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瑞光寺と西光寺

「佐麻久嶺神社」の後はまた少し南下した「瑞光寺」に向かいます。
ここは天田愚庵とアヤメで有名な寺院です。季節もアヤメにはもってこいの6月上旬ですから綺麗なアヤメが見られることでしょう。

瑞光寺

瑞光寺瑞光寺「小泉山瑞光寺」と刻まれた門柱から参道を進むと正面にズラッと並んだ石像群が迎えてくれているかのようです(と、思っているのは私だけ)。

瑞光寺90度曲がった参道の正面には大きな樹木と茅葺の屋根の本堂が素朴な田舎風情を醸し出しています。

瑞光寺大きな樹木は「クスノキ」です。樹高24.7m、幹囲2.7mのいわき市保存樹木だそうです。
かなり立派なとしか言いようのない「クスノキ」です。

瑞光寺本堂その後ろにあるのが「瑞光寺」の本堂です。茅葺の建造物は本日3件目で、実にめぐり合わせの良い日なのでしょうか。

ただ、出羽神社本殿も龍門寺楼門も建物の造りに奥行があるので荘厳に見えるのですが、「瑞光寺」のような本堂ののっぺりした感じの建物の場合はどうしても村の庄屋の家的に見えてしまい、どうも荘厳な感じを受け取れないのは私だけでしょうか…。 まあ、それはそれで田舎の牧歌的な趣があって癒されることも確かですから、これはこれで良しとしておきましょう。
瑞光寺本堂ただし、この本堂の茅葺は屋根の先だけ瓦葺になっているところが実に面白いところです。やはり構造上こうしたほうがよいからでしょうかね。


さてこの「瑞光寺」は文明18(1486)年、磐城民部大輔由隆が開基となって創建された寺院で、今まで見てきた社寺に比べると随分と新しいように感じるのですが、それでも500年以上の歴史を持つ寺院なのです。
本尊は釈迦牟尼仏で1486年創建時のものといわれているようですが、記録として残っていないので文化財には指定されていないのです。
瑞光寺天田愚庵の自筆の歌碑しかし、それよりもこの「瑞光寺」を知らしめたのが天田愚庵縁の寺という触れ込みで、その証が本堂とクスノキの間にあるこの天田愚庵の自筆の歌碑なのです。

「日傾五葉金蓮蘆 粟満…」的なことが刻まれているようですが、すべては判読できず、またおそらく判読できたとしてももさっぱり私にはわかりません。 それはともかくも、何故、天田愚庵が「瑞光寺」に…、という点が釈然としないので調べてみました。
天田愚庵については【いわき散策記 vol.3】での天田愚庵邸で凡そのプロフィールは理解していますが、もう一度思い出してみます。

愚庵略伝
愚庵は安政元年7月20日平藩主安藤信正の家臣甘田平太夫の五男として平城下に生まれた。初めの名は甘田久五郎、後に天田五郎と改めた。15歳で戊辰の役に出陣中父母妹行方不明となり、その後その所在を探して全国を遍歴すること20年、その間山岡鉄舟の知遇を受け、また一時清水次郎長の養子となった。明治20年滴水禅師に依って得度し鉄眼と号し、その後京都清水に庵を結んで愚庵を名乗った。漢詩の外に万葉調の和歌を能くし、正岡子規に多くの影響をあたえた。
明治37年1月17日51歳をもって伏見桃山にその数奇な一生を終わった。』

この様に天田愚庵のプロフィールに「瑞光寺」という名称がでてくることはありませんでした。
そして今回改めて調べてみると、どうやら「瑞光寺」と関わったのは戊辰の役後のことのようです。 つまり、戊辰(戦争)の役の際、平藩から出兵した愚庵だったのですが平城があえなく落城したため一旦は仙台に落ち延びたのでしたが、平に帰藩し政府により謹慎を命じられ、その謹慎先が「瑞光寺」だったのです。
そして、翌年謹慎が解かれた後、戊辰の役の際生き別れになった父母妹を探す旅に出るということにつながるのでした。
正岡子規にも影響を与えたほどの優れた歌人だったようですから、謹慎中ということもあり幾つかの歌(詩)も作っていたのではないでしょうか。
こういった経緯から愚庵縁の寺と言われるようになったのですね、納得、納得。

愚庵については理解しましたが、もう一つの、というよりは「瑞光寺」をメジャーに(なった!?)した最大の要因がハナショウブを始めとする様々な花で囲まれた〝花の寺〟というイメージです。
本堂の前には噂どおりのアヤメと菖蒲が咲き乱れて…、いないようで、季節的に早かったのか遅かったのか良く分かりませんが、間違いなく言えることは咲き乱れていないということです。ちょっと残念な光景ですが、折角なので境内を散策です。

瑞光寺弁天池本堂からからみて正面にアヤメ・花菖蒲が植えられていて、やや左側に小道があり、その小道の左側は弁天池となっています。

瑞光寺アヤメアヤメ・花菖蒲はおもに紫と黄色が咲いているようです。一花一花は確かに美しいのですが、さすがに寂しい花の寺です。

瑞光寺弁天池しかし、弁天池のほうにはアヤメ・花菖蒲のほかに睡蓮の花が咲いていました。

始めは蓮かと思ったのですが、蓮の花は凡そ6月末~8月上旬くらいに咲いて、しかも開花時間は早朝から午前中くらいだったので、これは違うと判断できたのは、やはり地元で古代ハスの里があるおかげでしょうか(って、小さなプライド!)。
となると5月の午後でも咲いてハスに似ているといえば睡蓮でしょうが、実際に見るのは初めてで、何となく判ったのはモネの「睡蓮」のイメージからでした。
ハスよりも繊細そうで綺麗です。何となくモネがモチーフにするのも判るような気がしないこともないのですが…。でも横尾忠則の「蓮」も嫌いではないです(って、何の話し!?)。

瑞光寺アヤメ瑞光寺アヤメこちら側から定番の写真を一枚。

アヤメとクスノキと茅葺の本堂…、ですが様になっているでしょうか。まあ、写真がメインではないということで納得の一枚でした。
ちょうど瑞光寺の散策に訪れていたときに結構参拝客、見学客が訪れていましたが皆さんアヤメがあまり見られないことを知って足早に帰られていました。きっとアヤメの見頃のころはたくさんの方で境内も賑わうのかもしれません。
さすがに「いわき100景」に選定されているだけあって、歴史に風景にそれなりに堪能できた「瑞光寺」でした。

真如の松

西光寺「瑞光寺」から更にいわき公園方面に南下していくと「西光寺」があります。

周辺は向かい側に「光照寺」という寺院があるのみで、ここまで来る道路脇には途中から建造物は何一つない道路です。 また、ここまで来た道は舗装されていたのですが、この「西光寺」の先は砂利道で未舗装です。
今後、開発されていくのかも知れませんが、現在はこの寺院に来るための道路といっても過言ではないかもしれません。

西光寺玄庭境内を進んで右手に曲がるとなんとも言いがたい庭園が見えます。

特に赤い花はサツキでしょうか、緑一色のなかのアクセントとして映えています。多くの木が円く刈り込まれているのが印象的な庭園で「玄庭」という名称があるそうです。
そしてその中央に「真如の松」と呼ばれる庭木が一際異彩を放っているのですが、どうも緑色の保護色になっているのでいまひとつ全体像がつかめません。
西光寺本堂そこでまずは「玄庭」の前の本堂に参拝して、本堂側から眺めてみることにしました。

この「西光寺」は室町時代初期の1429年に開山された古刹だそうですが、嘉永3(1850)年に焼失したため、現在の本堂は大正2年に再建されたものだそうです。

西光寺真如の松こちら側から「真如の松」を眺めると松の形が良く分かります。

西光寺真如の松一言でいえば〝タコ〟です。そう、あの8本足の。それでも高さは7~8mあるそうですから結構大きいです。 おそらく夜になってライトアップされたらUFOと間違えられる可能性のありそうな不思議な松です。

西光寺真如の松下から見上げると細かい枝が何百本とあの独特の葉を支えているようですが、何故下には生えないのでしょう、単に切ってしまうから…、ですかね。

いわき散策記 vol.3】で訪れた「専称寺」にも地を這うような松がありとても美しかったですが、こちらはまさにオブジェとも言うべき作品です。
正確な樹齢はわからないようですが、かつて松の根元を掘った際に消し炭が出てきました。「西光寺」の由緒に嘉永3年の堂宇が焼失しているとあり、根元から出てきた消し炭はこの火事のときのものではないかと考えられているそうで、住職によると火事以降に植えられたとは考えられないとのことから、樹齢は少なくても200年以上と考えられているのだそうです。
さてこの「真如の松」は実に仏門に相応しいネーミングのようですが、やはり深いい、意味があるようです。


『仏教語です。真如とは、万物一切の本質は、常に変ることなく平等普遍である、という真理を言うのです。自由に伸び伸びと生育する自然の木のごとく、自然体で生きることを指しているのです。自然体で生きるのは煩悩を取り去り、心の迷いや執念がなく、無念無想の境地にならなければなりません。四方に枝を伸ばしているこのクロマツは、無想無碍を教えているのです。誰が名付けたかは知りませんが、暗闇の地上を煌々と照らす月のごとく、一点の曇りも障害もない心になってほしいという願望をこめて「真如の松」と名付けたのでしょうね。そうはいっても、無情の風は時を選ばず、やってきますがね。』(「いわきふるさと散歩」より)

恐らく無情の風が吹くまでに私の煩悩が消え去ることはないでしょうし、きっと無情の風は先に私のほうに吹いてくるかもしれません、悲しいことですが…。
しかしながらせっかく出合った「真如の松」ですから、少しでも自然体で生きられるよう頭の片隅に覚えておきましょう。

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