローディングアームが設置されている。
5・6号埠頭:多目的国際ターミナルとして作られ、災害時の物資輸送にも使われる。
7号埠頭:3号埠頭と同様、鉱物資源を取り扱うためバルク用クレーンがある。
藤原埠頭:木材専用の埠頭。
大剣埠頭:自動車、化学薬品、危険物を取り扱う。
という9つの埠頭をもつ国際物流拠点としての陣容を誇っています。

そして小名浜港の将来は、更なる取扱能力の向上のため、人工のポートアイランド「小名浜港東港地区多目的国際ターミナル」を建設し、広域流通貨物を取扱う公共埠頭の建設など、南東北の物流拠点としての役割を担っていくことを目指しているそうです。

参考:【国土交通省 東北地方整備局小名浜港湾事務所】 http://www.pa.thr.mlit.go.jp/onahama/

マリンタワー内の海の勉強室これらのパネル展示を見ながら降りていくと、結局これが「海の勉強室」だったことがわかりました。
現在でも「フラガール」のパネルがおいてあるのはご愛嬌としても、結構勉強になる展示室でしたね。


三崎公園碑こうして「いわきマリンタワー」を出て駐車場に戻ると途中に「三崎公園」の碑がありました。


紫の春 太平洋 (草野心平作詞「市立小名浜第二中学校校歌より」)
太古から豊穣な大海原に臨むこの地は、いわき市小名浜下神白の三崎公園であります。
その歴史を紐解くと、昭和三十年代の発掘調査で、縄文時代を代表する存在となる網取貝塚が発見され、出土した土器は網取式土器と命名され、貴重さは類をみません。また、食した巻貝や斬新な釣針を造りマダイ、クロダイ等を求めておりました。また、奈良・平安時代の構造物跡などを含め、枢要な文化遺産の地でもあります。
その後、鎌倉から江戸時代に至る間を所領とした岩城氏は、いわきの”力”を知らしめる、文禄四年(一五九五)の「四群検地高目録」に、「かしわみさき村」と光明を放つなど、由緒の証左となっております。なお、三崎を含む下神白村は、磐城平藩主鳥居候、内藤候、更に江戸幕府の小名浜代官所が、延享四年(一七四七)に設置されたこの年、家数四七軒・人数二四四名を数える村柄にありました。公園からの眼下は一大港湾の小名浜港であり、寛文十年(一六七〇)幕府より「東廻り海運港」とされ、名を諸国に知らしめました。このことは、三崎地内の釜の前避難港、幕末の黒船来航を監視するため、柵を巡らす萱屋根平屋二棟の”唐船見番所”が、同地内の番所に所在することや、代官よりの拝領地が存在することなどがあったればこそ、発展がなされたといえましょう。
時代を経て、福島県立磐城海岸自然公園に、昭和三十四年(一九五九)から、三崎公園として整備され、同五十三年(一九七八)五月に、全国でも珍しい、海に突き出た潮見台が完成、この年に約九十万人の観光客があるなど、「新観光福島三十景」にも選ばれ、平成十六年までにいわき市の風致公園として、第一から第三工区までの基本計画の基に、マリンタワーをはじめ、施設十数か所が整備され、こんにち完成した次第であります。
一朝になるものではなく、三崎公園地権者はもちろん、三崎地区住民の皆様の術が課題をも克服してのことであり、関係者相互の理解に成り立っていることに思いを馳せたとき、環境維持の願いが芽生えることでしょう。そして、来訪される方々が大海原に向い、心を癒す公園となるよう切にお願いいたし、完成の一文とさせていただきます。』

美しい公園ですから、これからもこの美しいまま残されていくと良いですね、小名浜港の発展と共に。

参考:【三崎公園・いわきマリンタワー】 http://www.iwakicity-park.or.jp/misaki/index.html

こうして1泊2日の旅は終わりました。
以前からもっとよく見ておけばよかったと当然ながら悔やみますが、仕切りなおしの第一歩としては実に充実した旅だったのだろうと自画自賛しています。
ただでさえ広いいわき市ですから見所はまだまだ沢山あるようです。海と山に囲まれた自然豊かな地で、太古からの歴史にもはぐぐまれたこの地は散策にはぴったりの街です。
また、次回訪れたときには新しい歴史を知ることが出来ることでしょう。実に楽しみな地となりました。

2009.8.15記

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