スパ リゾート ハワイアンズ #1

いわき市は実に福祉に厚い街(あくまで個人的見解)で、老人には年に一度「スパ リゾート ハワイアンズ」への招待状が届きます。
今年も、そのありがたい招待状が届いていて、今回はそれを使って「スパ リゾート ハワイアンズ」に行こうと言う魂胆です。
招待状は該当老人と付き添い一人の都合二人をご招待ですから、今回は3人のうち一人分の入場料で済むっていう寸法です。
まあ、一人3000円ですから3人では9000円とこの世知辛い世では結構な出費です。特にどうしても行きたいというわけでもないので、この制度は非常にありがたいシステムです。
現在のいわき市の2大テーマパークは「アクアマリンふくしま」とここですからね。

湯本の自宅を出たのがPM3:00すぎでしたが、車で30分ほどで到着します。
まさに山の中のテーマパークといったところでしょうか。一躍「フラガール」で再度脚光を浴びたのでご存知の方も多いでしょうね。一応歴史だけは紐解いておきましょう。

1950年代後半 - 炭鉱産業の斜陽化が表面化、新事業の構想が始まる
1964年 - 常磐湯本温泉観光株式会社を設立
1965年-常磐ハワイアンセンター構想が持ち上がる。「常磐音楽舞踊学院」設立 アトラクションの目玉となるステージの専属ダンサーの育成スタート
1966年 - 常磐ハワイアンセンターオープン(常磐湯本温泉観光が運営)

このあたりがオープンまでの簡単な経過です。
当時(といっても私の記憶がハッキリしている昭和40年代)は海外旅行など夢のまた夢の世の中です。
事実、戦後鎖国時代が続き、外国への旅行は業務や視察、留学などに限られていました。そして単なる観光旅行として自由に外国にいけるようになったのが1964年4月1日以降でした。それでも年1回500ドルまでの持ち出しという制限がありましたが、とにかく自由化されたのです。
しかし現実は厳しく、当時の海外旅行は現在の換算でいえば約300万円ていどの旅費がかかるとゆう、ホンの一握りの富裕層だけのものでした。したがって庶民は「兼高かおる世界の旅」とか「アップダウンクイズ」でハワイ旅行を夢見ることしか出来なかったのが現状でしょう。
現実的に私が1985(昭和60)年、ジャルパックでヨーロッパへ行った時旅費が一人約50万円でしたから、現在のようにおいそれと海外旅行にいける時代は、ずっと後のことになるのです。

そのような世相の中、温泉を利用した新しいビジネスとして考え出された「常磐ハワイアンセンター」構想は、庶民の夢と地元の実情がマッチした実に良いアイディアだったのでしょうね。
ただし、多くの人たちの賛同を得るためには多くの苦労があったのは、映画によって多くの人が知る機会となっています。

そしてふたを開ければ大ヒット。1970年には年間来場者数が155万人を突破するほどの勢いだったようです。
順調に見えた経営も1980年代から翳りを見せ始めました。現実の海外旅行が夢ではなくなり、レジャーの多様化にともなって営業も苦しくなり始めました。
一時的なカンフル剤として当時は、アイドル歌手や演歌歌手を呼び集客を図り、一時的に持ち直すかのような勢いも見えたようです。実際、家内は当時フォーリーブスとか天地真理とかを見に来たようですから…

そして1990年、総事業費50億円をかけて施設をリニューアルすると共に、名称も泥臭い「常磐ハワイアンセンター」から「スパ リゾート ハワイアンズ」に名称変更し、2005年には「常磐ハワイアンセンター」時代の1970年(昭和45)以来の年間利用者数150万人の大台を達成したそうです。
そして2006年9月23日公開の「フラガール」により更なる発展を遂げ始めたようです。
このような歴史の上で、現在の「スパ リゾート ハワイアンズ」が存在しているのですが、まだまだ旬なのでしょうね。

さて、やってきました「スパ リゾート ハワイアンズ」に、ということですが、実は今回で2回目です。最初に来たのは多分20数年前の「常磐ハワイアンセンター」だった頃だと思います。
そこでじっくり遊んだのではなくホテルに泊まったので、という感じだったような気がします。いずれにしてもそれほど鮮明な記憶がないということです。

「ホテル ハワイアンズ」「スパ リゾート ハワイアンズ」の大きな看板をくぐると正面に「ホテル ハワイアンズ」が鎮座しています。


「スパ リゾート ハワイアンズ」そのホテルの右側に「スパ リゾート ハワイアンズ」があります。
左右に書かれた壁面画が南国チックですが、泥臭い南国ではないところが今風なのでしょうかね。


中村豊氏の銅像ホテルとハワイアンズの間にあるロータリー内には、当時の常磐湯本温泉観光社長の中村豊氏の銅像が建てられています。
「フラガール」岸辺一徳が演じた吉本部長のモデルです。


中村氏は当時斜陽産業であった炭鉱産業の従業員救済のため、温泉を再利用する構想を打ちたて、まだ、東京ドームなどのない時代に柱を1本も使わない「ダイヤモンドトラスト工法」によるドームを起案、そしてポリンシアンショーのダンサーを炭鉱従業員の子女を独自に養成するため、「常磐音楽舞踊学院」を設立するなど、アイディアと推進力を持ち合わせた経営者だったようです。
大胆な発想と行動力により「常磐ハワイアンセンター」を生み、育ててきたのです。
中村氏が常々言っていた言葉が3つあるそうです。
「他人の真似をするな。自分達の力でやれ。地域と共に歩め。」と。一長一短に出来ることではないのですが、産業界にとっては一つ大きなサクセスストーリーでしょうね。

エントランスいよいよ入場という時にうれしいニュースが。見ず知らずの方から「今日までだから、良かったら使って」と招待券をいただいたではないですか。どうやらどこかの組合の招待券らしいのですが、確かに10月31日までとなっています。
御礼をして、結局3人分無料で入場できたのでした。
すべての方に謝謝です。


入場すると確かに南国です。むっとする熱さですが不快ではありません。
家内と義母は心得たように、さっさと2階の更衣室に上がって着替えをしています。勝手の分からない私はしばし呆然とベンチで一休みしていました。
これから一体どうなることでしょうか。

スプリングパーク

着替えの終わった家内と義母を見るとTシャツにスウェット、しかもビーサンまで履いていて、気分はすっかりポリネシアン。一方私は何も持ってきていないので、ヨットパーカーにTシャツ、ジーンズにスニーカーとかなり暑苦しく、気分はすっかりサウナ状態。でもまあパーカーだけは脱いで、若干南国気分です。
とにもかくにもまずは最初の目的温泉につかることです。

ウォーターパークウォーターパーク当然ながらここのメインは「ウォーターパーク」と呼ばれるドームの真ん中にある巨大プールで、長さ50m、幅20m、広さ1000m2の広さの海水浴気分満載のプールです。


ワンダーブラックワンダーホルンワンダーリバーさらにここには「ワンダーブラック・ワンダーホルン・ワンダーリバー」という3つのウォータースライダーがあり、スピード感のあるのがブラックで、ホルンは曲がりくねったテクニカル、そしてワンダーリバーは滑り台といった感じのお子様向けと、バラエティ豊かなスライダーです。


パラダイス号そして奥には巨大帆船「パラダイス号」が停泊しています。カリブの海賊といったところでしょうか、イメージとしては。
老若男女の老だけはあまりいませんが、ファミリーやカップルのはうってつけの施設ですね。


WaiWai OHANAWaiWai OHANAまた、このプールに隣接して「「WaiWai OHANA(ワイワイオハナ)」というテーマ型プールゾーンがあります。

説明によれば、太古のハワイをモチーフに、子供たちが温かな家族愛に包まれ、川や入江でのびのびと遊ぶストーリーを基に描いた世界観を、親子で楽しめるテーマゾーンだそうですが、豊島園の流れるプールとディズニーランドのスモールワールドを足して2で割って、「…ハワイアンズ」の味付けをしたといったところでしょうか。
でも、ファミリーには楽しまれていいるようです。

こうして残った”老”は一体どこへ、と言えばもう温泉しかありません。ゆっくりじっくりひたれる温泉はなんと言っても老人天国です。
ありがたいことにここには温泉施設(と言っても基本的に全部がそうなんですが)も充実しています。
一つは「江戸情話 与市」という浴場面積1000㎡というとてつもなく大きな、江戸時代風情の大露天風呂。そしてもう一つは「スプリングパーク」という温泉施設です。
この「スプリングパーク」には更に2つの温泉があり、水着を着用して楽しむ「スプリングタウン」と裸で入浴する大浴場「温泉浴場パレス」です。
「江戸情話 与市」も勿論裸で入浴するスタイルですが洗い場がないのが違いです。ということでまずは「温泉浴場パレス」に入ることにしました。

写真を撮ることができませんので説明だけですが、男女ともに6種類の浴槽があります。
メインの内風呂が「みかげ風呂」と言われる御影石造りの大きな浴槽ですが、湯温が高・中・低とあるので気分で入るといいですね。熱いのが好きなので高と中に入りましたが、それほど熱いというわけでもないですね。
次に入ったのが「露天風呂」。
まだ、5時前なので空も明るい中での露天風呂は最高に気持ちよいです。【東鷲宮百観音温泉】での昼下がりの露天風呂経験からすっかり病み付きになってしまいました。

少々露天で体の熱を取ってから「寝湯」に入ります。ジェット水流でマッサージするような所謂、機能効果風呂です。
少し運転の疲れもあって、気持ちよく浸かってしまいました。
大分気持ちよくなってから今度は「ヒノキ風呂」です。
樹齢1000年を超える古代檜の浴槽だそうです、なんといっても醍醐味は癒される香りですね。
最後に「ジャグジー」に入って終了です。もうこれ以上は限界ということで、「サウナ」と「うたせ湯」は入らずに出てきました。

ここで、スニーカーに履き替えるのは勘弁とはだしで過ごすことにしました。このあたりが一般的な温泉とは違うところですね。
温泉を出て待ち合わせ場所に行ったはいいのですが、あまり裸足で歩く機会がないので、仕方なくビーサンを購入することにしました。
ビーサン家内が買ってきたビーサンがこれです。結局この日の唯一のお土産となるのですが、まあ、実に個性的な絵柄です。気分は上々とでも行っておきましょうかね…


どちらにしてもゆっくり入った温泉で身体もぽかぽかで、温泉出てからも身体は…熱い、熱すぎる。 ここは南国、温泉は似合わないかもしれないですね。
冷たいものでも飲んでしばしクールダウンしていました。

「フラガール」の写真パネル時刻はPM5:00を過ぎたくらいで、夕食にも早いし、プールや温泉も無理だしということで、館内を散策します。
通路の壁には、「フラガール」の写真パネルがズラッと飾られています。かなりインパクト高いですから、当分はずせないでしょうね。


ゴーリーのトロピカルガーデン通路を進むと「ゴーリーのトロピカルガーデン」があったので入ってみました。


南国の果実、バナナやパイナップル、グアバ・コーヒーなどの木が植えられている温室(自然とそうなってしまいますね、館内にあるのですから)です。
創業当初からあった熱帯植物園の名残なのでしょうかね。

タイワンバナナ当時はバナナが木になっているのを見ることすら珍しいことでしたから、かなり人気の高い植物園だったそうです。


昔から遠足時にはおやつは「バナナ1本と菓子100円まで」とかよく言われていましたが、なぜバナナだったのでしょうね。子供が好きだから(確かに嫌いではないが)でしょうかね。或いは安かったからですかね。
いずれにしてもオジサンにとってはバナナは常に懐かしい思い出を思い出させてくれる果物のような気がします。
勿論、ここにもバナナがありますが、先日鉄腕ダッシュで放映したとおりの実のなり方が理解できますね。

パイナップル他にはちょうどパイナップルがなりかけていましたね。


日の暮れたウォーターパーク「ウォーターパーク」に戻ると、日も暮れてすっかり夜の景色となっていました。
昼とは違った情景が魅力的です。夜の中でもプールや遊戯が楽しめるのは、ある意味贅沢なことですね。
地元のカップルなんかにはもってこいじゃないでしょうか、飽きなければですが。


多少お腹もすいてきたので、この後は夕食をとれるところに向かいました。

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