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常磐のいわき百景

翌日の4月4日日曜日。今日は朝から天気が良く気持ちのよい一日をすごせそうです。
関東に比べるとまだまだ寒い地域ですが、朝7:00でもそれほど寒いという感じもないので散歩に出かけることにしました。
今回来るにあたって知った「いわき百景」の一つが実は家からホンの5分ほどのところにあることを知り、朝の散歩に行ってみようと計画していました。
実は以前にも途中までは行ったことが(目的は違うが)あったのですが、まさかそこが「いわき百選」であったとはまるで知る由もありませんでしたから…。

湯長谷九十九折り街道

「湯長谷九十九折り街道」とは住之江旅館から磐崎小学校までの区間を言うらしいです。
湯長谷九十九折り街道そこでまずは住之江旅館に向かいます。といってもほんとに5分もかからず住之江旅館に向かうT字路に到着です。ここを右斜めに進んだ道が「湯長谷九十九折り街道」です。

手前の道が県道56号線で右に進めば金毘羅神社を経て湯本駅につながっている道路です。

早速、その「湯長谷九十九折り街道」を歩いてみます。
住之江旅館少し歩くと左側に住之江旅館が見えます。ここからが「いわき百景」〝湯長谷九十九折り街道〟の始まりです。

湯長谷九十九折り街道湯長谷九十九折り街道住之江旅館の先には確かに別の時代に迷い込んだような屋敷が現れます。
このあたりは江戸時代、湯長谷藩の商人町として栄えた場所だそうで、上船尾宿の南端にあたるようです。


九十九折右に左に曲がる道が見えます。このあたりが九十九折のゆえんたるところでしょうか。

湯長谷九十九折り街道そしてその九十九折の先には両側にある大きな屋敷の塀や土蔵などをもつ屋敷があり、往時の面影を残しているといったところでしょうか。
一際大きい屋敷は国井家というらしいのですが、当時は問屋だったそうです。

湯長谷九十九折り街道歴史的な資産というよりは、タイムトリップした異次元空間的なところが非常に興味深い場所です。

ただし、そのように思いながら歩けば貴重な場所ですが、それとは知らずに車で走ってみれば何の興味も沸くことはないでしょう。確かに以前ここを車で通った記憶が甦りましたから…

折角なのでそのまま先に進んで散歩を続けます。
左側に学校がありますので、ここが磐崎小学校で「湯長谷九十九折り街道」もここで終了ということでしょうか。
竹林更に先に進むと小学校の西側に竹林が続いています。
なかなか見事な場所ですが、これも昔からの道なのでしょうか。

そしてそのまま先に進むと県道56号線に突き当たります。
ちょうど住之江旅館から磐崎小学校までを県道56号線は右ドッグレッグしている道で、それをショートカットするかのような、所謂トライアングルの位置にあるのが「湯長谷九十九折り街道」です。
してみるとそもそもは、この「湯長谷九十九折り街道」が湯本に向かう本道だったのかもしれませんね。
駒止ノ滝するとその「湯長谷九十九折り街道」と県道56号線が交差する場所に何やら立て札が立っています。


駒止ノ滝
後三年の役(1087年に終った)が終って、八幡太郎義家が凱旋し、堂々と都に帰る途中この滝のところに差しかかった途端、義家の乗っていた愛馬がつまづいたのか、急に倒れてしまった。
義家守は、馬が長い戦いに疲れ切って、水を求め渇を潤するため、滝壺に近づこうとしてつまづいたと思い、義家や武士達が水を呑ませるやら、介抱の限りを尽くしたが、残念ながら、その愛馬は死んでしまった。
義家らは、その愛馬の死を悼み、下湯長谷の勝善山に祠を建てて、馬の霊魂を鎮め、慰めて帰路についた。
このことがあってから誰云うとなく、この滝を駒止ノ滝と呼ぶようになったと伝えられている。
平成15年3月吉日
常磐地区まちづくり懇談会 白鳥高砂会』(現地案内板説明文より)

駒止ノ滝案内板の右側に草で隠れ気味になっている湧き水のようなところが、この「駒止ノ滝」です。
草に隠れているのでよく判りませんが、もっと上から落ちてきているのでしょうか。

義家といえばいわき市で言えば「勿来の関」が有名で、この散策記を書き始めた中で【いわき里帰り旅行】として一番最初に訪れたのが「勿来の関」で、〝弓掛けの松〟や〝和歌〟などの足跡を見てきましたから、ここを通ったことは十分考えられます。
馬頭観音当然ながらその横には「馬頭観音」が祀られているのも、馬の温泉らしい街ゆえもあってのことでしょう。

あってもおかしくは無いスチュエーションながら、プチ史跡的で非常に好感が持てますね。

県道56号線に出て56号線沿いに住之江旅館方面に戻ります。
藤原川県道沿いには藤原川が平行して流れていて、藤原川沿いに遊歩道があり朝の散歩には実に気持ちのよい場所です。

歩道橋先に赤い立派な橋が架かっています。県道56号線と藤原川をまたぐ橋なのですが、その先が野原のようです。何故に野原に行く為にこのような立派な橋がかけられていたのだろうかと、以前から気になっていたのですが、今回歩いてこの橋の下をくぐって意味がやっとわかりました。

歩道橋ちょうどこの橋の右側は先ほどの磐崎小学校につながっていて、左側は野原ではなくグラウンドになっているようです。つまり小学生がグラウンドにいくための歩道橋ということなのです。歩道橋にしては随分と立派な歩道橋です。

これも車で通り過ぎていては判らないことですね。

こう云ったように、やはりぶらぶらと歩いてみると今まで見えなかったものが色々見えてくるものです。
この周辺もきっとまだまだ色々な見所が隠されているのでは(私の目が節穴…)ないでしょうかね。

常磐藤原町田湯坂の町並み

一旦、自宅に戻り朝食を取って一休みです。
今日の予定は「水石山」と「閼伽井嶽薬師」です。天気も良いので散策も楽しめることでしょう。

「水石山」「閼伽井嶽薬師」方面へはいわき湯本ICから常磐・磐越道でいわき三和ICで向かう予定です。
それにしてもつくづく思っていたのですが、いわき市内には南から〝いわき勿来IC〟〝いわき湯本IC〟〝いわき中央IC〟〝いわき三和IC〟〝いわき四倉IC〟と市内に5つもICがあるのですから、今更ながらいわき市の広さを実感します。
この驚きは東西南北、中・武蔵・美園と〝浦和〟の付く駅名が市内に8つあるのと同じくらいの衝撃です(意味わからん…)。

兎にも角にも出発ですが、どうせいわき湯本ICに行くなら一ヶ所立ち寄ろうと決めていたのが常磐藤原町です。
常磐藤原町には「湯長谷九十九折り街道」と同じような「いわき百選」に選定された「常磐藤原町田湯坂の町並み」があります。
いわき湯本ICを通過して少し先に進んだ御斉所街道の近くで、ICから10分くらいです。
ここも「湯長谷九十九折り街道」と同じように県道14号線がいわき湯本ICから右ドッグレッグしているショートカットのトライアングルの旧道です。

常磐藤原町田湯坂の町並み常磐藤原町田湯坂の町並みこの町並みは江戸時代中期、現在の田場坂隧道付近に点在していた小集落を移したものだそうで、当時の宿場町を伝える貴重な町並みということですが、そう言われると思えないこともないし、若干無理があるのではないかな、とも思えるし…。

常磐藤原町田湯坂の町並み何となくこの豆腐屋さんが、その趣を残して残しているといったところでしょう。
それにしても手づくり豆腐のようで、立ち寄ってみればよかったかもしれません。


いずれにしても、「湯長谷九十九折り街道」といいこのような場所を大事にしていくという姿勢は評価できますね(何を上から目線で…)。
この後、今日の主目的の「閼伽井嶽薬師」に向かいます。

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