スパ リゾート ハワイアンズ #2

今日のもう一つの楽しみはPM8:10からの「グランドポリネシアンショー」です。すっかり「フラガール」でお馴染みになったエンターテイメントです。
昼はPM1:30から「フラガールポリネシアンレビュー」というショーが行われているそうで、昼夜2回公演ということです。

アロハタウンショーの行われる方へとりあえず向かうと、「アロハタウン」という古き良きハワイの町並みをコンセプトとしたショッピング街があります。


ちょうど食事も出来るようなので「ラウラウ」と言うお店で、私は「スパムライス」、家内は「ロコモコデミソース」を食べてみました。
結構手軽で美味しいですが、かなりハードな食べ物でカロリー盛りだくさん風な、所謂、アメリカンテイストです。

グランドポリネシアンショーリハーサル

リハーサルちょうどステージではショーのルハーサルが行われていました。


「…リハーサル!?」って客の前で、って言っても確かにオープンステージではあるから仕方無いが、それにしても…
通常リハーサルを見せると言うことは殆どないのですが、どうなんでしょう、これって。
後に知ったのですが、今回の、というか今日のショーは3年ぶりに演出等変えられた新作のショーの初日だったようです。ですから、あえて(必然的に)公開リハーサルとなったのでしょう。おそらく今日だけのことでしょうね。
そういった意味では相当なラッキーです。リハを見られるなんてね。

リハーサル知らなかったので許していいただきたいのですが、何枚かリハの写真を撮ってしまってから、係りの人に注意されましたので、2.3枚だけ残っているんです、写真が。


リハーサルあまり見られない貴重なショットと言うことで、あえて掲載してしまいますが、やはり問題等ありましたら削除しますので、よろしくお願いいたします。
でも結構リハは本番よりある意味真剣さが(本番は真剣ですが、緊張の方が強い)高いので、それはそれで別の意味で魅力的です。


リハーサルしばらくリハを眺めているとあることに気がつきました。最終リハだから音楽、照明等々との通しリハだと思ったのですが、全曲ではないのですが、本番の70%位を見ることになりました。
違うのはヘアメイク、衣装だけで、そのほかは本番同様だったのではないかと思えます。つまりショーを1.5回くらい見たことになりますね。
何にしても大変ラッキーだったことは確かですね。舞台裏を見られた感じで。


リハもPM7:00前には、出演者一同の掛け声と共に終了し、見ている私達は一気に手持ちぶたさに陥ります。
と言うことで、ふらふらと近辺を散策です。すぐ近くにゲームコーナーがあり、相変わらずの喧騒です。
もうこういった所に仕事以外で出入りしなくなって何年になるでしょうかね。おそらく最後は子供にせがまれてスラムダンクの人形をクレーンゲームで取ったのが最後ですかね。花道と流川とゴリと仙道の4体はあった気がするのですが、今いずこ。

隣はバイキングでした。1650円ですから結構リーズナブルですね。こっちも食欲そそります。
通路を通って先に進むと「フラ・ミュージアム」なる展示室があります。これはなかなか興味深いのですが、残念ながらPM6:00で終了だったようです。惜しかったですね。
ここから戻るとすでにPM7:30少し前で、いつの間にか客席は満杯状態です。ここで一気にオバサン軍団登場です。
ホテルに宿泊していた方々でしょうか、おそらく食事を終わって団体でこの場につめ掛けてきたようです。すでに満席状態なので座る余地は殆どありません。

手持ちぶたさもあってしばし人間観察です。その前に理解してもらいたいのは、観客席と言っても一人ひとりの席ではなく、一列に14,5人座れる長椅子です。
それでは満席の中でいかにして席を奪うか(私に言わせれば奪っているとしか思えない)のテクニック講座です。

私の座っている席は通路沿いの長椅子の一番端です。
その2列前あたりの通路に2名のオバサンが席を探している風を装って立っています。
一人のオバサンはしばらくして右側の長椅子の一番端の人に何やら親しそうに話し始めました。しばらく話し込むと次にその隣の人にも話しかけます。すると間に座っている一番端の人は何やら落ち着かない様子となり(頭の上でおしゃべりされるのですから確かに迷惑千万です)仕方なく、長椅子の一番端を少し空けて(と言っても詰めることが難しいほどぎゅうぎゅう状態ながら)あげると、オバサンさっさと尻を半分だけ乗せた形で座ります。
後は5分もすればじわじわと押し出し、いつの間にやらきちんと座ってしまっている、オバサンなら当然やる図々しい作戦テクニックです。

通路に残ったもう一人のオバサンは、反対側の長椅子に座っている方が連れている赤ん坊(乳母車に乗っている)をあやし出します。声は聞こえませんが「可愛いわねえ…」とか何とかいっているのでしょう。盛んに赤ん坊にちょっかいだしています。
すると赤ん坊をあやす為、母親が子供を抱いたり、館内が暑いので汗を拭いたりしているのをすかさず手伝ったりして、次第に申し訳ないなあと思わせればこっちのものとばかりに、長椅子の端っこにちゃっかり座って赤ん坊をあやすと言う、赤ん坊なら誰でも可愛い(でも無いのだが)作戦を展開していました。

3つ目のテクニックは夫婦での作戦です。
先の赤ん坊連れの一つ後ろの席の一番端に一人の比較的若そうな男性が座っています。待っている間中、なにやら労働資格とか、なんたらの硬そうな本をよんでいるのがこの場所との対比で実に奇妙で印象的でした。
隣の人とはほぼ20センチくらいの間が開いている程度です。仮にこの方を”公務員”と呼んでおきましょう。
そこへやってきたのが結構年輩の夫婦。しきりと座席を詰めてもらおうと声をかけていますが旨くは行かないようです。そこで目をつけたのが件の公務員。
その公務員と隣の方の隙間に目をつけて「そこ何とか詰めて女房だけでも座らせていただけないでしょうか」とジェントルマンを装ってお願いをします。
見るとがっちりした男性に比べ、確かに小柄な奥さんなので公務員の隣の方も何とか詰めて奥さんを座らせてあげました。しかしここからがテクニック。 奥さんはじわじわと感覚を広げ、ついには夫の男性をムリヤリ座らせてしまいました。後ろから見て、どう考えても夫の幅でも足らないだろうという幅にまんまと2人座ってしまいました。夫は斜め座りの呈です。
その後さらに攻勢は続き、両隣に詰めていただくのではなく強引に両隣を押し出しています。ついには夫婦二人がしっかり座れるスペースを確保し、かわいそうに公務員サン、半分体が椅子から出てしまう格好となってしまいました。
見事な夫婦連携プレー作戦でしたね。

決して譲り合いをしなくても良いという話ではないのですが、上記の3人の方は我々よりもっと早く席を確保していて、2時間以上ずっと座って待っていたのです。会場の注意にもあったのですが、タオルなどでの席取はご遠慮くださいと注意があるのに、半数はそうしています。その中でキチンと座って席をとっている人が何故こんな悲劇に会うのか、まさに「正直者が馬鹿を見る」の典型です。そしてタオルで席取をしている人は間際に来て何事もなかったように座っているのですから…
まあ、マナーとか常識とか、譲り合いとか思いやりとか、とか、人間の性を見る思いで実に面白い光景でした。

私は自己中ですから、その時々の気分で行動しますが、中途半端はしません。
仮に優先席に座って”寝たふり”なんかはしません、何となく後ろめたいですから。したがってその場合は”寝ます”。寝てしまえば本当に知らないことになりますから。そもそも眠かったり、体調が悪かったりしなければ”優先席”に座らずに立っていますからね。
もっとも最近では”寝たふり”でも本当に”寝て”しまっても、優先席に座っていることが場違いではない年齢に近づきあることが実に悲しいのですがね。

グランドポリネシアンショー

などと暇つぶしをしているといよいよ開演です。

ファイアーナイフダンサーファイアーナイフダンサー影アナの開演のアナウンスのあと、場内暗転となり出てきたのが「ファイアーナイフダンサー」チームです。
いわゆる松明をもって回転させたり投げ上げたりするお馴染みのパフォーマンスです。


チームは3名でリーダーは7年やっているそうですが、HPでは「…残り少ない私の火の踊り人生、最終章をぜひ見に来て下さい。」と書かれています。
寂しいことですが見ると確かに精神的にも体力的にもかなりハードそうですからね。
ものすごい高速回転にはど肝を抜かれ、思わず拍手喝さいでテンションは早くもマックスです。まさに掴みはOKというやつですね。

フラガール華興奮を一旦落ち着かせるように「ダンシングチーム」の登場です。
今日初めて披露される新グランドポリネシアンショーのタイトルは「フラガール華」というタイトルだそうです。
《写真:(C)オフィシャルサイトより》


常磐炭坑節まずはこのショーのヒストリカルダンス「常磐炭坑節」で、上部のモニターに映し出される古い常磐炭鉱などの写真にあわせて炭坑節を踊ります。
この部分はエンディングと共にこのショーが始まって以来、変えられていない曲目だそうで、40年以上続けられているのですね。
じっくりと歴史を感じさせる小憎らしい演出です。


そしていよいよ「フラガール華」が展開されます。

ハワイ前半は”ハワイ”というテーマで、いわゆるハワイの音楽、踊りを中心としたパフォーマンスです。といっても昔ながらの”スチールギター”がメインの曲ではなく、ジャズやサンバ的にアレンジされたモダンなハワイアンです。


ハワイ中には男女のデュエットを中心としたしっとりとした曲もあり、ハワイアンの幅広さを感じます。


ハワイ一度リハでほとんど見ていますので演出は判っていましたが、やはり衣装を着け照明の演出もあると、流石に感動モノです。

ハワイ家内はダンサーの引き締まったウエストに釘付けで「フラダンスやろうかしら」などと実に不届き千万なことを言っていますが、無理、絶対無理ですよその腹は引っ込みません…


ハワイあっという間の前半を終了すると次は体験コーナーと称して観客と一緒に踊ります。


踊りたい人は一斉にステージに上がるのですが、実に多くの人が上がっています。まあ、記念に的なノリでしょうね、当然。
皆さん楽しそうに踊っていました。

ポリネシアポリネシア後半の開始です。
後半は“ニュージーランド”“サモア”“タヒチ”といういわゆるポリネシアをテーマとした踊り、曲のようです。


私自身理解していなかったのですが、ハワイとポリネシアに関しての理解で、ハワイとポリネシアは別だと思っていたのですが、実は同じだったのです。
ポリネシアの地域というのが、太平洋でミッドウェー諸島(ハワイ諸島内)とアオテアロア(ニュージーランド)、そしてラバ・ヌイ(イースター島)を結んだ三角形(ポリネシアン・トライアングル)の広大なエリアを言うそうです。したがってハワイもポリネシアの一部といっていいわけですね。
ただし、もともとのポリネシア文化の発祥が西ポリネシア(サモア・トンガなど)を中心として成立し、その後植民されてハワイやタヒチなどの東ポリネシアに広まったということです。
その後、ハワイはアメリカ合衆国となったためアメリカ文化が入り込みポリネシアというイメージが思い浮かばないのですが、実際現在でもハワイにはアメリカ系やポリネシア系の人々が混在していて、ポリネシア系アメリカ人で我々になじみが深いのが元横綱・曙でしょう。
そもそもポリネシア人の身体的特徴は肥満系だそうですから、まさに曙などはその顕著な身体的特徴を表しているのですね。
しかし、文化や人種が同じでもダンスは違うようです。
「フラ」という言葉にはダンス、演奏、詠唱、歌唱の全てが含まれているので、フラダンスというとフラダンスのダンスということになります(…だから何?)。
「フラ」には”カヒコ”よばれる古典フラと”アウアナ”とよばれる現代フラがあるそうですが、総合芸術でありながら宗教的な行為でもあるようで、日本の能楽のように単なるダンスや音楽の概念とは捉えられないようです。

一方、一般的にタヒチアンダンスと私達が呼んでいるのは、「タヒチアンオテア」といわれるもので、1分間におよそ200回も腰を左右に激しく振る女性ダンサーによる”タムレ”と、男性ダンサーが両膝をすばやく開閉する踊り”パオティ”によって構成されている「オテア」という踊りは速いテンポのドラムやタヒチの伝統楽器トエレのリズムに合わせて踊るそうです。
一方、ウクレレやギターの奏でる音楽に合わせ、手の動きと歌によってストーリーを伝えるスローなテンポでしっとり踊るものや軽快な音楽で踊る「アバリマ」の大きく2種類に分かれているようです。
おそらくこの「アバリマ」あたりが「フラ」と似ているため混同されるようですが、どちらもポリネシアの伝統舞踊といってしまえば元は同じということですね。

したがって、今回のショーの前半は「フラ」で後半が「タヒチアンオテア」ということになるのでしょうね。これを前もって知っていればもう少し見方も変わったのでしょうが、いつもの通り予習を嫌うツケがいつもついて回りますね。

ポリネシアポリネシア男性ダンサーが登場する曲などもありハワイとは違った雰囲気です。


ポリネシアしばし華やかなポリネシアンショーを楽しみます。勿論、時には激しく時には優雅に変幻自在な華麗な踊りや、煌びやかに、時には妖艶な美しい衣装など目を見張るほどの完成度といってもよいいでしょう。


単なるフラダンス(…ダンスをつけてしまった)ではない、まさにエンターテイメントであり、芸術です。
ほろ酔いのオッサンが「いいぞネエちゃん」などと声をかけるような半端モノじゃありませんよ、これは。努々侮っちゃいけません。

そうこうしている内にいよいよクライマックスです。

タネイムア曲目「タネイムア」といっても判らないでしょうが、ソロで踊るタヒチアンオテアです。そう、あの「フラガール」で蒼井優がソロで踊るダンスです。
映画と一緒の振り付け、というより映画がそのまま使用したそうで、このソロはプロローグの常磐炭鉱節と同じ40年以上前の開演時からの曲目・振り付けだそうです。


タネイムアひざを折った状態でのけぞるように仰向けにバッタリと倒れた後、ややあって「タタタン、タタタン」という太鼓のリズムに合わせ、ゆっくりと上体を起こしていくあの踊りですが、その場面は観客の影で残念ながら見えませんでしたが。


タネイムアそもそもこの演出はバックダンサーが全体的に上手くなってくるとソロが埋没しがちになるため、構成のヤマ場を作るために考えだされたもので、開演当時は単に起き上がるだけでなく、腰を浮かせて円を描くようにしながら起き上がったという、大変筋力を要するものだったようです。


早川和子ほかこのソロも含めて映画「フラガール」にはモデルがいます。
前述した中村氏もそうですが、松雪泰子が演じる平山まどかは”早川和子(カレイナニ早川)”女史で、蒼井優演じる谷川紀美子は”小野<旧姓豊田>恵美子(レイモミ小野)”女史です。
《写真:右・早川和子、中央・中村豊、左・小野恵美子 (C)オフィシャルサイト》


早川和子(カレイナニ早川)女史は幼少から服部・島田バレエ団でクラシックバレエを習い、その興行で24歳のとき訪れたハワイでフラダンスと出会い、28歳で再びハワイに留学し、本場のフラ、タヒチアンダンスを身につけたそうです。
そして和子が33歳のときに、ハワイ留学時に一緒だったレフアナニ佐竹とテレビ出演していたのをたまたま中村社長が見ていて講師として招いたそうです。
6年後に佐竹さんが結婚してハワイに渡ってからも早川さん一人でフラダンスとタヒチアンダンスを教えていたそうです。
その教えていた学校が「常磐音楽舞踊学院」で、「常磐ハワイアンセンター」オープンの約1年前に中村氏が理事長として創立させたものです。
この「常磐音楽舞踊学院」はクラシックバレエ、ジャズダンスなどの基礎レッスンからフラ、タヒチアン、フラメンコ、マオリダンスなどの民族舞踊のレッスン、更には声楽・茶道・クラフトなど総合的に教育する学校です。
そして現在でも早川和子女史は、「常磐音楽舞踊学院」の最高顧問として現在も月1回指導にあたっているそうです。生前、中村社長は独身を貫く早川さんに「ハワイアンセンターと結婚してくれたようなもの」と感謝していたそうです。

一方の小野恵美子女史は、勿論いわき市出身ですが小学2年からクラシックバレエを習い、磐城女子高ではダンス部の主将も務め、父親も勤めていた常磐炭鉱の東京本社では庶務の仕事をしながらバレエを続けていたそうです。
そして学院第1期生として入学し、1979年までステージに立っていたのです。
その後、「常磐音楽舞踊学院」の講師として後進の指導をすることとなりました。そして1997年、早川和子女子から後継者として指名され、現在「常磐音楽舞踊学院」教授として活躍されているそうです。

当時のエピソードとして、常磐音楽舞踊学院の第1期生は15歳から21歳までの18人で、最年長の小野女史が唯一バレエの経験もあることからリーダーに指名されたそうです。
当時の印象として小野女史にとって、早川女史は「話し方もはっきりして、あこがれの都会の人。礼儀を含めて指導は厳しかった」と述べていて、早川女史は小野女史について「地方にこんなきれいな踊り手がいるのかしら、と思うくらい、本当にきれいでしたね」と言っていたそうです。
また当時の練習について1期生は一様に「大変でした」と口を揃えているそうで、父が教育者だった早川さんは礼儀を重んじ、皆が一生懸命やっている時に遊んでいるような生徒には容赦なくバケツを持たせて立たせることもあったそうです。
しかし、バレエの素養のあった小野女史は叱られた記憶はないそうで、家族が東京勤務だったこともあり休みに東京に帰るついでに早川女史と六本木や赤坂で待ち合わせ、ゴーゴーバーで踊り明かしたこともあったようで、二人の間では特に強い信頼関係があったようです。

マルヒア由佳理このようなエピソードを持った曲が「タネイムア」といっても過言ではないのでしょう。それだけヒストリックソングという伝統ある踊りなのです。じっくり堪能することをお勧めします。
因みに現在実際にこの「タネイムア」を踊るのは”マルヒア由佳理”さんで、38期生で丸7年ダンシングチームを続けている現在のリーダーです。


フィナーレこうしてクライマックスを迎えてからはフィナーレです。大感動で拍手喝采で包まれいます。


かつて「常磐ハワイアンセンター」がオープンしてからフラダンスというものが注目されてきたと言われているほどの、日本のフラ聖地と言っても過言ではない「スパ リゾート ハワイアンズ」です。
その歴史ある地の「グランドポリネシアンショー」を見ていない方は、是非一度は見ておくべきでしょうね。無料だからと言うわけではありませんが、必見です。

余韻に浸りながら帰路に着きます。
この後、与一の大露天風呂と行きたかったのですが、義母が疲れていたようなのでこれで今日は終了としました。

夜のハワイアンズ夜のハワイアンズ外に出るとすでに真っ暗ですが、ハワイアンズのサインだけはまだまだ真っ赤に燃えているようです。


今回のいわき散策は比較的メインストリートを散策しました。
若干タイミングが悪かったこともありますが、自然と温泉を、どの季節でも楽しめるのがいわき市の良いところかもしれません。
次に来るときにはまた新しい発見・体験ができることでしょうね。いつになっても楽しみです。

2009.11.7記

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