玉敷公園

到着したのはメイン会場(で、あろう)の「玉敷公園」です。もうすでに駐車場は半分ほど埋まっていて比較的出足は早いのかもしれません。
まずは、この「玉敷公園」から散策を始めます。

玉敷公園

今回のイベント案内での説明です。

『「ふじとあじさいの道」は、埼玉県指定天然記念物「玉敷神社のフジ」の開花時期に合わせて開催される伝統ある「藤まつり」と並ぶ、新たな名所として、玉敷公園、総合公園、生涯学習センター(キャッスルきさい)を、藤とあじさいで結ぶ約1500mの遊歩道です。
全体で約1万本の色とりどりのアジサイの多くは、「あじさいボランティア」の皆さんのご協力により植えられたもので、緑と花のネットワークを形成し、住民の憩いの場となっています。
騎西の春を彩る「藤まつり」は、玉敷公園を会場にして、4月29日頃から5月5日頃まで開催され、日替わりで各種イベントが行われます。
梅雨時に鮮やかな花を咲かせる「アジサイまつり」は、6月に開催されます。』(パンフレットより)

玉敷神社神苑「玉敷公園」の公園入口には大きな石柱があり〝玉敷神社神苑〟ときざまれていますので、神社の庭園といったところでしょう。
箭弓稲荷神社社殿と牡丹園】で訪れた牡丹園と同じ意味合いかもしれませんね。

パンフレットの解説です。

玉敷公園(旧河野邸)
樹齢約400年といわれる玉敷の大藤は、藤棚が26m四方で、面積661㎡(約200坪)あり、花の房は1mを超える長さになります。他に白フジなどの種類もあり、藤棚の総面積は1507㎡(約457坪)に及びます。
また、旧河野邸のアジサイは、ガクアジサイ系で多くの品種があり、新しい品種の花を見ることができます。他にヤマアジサイ系の種類も植栽されています。』(パンフレットより)

以前【本多静六】の第15回あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバルで訪れた菖蒲町(現在久喜市)で、アジサイに毒があることを知りましたが、今回は散策を前にアジサイの品種について調べてみます。
私たちが一般的に見て言う「アジサイ」とは球状のアジサイで「セイヨウアジサイ」のことです。これは日本原産の「ガクアジサイ」を改良した品種なのです。
幕末から明治にかけて来日したヨーロッパの人々が初めて見る美しいアジサイを持ち帰り、欧米人のために色とりどりで大きな花へ変化を遂げたそうです。そしてその後「セイヨウアジサイ」が所謂逆輸入されて日本でも人気の品種となったのです。
そんな当時のヨーロッパ人の一人にシーボルトがおり、当時アジサイの品種名を愛妾の楠本滝(お滝さん)の名を潜ませ「オタクサ」と命名したとも言われています。
そして多くの方が知っているように、一般的に花といわれている部分は装飾花で、本来の花は中心部で小さく目立たなく、花びらに見えるものは萼であることから「セイヨウアジサイ」ではすべてが装飾花ということになります。
それに対して「ガクアジサイ」は周辺の花びら(装飾花)だけが開き、それがちょうど額縁のように見えることから「ガクアジサイ」と江戸時代から呼ばれている和名です。
そして「ヤマアジサイ」は形状は「ガクアジサイ」に似ており、文字通り山林に自生する小型で葉に光沢のないアジサイです。
このように「アジサイ」はもともと日本の古来種が原種なのです。

園内の散策を始めます。
川越陣力車園内に入るとテントがありそこに人力車が置かれています。
これが人力車体験用の人力車で川越陣力車と書かれているので普段は川越で人力車を走らせているのでしょう。

あじさいと藤棚その後ろ側に藤棚がありますが、さすがに藤は咲いていませんが青々とした葉とつるが印象的です。
流石に藤の町です。

あじさい左側のメインストリートにはアジサイが並んで植えられています。

あじさいあじさい早速この中で「アジサイ」と「ガクアジサイ」を見ることができます。
まだ、すべて咲ききっていないのでしょうか、若干少なめのような気がします。

あじさいこんなちょっと珍しそうなあじさいもあります。
なんというあじさいなのでしょうか。

玉敷神社の藤玉敷神社の藤先に進むと右手に別の大きな藤棚があります。
これが有名な「玉敷神社の藤」です。

牛島の藤】で訪れた国の特別天然記念物の樹齢1200年には届きませんが藤棚の大きさではやや大きいくらいですから、その見事さは咲いていなくても想像がつきます。
来年の藤の時期には是非訪れたいところです。

神池藤棚の先には神苑らしく比較的大きな池があります。余り陽の差さないどんよりとした空気が漂っている感じです。
そして、その後ろ側は鬱蒼とした林に覆われています。

忠魂碑池の左手には忠魂碑でしょうか建立されています。

あじさい若干、アジサイとしては物足りない感じですが、前菜で腹一杯にしてしまうとメインディッシュが美味しくありませんから、このくらいがちょうど良いでしょう。

これで一通り玉敷公園内を散策し終わり玉敷神社へ向かいます。

玉敷神社の境内に向かう途中に先の説明にあった「旧河野邸」があります。
玉敷公園・旧河野邸「玉敷公園・旧河野邸」と刻まれた公園の入口から入ってみます。

玉敷公園・旧河野邸園路沿いにあじさいが綺麗に咲いています。

玉敷公園・旧河野邸こちらにも藤棚もあるようで緑色に満ちた庭園を見ることができます。

ガクアジサイガクアジサイ特にこの公園のあじさいは「ガクアジサイ」が多いのが特徴のようで、古くから植えられていた証なのかもしれません。
赤や青のガクアジサイは何か神秘的ですらあります。

更にこの公園には「ヤマアジサイ」もあるようですが残念ながら見分けはつきませんでした。

蹲踞と水琴窟コンクリートの園路から石段の園路を行くと途中に「蹲踞と水琴窟」があります。

説明によると〝蹲踞〟とは“用”と“景”を兼ねたものであり、茶室に入る前に手や口を清めるための手水鉢を主とした石組みのことを言うそうで、身をかがめて(つくばって)手水を使うところからきた呼称だそうです。 そして水琴窟はその手水鉢からこぼれ落ちた水の排水装置として、江戸時代の初期に考案されたものと言われていますが、確たる文献は残っていないようで、水滴が水面を打つ音が、瓶の壁面に反響し、地上に洩れ聞こえるかすかな響きを楽しむものです。
日本庭園においては、滝の音・松風の音とともに音を楽しむ最高の趣味となっているのだそうですが、仕掛けは江戸の庭師の秘伝とされていて、様々な仕掛けと工夫がされているのです。
蹲踞と水琴窟傍らに置いてある筒をあてて聞いてみると確かに涼やかな綺麗な音を聞くことができました。水琴窟の存在は知っていましたが、かなり風情あるものでプチ感動でした。


藤棚「蹲踞と水琴窟」の先に遠目から眺めた石組みの藤棚があります。藤の季節にはやはり綺麗な花を見ることができるのでしょう。

シダレザクラそしてまた園路沿いに歩くと右斜め前にはシダレザクラが植えられています。4月には花見客で賑わうのでしょう、きっと。

河野氏の石碑出口近くには河野氏の石碑が置かれています。

後先になりましたがここで、河野邸の河野氏の略歴です。
文学博士である河野省三氏は国学者で神道学者でもあり、國學院大学総長を務めました。明治15年に騎西町で生まれ、國學院師範部を卒業後に玉敷神社の宮司となり、その後、国学や神道を研究し権威として活躍され、昭和27年に71歳で埼玉県神社庁長となり、昭和36年には国学・神道学者として紫綬襃章を受章しました。そして昭和38年に死去されました。
生家が玉敷神社であったことから、この地が旧宅の跡地であったようです。
国学院大学卒の友人がいるので、古に名前は聞いたことがあるのですが経歴などは全く知りませんでした。
勿論、努力家の方だったようですが、恵まれた家庭に生まれ育ったというバックボーンはあるようですね。

和風の門その先は出口ですが、和風の門が立っています。当時からあった門なのでしょう。白塀とともに園内の雰囲気とは異なったコントラストが渋さをかもし出しています。


玉敷神社

「旧河野邸」で「ガクアジサイ」や「ヤマアジサイ」(どれかは判らなかったが、見たことにしておきましょう)を見終ってから、折角なので「玉敷神社」を参拝することにします。
玉敷神社参道「旧河野邸」の前がすでに参道です。

石の鳥居の前には手水舎がありますが、内側に弧を描いた屋根が何となく美しいです。外側に反っているのは良く見かけますが、内側に沿っているのは珍しいのでしょうか。
鳥居の横に由緒書きがあります。

玉敷神社
主祭神:大己貴命(別の御名 大国主神)
≪御由緒≫
当神社は第42代文武天皇の大宝3年(703)、東山道鎮撫使<多治比真人三宅麿>により創建されたと伝えられ(一説に第13代成武天皇6年(136)、武蔵国造<兄多毛比命>によるという)、平安時代第60代醍醐天皇の延長5年(927)に公布された、律令の施行細則「延喜式」の神名帳にその名を載せる、いわゆる「延喜式内」の由緒ある古社である。
以降、幾多の歳月を経て戦国時代に至り、天正2年(1574)越後の上杉謙信が当国に出兵の折、当時正能村(現当町正能)にあった当神社はその兵火にかかり炎上、古文書・社宝などを悉く失われた。したがって、それ以前の神社の歴史は明らかでない。
江戸時代に入り、寛永4年(1627)の頃、騎西城主<大久保加賀守忠職>によって現在の地に遷座、以来明治維新に至るまで、当神社は「勅願所玉敷神社久伊豆大明神」と称されて、埼玉郡(現南北両埼玉郡)の総鎮守、また騎西領48箇村の総氏神として尊崇され、厄除けを始めとするその多くの御神徳は厚い信仰を集めていた。
この広範な領域に及んだ信仰は今日なお受け継がれ、200年以上の昔から伝わる当神社独特の祓えの行事「お獅子様」を行う所は、当騎西町を中心とする県東北部の23の市町村並びに群馬・茨城両県の1,2の町の大字小字の地区にまで広がっている。
また、当神社には300年を超える伝統を持ち、江戸神楽の原形を伝える国指定(平成20年)重要無形民俗文化財「玉敷神社神楽」が保存され、年4回、祭礼の折に素朴で優雅な舞を披露している。』(現地案内板説明文より)

岩槻のひな人形】でおとずれた久伊豆神社などの総本社とされているそうです。
創建時の歴史は不明ですが、少なくとも江戸時代以降のれっきとした由緒を持っており、久伊豆神社の総本社、および埼玉郡の総鎮守ですからそれなりの歴史と重みをかね揃えているといえます。
玉敷神社社殿玉敷神社本殿参拝をしてから境内を散策します。

玉敷神社神楽殿重厚感ある社殿の左側には茅葺の神楽殿があります。


『国指定重要無形民俗文化財 玉敷神社神楽
江戸神楽の源流をなすといわれる玉敷神社神楽。素朴な中にも、雅な舞を伝える。
この神楽の発生は定かでないが、正保(1644~48)の元号を記した面や、享保4年(1719)に神楽を奉納した記録がある。また、古く当神社は正能地区に鎮座しており、その氏子が連綿と神楽師をつとめている。このことから、その成立は江戸時代初期まで遡るものであろう。
演目は番外を含め17座。題材は神話によるものや、演劇的な舞で構成される。楽は笛・太鼓・羯鼓をもちいる。
加須市教育委員会』(現地案内板説明文より)

埼玉県ではこの神楽と、鷲宮町(現久喜市)の鷲宮神社の鷲宮催馬楽神楽が国指定の文化財となっています。
東鷲宮百観音温泉】で実際に鷲宮催馬楽神楽を見ることができましたが、エンターテイメントではなくあくまで神事ですから厳粛です。
鷲宮催馬楽神楽は12座でしたから、こちらの方が多少演目が多いのでしょう。奉納日時は2月1日、5月5日、7月15日、12月1日の年4回奉納されているようなので、一度機会があればこちらも見てみたいものです。
特に茅葺の神楽殿の神楽はまた違ったイメージかもしれません。
神楽殿の横には大きなイチョウの木があります。

『町指定天然記念物 玉敷神社のいちょう
この境内には2本の大いちょうがある。いずれも雄木で、神楽殿の北側にあるものが樹高約30メートル、幹周り5メートル、枝張り15メートルである。社殿の西側のものは樹高約30メートルで、途中から3本に分かれている。幹や根には乳房状になった気根が見られるが、これは古くなった表皮の呼吸を助けるためのものと考えられている。幹周り6メートル、枝張り15メートルで、ともに樹齢は500年と推定される。
古くからこのあたりの人々は、当社のいちょうが色づくのを見て、麦播きの時季が来たことを知ったという。そうした親しみもあって、昭和50年の町制施行20周年には「町の木」に制定され、同55年には町指定天然記念物に指定されている。
加須市教育委員会』(現地案内板説明文より)

玉敷神社イチョウの木玉敷神社イチョウの木左が神楽殿北側のいちょうで、右が社殿西側のいちょうです。さすがに樹齢500年だけありますが、特にご神木ではないようですが、所謂、自然の偉大さといったところでしょうかね。


玉敷神社本殿玉敷神社本殿その西側のいちょうの前が本殿です。
煌びやかさはありませんが重厚といったイメージが似合いそうな本殿です。

玉敷神社御神水本殿をグルッと廻って反対側へでると「御神水」なりものがあります。

御神水のいわれ
この「御神水」は江戸時代寛文年間(1661~1673)に掘られたと伝えられる古い井戸から汲み出しています。古来霊験あらたかな「薬水」と尊重されて「お水」と呼ばれ、近郷の多くの人々が、お茶や炊事に、さらにはお風呂用にと、折りに触れて“お水貰い”に来ておりました。
また、戦後間もない頃までは、この「お水」を沸かした「御神湯」と称するお風呂、入浴料が任意の湯治場が現在の社務所裏手に在って、持病や農作業の疲れを癒す人々で四時を通じて賑わっておりました。』(現地案内板説明文より)

現在汲むのは自由なようで、いつでもいただけるようです。
湯治場が在ったころは確かに賑わっていたのでしょうね。何となく村の社交場のような絵が浮かんできます。
今回は若干足早に境内を散策しましたが、神社の社叢林などにも見るべき点は多いようですが、今回はこれにて切り上げることにしました。 また、藤の時期か神楽の時期にでもゆっくり散策したいものです。
一旦「旧河野邸」の前の案内所に戻り、ここでスタンプラリーカードをいただいてアジサイ散策とスタンプラリーの開始です。

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