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諏訪神社と小玉ダム

川前町を後にして県道41号線を戻ってくると、天気も回復し薄日も差し始めてきました。
時間もまだPM3:00を少し過ぎたくらいなので寄り道をすることにしました。
もともとの予定では考えていませんでしたが、この時期さくらが大層綺麗だということで寄ってみたのが「小川諏訪神社」です。
雨(雪!?)あがりの日差しの中で花見もまた格別なことでしょう。

小川諏訪神社

小川郷総鎮守 諏訪神社ナビをセットして走るとおよそ30~40分くらいで到着です。
境内の脇に車を止めて参道に付くと、「小川郷総鎮守 諏訪神社」の社号標とともに神社由来が記載されています。


小川郷総鎮守諏訪神社勧請由来
御祭神:1.事代主神 1.建御名方神
御神徳:
1.事代主神は物事の善悪を判断する能力に優れ、国家安寧と学芸・文化発展向上の神
1.建御名方神は建の一字は霊威の強い勇壮と言う意味の敬称で、武運、勝運を始め五穀豊穣、商業産業の繁栄や航海・交通安全の神
鎌倉時代元亨2年(1322年)今より684年前、後醍醐天皇の御世、執権北条高時治世に在りて当時の領主小川入道義綱が虎狼の戯言に遭い鎌倉幕府より謀反の企みの嫌疑をかけられ切腹死罪の刑を告げられたが、天地神明に誓い嫌疑を晴らすべき義綱の真意を解され死罪を逃れた。
これ偏に神仏加護の事と鎌倉幕府の信奉守護神たる諏訪大明神の御神徳を仰ぎ信州に詣で国家、一族、一村の安寧を守護賜るべき御分霊を拝し極楽寺和尚慈雲により高萩村、塩田村の境に奉安し総村の鎮守とす。
いわき市文化財指定(いわき市教育委員会)
1.節婦喪賞の図(絵馬) 平成18年4月指定
1.エドヒガンシダレ桜(樹齢約500年) 平成11年4月指定
奉額 長岡英克 いわき市平
平成18年9月3日 諏訪神社 宮司 白土』(現地案内板説明文より

建の一字については【長瀞と岩畳】で訪れた「宝登山神社」でのヤマトタケルと熊襲建の神話で聞いていましたね。
ここでちょっと判らないのが鎌倉幕府の守護神が何故諏訪大明神なのかということです。 信州の諏訪大明神といっているので、当然現在の諏訪大社のことでしょうが、信州の神が守護神では地域的に余りに離れすぎています。
それを理解するカギは平安時代末期に編まれた歌謡集「梁塵秘抄」にあるようです。
この歌謡集には「関より東の軍神、鹿島、香取、諏訪の宮」と謡われていて関東ではこの3神が軍神として信奉されていたようです。 しかし、関より東といわれると、一般的には箱根の関所より東というイメージですが、そうなると信州は西ということになります。
すると今度は平安時代頃の関とは一体何処を指すのかと調べてみると、関の制度は古代からあり、古代においては東海道の鈴鹿関、東山道の不破関、北陸道の愛発関が畿内を防御するために特に重視された関所で、これを三関というそうです。
平安時代においても中期以降北陸道の愛発関が逢坂関に変ったのですが、東海道は鈴鹿関から変っていないようなのです。したがって平安時代の「梁塵秘抄」にある”関より東”は鈴鹿より東といえるのでしょう。 そうなると茨城県の鹿島、千葉県の香取は当然として、長野県の諏訪といっても関東という意味(現在の関東とは意味が違うのですが)でなんとか理解できます。
神話の時代はともかくとして、鎌倉時代後期からの由緒ある神社ということで霊験もあらたかなのかもしれません。

諏訪神社参道と鳥居参道を進むと先に石段があります。石段の上の赤い鳥居の横にあるのが文化財のシダレ桜でしょうか。

諏訪神社社殿石段をあがった突き当りが社殿です。とりあえずは参拝を済ませます。
なかなか風格があり荘厳さを感じられる社殿ですが、どこかの時点で再建されたものでしょう、それほど古さは感じませんので。

神楽殿右側には神楽殿がありますが、若干小ぶりの社殿と比べると多少見劣りのする神楽殿です。

小川稲荷大明神また、社殿の左側には「小川稲荷大明神」が祀られています。


シダレ桜境内を散策した後、メインである「エドヒガンシダレ桜」を見物です。

シダレ桜文化財でもある「エドヒガンシダレ桜」は、ピンクの花を一斉に開き…、ってまだつぼみ状況でした。
東京では開花宣言され5~6分咲きですが、ここいわきでは全く開花していないようです。

以前、埼玉県北本市の【石戸蒲ザクラ】で訪れた「北本自然観察公園」の市指定の記念物「エドヒガンサクラ」はソメイヨシノが開花していた頃でしたので、すでに見頃も過ぎぎりぎり何とか花びらを見られた程度でしたので、よくよくエドヒガンザクラには縁がないのですね。
そもそも「エドヒガンザクラ」はその名の通り江戸彼岸桜なので3月中旬から下旬の彼岸の頃に咲く桜です。したがって彼岸よりも遅いだろうと思われるいわき市のエドヒガンであれば4月上旬ならちょうどよいのではないかと…。 やはりよほどいわきは寒いのでしょう。
近くに案内板があります。

『いわき市指定天然記念物 諏訪神社のシダレザクラ
シダレザクラは、エドヒガンの品種のひとつで、細い枝が垂直に垂れるようになったものです。樹齢が長く、なかには高さ20m以上になるものもあります。
このシダレザクラもエドヒガンの枝が垂れたもので、老木のために枯れ枝があり、その枯れ枝の形が見る方向によってはウサギやサルに見えると言われております。市内でも最大級の大きさで、開花時の美しさは市内シダレザクラの中でも美しいもののひとつです。
この木は神木であるとともに、景観木として人々に親しまれております。
樹齢は明らかではありませんが、ここ諏訪神社が650年以上も前に建立されているため、それに近いものと考えられております。
樹高 12m 直径 1.1m』(現地案内板説明文より)

もともとエドヒガン群は長寿で、樹齢2000年や1500年などというものもあるそうです。そういった長寿にあやかり、古くから寺院や神社に植えられていたそうです。
シダレ桜枝が垂れる原因は枝の成長が早く、木質化する前に、重力によって、枝が垂れ下がってしまうからだと言われており、 いずれにせよエドヒガンの特徴である長寿ということからご神木とされ、何百年にわたり数々の歴史とともに歩んできたのでしょう。

開花を見ることはできませんでしたが、歴史ある神社で、軍神を勧請したという男性的な強さと、荘厳さのなかにもエドヒガンのような華麗さを併せもったここ諏訪神社が「いわき百景」の〝神社・仏閣〟に選定されているのは当然のことといえます。

開花の時期に一度は訪ねたい神社でした。

小玉ダム

「諏訪神社」を出てからは、まだ夕暮れには時間もあり、天気も晴天となったこともあり前々から訪れてみたかった「小玉ダム」に向かいました。
特にダムマニアではないのですが、幾つかのダムを訪ねるうちに無機質建造物の権化みたいなダムが、妙に親しみやすかったりしたこともあって、訪れた地にダムがあるととりあえず寄ってみようという気になるのです。
以前、白鳥の飛来地として訪れた際に「小玉ダム」の標識があったので寄ってみたかったのですが、残念ながら時間の都合も会って寄ることができませんでした。
どんな面白さがあるのかウキウキ気分です。

「小玉ダム」に到着すると、そこはダム管理事務所でした。
小玉ダム管理事務所小玉ダムと刻まれた石碑が、綺麗に刈り込まれた緑の中におかれており、その先に2階建ての近代的なダム管理事務所があります。

今までに幾つかのダムを訪れましたが、何処のダムでも周辺を含めて綺麗に整備・清掃されていて気持ちがいいです。
小玉ダム堤体事務所の先に駐車場があるので駐車して、徒歩でダムを散策します。これがちょうど駐車場からみたダム堤体です。

こだま湖石碑ダムサイト左岸には「こだま湖」と刻まれた石碑があり、その隣には「小玉ダム」の説明があります。


小玉ダム
事業の内容
小玉ダムは、夏井川水系小玉川の福島県いわき市小川町に、アメニティ豊かないわき市となるよう、多目的ダムとして建設されたもので、夏井川総合開発の一環をなすものです。
小玉川は、福島県の浜通り地方屈指の河川である2級河川夏井川の右支川で、阿武隈山系いわき市三和町舘下に水源を発し、流域面積72.6K㎡、流路延長約20Kmの河川です。
流域の上流には、永井・差塩等の集落が形成されており、下流夏井川合流点付近には、JR東日本磐越東線小川郷駅を中心とした、いわき市小川町の市街地があります。
また、農業用水は本川から取水しており、中流部には、東北電力㈱の小玉川第1及び第2発電所があり、昭和の初めから運転しています。
この地方の気象は、年間を通じて比較的温暖で冬季も積雪を見ることは稀であり、降雨量は年平均1,300mm、年平均気温は13.5℃です。
ダムは重力式コンクリートダムとして、堤高102.0m、堤長280.0m、堤体積570,000?、総貯水容量13,930,000?、有効貯水量12,230,000?で、洪水調節・既得取水の安定化・河川環境の保全・水道用水及び工業用水の供給、発電を目的として建設されました。

事業の目的
①洪水調節
夏井川沿川地域の水害を防止するため、治水基準点(鎌田橋)の計画高水流量3,600?/秒を1,200?/秒に軽減し、そのうち小玉川では、ダム地点における計画高水量量900?/秒のうち680?/秒の洪水調節を行うため、治水容量9,600,000?(標高188m~標高218m)を確保しています。
②既得取水の安定化及び河川環境の保全
ダム下流の小玉川及び夏井川の既得用水の安定化及び河川環境の保全等のため、不特定容量1,620,000?を確保しています。
③都市用水
いわき市では、近年市街地への人口集中が急速に進み、周辺部においても住宅地の開発が進展し、水道用水の需要が急増しています。また、いわき市好間工業団地への工業用水を供給する必要があります。このため、水道用水として、いわき市に対し、580,000?を確保し、15,000?/日(0.174?/秒)を、供給します。また、工業用水として、好間工業団地に対し、430,000?を確保し、11,000?/日(0.127?/秒)を、供給します。
④発電
ダム湖より最大3.89?/秒を取水し、ダム下流の東北電力㈱小玉川第1発電所で最大出力2,800KW、年間発生電力量6,883MWHの発電を行います。
ダム湖には、発電のための特定容量は設けず、既得用水の安定化及び河川環境の保全、水道水及び工業用水の補給を利用して運用します。』(現地案内板説明文より)

所謂、ダム目的としてはF:洪水調節、農地防災 N:不特定用水、河川維持用水 W:上水道用水 I:工業用水 P:発電目的である「FNWIP」のとっても多目的で、1975年に着手され1996年に竣工したダムです。

こだま湖の鬼ダムの概要はそれとして、先ほどの「こだま湖」の石碑の先の対岸に何やら絵が書かれていました。
よくよく見るとどうやら鬼の絵のようです。


鬼ヶ城の伝説
往昔、小川町の北部、川前地区に位置する鬼ヶ城山には、いつの世からか妖気が棲みつき、近隣の人家に危害を加え、田畑、家畜などをあらしまわることしきりなので、村人は枕を高くして寝ることができず、ただ、ただ傍若無人の振る舞いに戦々恐々としているばかりであった。
おりふし、朝廷の命を受け、東蝦夷征伐のため、征夷大将軍坂上田村麻呂が遠く都よりこの地にさしかかったが、村人の切なる頼みによって悪賢い鬼共を散々に打ちこらした。
かくして、ほうほうの体で鬼ヶ城山に逃げ帰った鬼は、全国各地の鬼に救いを求めるにより、遠く丹波国大江山より酒呑童子をはじめとし、強力な大連合軍団が黒雲にのり大挙飛来した。
これを迎えうった、征夷大将軍坂上田村麻呂の率いる日本国最強軍団は、期待通りに見事打ち破り村に再び平和が甦った。
大将軍は、鬼共に今までの悪業の罪滅ぼしとして年に一度この地、鬼ヶ城山の山頂にこもり、村の五穀豊穣、無病息災を祈って、天地の神々に奉仕を成す事を約束させ、東蝦夷征伐のため遠く奥羽の地深く駒を進めさった。
それいらい、この集いは毎年ひそかに地の底で行われていると言われ、この頃になると鬼共の祈りが、この地の天空によくこだまする雷でもあるといわれる。
小玉ダムは、この鬼ヶ城の近傍に位置している事から、前世を悔い、今や愛すべき〝鬼〟となった。この言い伝えにちなみ、原石山方面に明るいユーモラスな鬼のイメージを描き、時代を切り拓くシンボルとして、また天地との共存共栄の調和と、村々の繁栄を願うものである。』(現地案内板説明文より)

こだま湖の鬼ここからでは遠くてはっきり見えませんが、案内板に描かれている鬼がこれです。


それにしても先ほどまで鬼ヶ城にいたのですが、そこにはこのような伝説は説明されていませんでしたが、川前町が悪の住処で、小川町がヒーローの地とあって、川前町ではあまり説明したくなかった…、のでしょうか!?
それにしても大連合軍団と日本国最強軍団とはなかなかスケールの大きな伝説です。
このような伝説やイラストなど一般的には面白みの無いダムに少しでも彩りを添え、興味を持たせるような意味で極めて効果的ですね。

こだま湖の鬼少しズームアップしてみましたが、ここに来た子供たちが「オニ、オニ…」と叫び喜ぶ姿が目に浮かぶようです。


一通り「小玉ダム」の概要がつかめたところで、ダムの天端を歩いてみます。
小玉ダム天端それほど広い天端ではないので、どうも高所恐怖症としては何となく落ち着きません。
ダム右岸には〝KODAMA DAM〟と崖に刈り込まれています。無機質のコンクリートと対称を成しているかのような、なかなか凝った演出です。

小玉ダム天端からの眺望下流側を見ると小川町の眺望が開けます。
小さく見える建物は恐らく草野心平記念館でしょう。

小玉ダム減勢工天端の中央の放出側には減勢工が見え、調整のためでしょうか多少放水されているようです。
かなり足がすくみながらも、この辺りがダムのひとつの見所でもあるのです。

小玉ダム常用洪水吐と非常用洪水吐何となく以前【荒川のそば】で訪れた「浦山ダム」と比べて、常用洪水吐と非常用洪水吐までの差が大きいのです、「小玉ダム」のほうが…。

下手な考え休むに似たりのとおり、考えても無駄なこととは判っていますが、何となく気になるところです。

ダム堤体を散策し終わったので、次は「こだま湖」を周回してみます。
ダム管理事務所の方から左回りでダム湖を廻ります。やはり廻ってみるとかなりダム湖は大きいことがわかります。
小玉ダム「こだま湖」の沿岸ではアスレチックや広場などが設置されていて、ファミリーで楽しめる施設もあるようです。

小玉ダム途中にはダム湖を横切る赤いトラス橋が架かっています。「小玉大橋」といい緑と青の世界に赤のコントラストでカラフルなイメージを醸し出している感じです。


小玉ダム鬼のイラストしばらく進むと件の〝鬼のイラスト〟の近くに来ることができました。
車と一緒に記念撮影です。当然ながらかなり大きいものです。

小玉ダム鬼のイラストさらに進んで〝鬼のイラスト〟の真下にきました。ここから眺めると何が何だかさっぱり判りませんが、何となく征服感があって気持ちよいものです(無邪気というか、馬鹿げてるというか…)。

小玉ダムダム堤体そしてここからダム堤体を見渡すと、ちょうど夕日が映えて実に綺麗です。


〝鬼のイラスト〟から更に先に進むとダム右岸の広場にでます。ちょうど「KODAMA DAM」の文字の上になります。
小玉ダム堤体右岸から見たダム堤体です。堤体の先にはダム管理事務所が見えます。
ちょうど天気も良くなってきたので、こちら側からも実に綺麗な小玉ダムを見ることができました。

残念ながらこの「こだま湖」は周回できるようにはなっていないようなので、元来た道を戻ることになります。

久しぶりのダム散策で実に楽しめましたが、残念なことにこの「小玉ダム」は事業主が福島県なので〝ダムカード〟がないのです。国土交通省か水資源機構の管轄するダムと、一部埼玉県の管轄するダムのみしか〝ダムカード〟は配布されていないので、本当に残念です。是非福島県のダムも〝ダムカード〟配布しましょう。

これで今日の散策は終了です。
この後は蟹洗温泉に戻って冷え切った身体を温めることにします。明日は晴れるとよいのですが。

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