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ヘラ釣のメッカ間瀬湖

日本神社を後にして、一旦昼食をとることにしました。
予定では、児玉では有名な「ろ」という蕎麦屋に行く予定だったのですが、かなり込んでいたので急遽別なところを探し、訪れたところが【蕎麦酒房 たじのや】でした。
蕎麦酒房 たじのや
かなり美味しいおそばをいただき、まだ12:30過ぎだったことから、当初は予定していなかった間瀬湖に向かうことにしたのです。

間瀬堰堤

児玉市街地から20分ほどでしょうか、間瀬湖に到着です。
駐車場が無いので、近くを探したところ、釣屋の駐車場があったので無人ながら駐車代500円を入れて停めさせてもらいました。釣をするひとはタダなのだそうです。 先ずは間瀬湖のダム堤体へ向かいます。
そこには2つの石碑があり、ひとつには「へら鮒供養塔」と刻まれています。
間瀬湖石碑 へら鮒供養塔
流石にヘラ釣のメッカだけあって、相当な量のへら鮒が釣られているのでしょうね。
その脇に案内板があります。

間瀬湖
間瀬湖は、昭和12年に利根川水系の間瀬川をせき止めてつくられた日本で最初のコンクリートダムの灌漑用人造湖で周囲約2キロメートル、水深で最も深いところ20メートル、満水時の湖水面積7万平方メートルであり、緑と清流に恵まれた自然の中にあります。湖畔には、約300本の桜が植えられ、湖面と桜の花(4月上旬)が美しく映え、堰堤と周囲の山々の景色が見事に調和され、「新日本百景」「ふるさとさいたま百選」「利根川百景」に数えられています。また「へら鮒」の釣り場のメッカとしても知られています。
1.新日本百景
昭和32年に週間読売の主催において、湖畔の皆様方の尽力により「新日本百景」に入選し、認定される。
2.ふるさとさいたま百選
昭和59年に埼玉新聞主催の「ふるさとさいたま百選」に入選し、認定される。
3.利根川百景
昭和61年に利根川百年記念行事委員会主催の「利根川百景」に選出される。
児玉町・児玉町観光協会
(現地案内板より)

骨波田の藤につづき、こちらでもまだ「ふるさと百選」が息づいているのは嬉しい限りです。
100選標柱
昭和12年とあるのですでに70年以上が経過しているダムなのです。
流石に歴史のあるダムはそれなりの評価を受けているようですが、これ以降も平成12(2000)年に国の有形登録文化財として登録され、翌年には「日本の近代土木遺産~現存する重要な土木構造物2000選 」に選出され、さらに平成22年には農林水産省が主催する「ため池百選」にも選ばれているようです。

案内板の反対側がすでに堤体の天端です。
間瀬湖天端
先日【塚越の花祭り】で訪れた秩父市吉田の「合角ダム」の天端と比べると随分と趣が違いますが、あえて言うなら“和テイスト”天端でしょうか。
親柱がある天端もまた風情なものです。 そしてその親柱には「児玉用水 間瀬堰提」と記載されています。
親柱
昭和初期の建造物ですから、ダムとは言わずに“堰提”といっていたのでしょう。
この幅でも一応車の通行は可のようですが、ここはのんびりと徒歩で行くのが良いでしょう。
天端の中央にあるのが管理棟で、これもまたクラシカルですが、こちらは“和テイスト”というよりは“大正モダン”といった佇まいです。
管理塔 管理塔
この堰堤が灌漑用だけのためにつくられたものであることから、管理棟もこれだけで済んでいるのです。現在の多目的ダムでは考えられないシンプルさといえるかもしれません。
勿論入れませんが、なかはこのようにバルブのハンドルがあり、ダムであることを思いおこさせてくれるような「施設図」が掲出されています。
管理塔 管理塔
但しよく見れば、天端の形状、歴史的経過に比べると非常に綺麗な管理棟であることに気が付きます。これは老朽化により平成元年~2年、平成8年の2回にわたって管理棟及び取水バルブ等、部分的な改修工事が行われたからなのです。
そして管理棟の反対側が導流壁で、減勢工とその先に水路が見え、いくらか水が流れ出ているのを見ることができます。
堰堤 水田地帯
そもそも間瀬湖周辺は谷津田地区と呼ばれ、古代の条里制といわれる土地区画(管理)制度の時代から開発された埼玉県では最も古い水田地帯なのだそうです。しかし、近世になって用水源は流域が狭く、流量も不安定なことから3年に1度は干ばつ被害が発生しており、用水不足解消のために間瀬湖が造られたわけなのです。
昭和5年から8年の歳月をかけて築造されたもので、洪水吐は中央越流式非調整型という形態のダムなのです。
これはこれでまた味のあるダムといえるのでしょう。

ここからは堤体の下に降りてみることにします。
天端の反対側にわたり、右手の道をぶらぶらと降りてみると、 途中に四阿などもあり、なかなかホスピタリティもそれなりに考えられているようです。
天端
堤体の下に来ると流石に威圧するような、ダム本来の姿を垣間見ることができるのですが、それでも天端や管理棟を見ると何か癒される気がするのは歴史のなせる業なのでしょうか。
堰堤 洪水吐
天端の下に並んだゲートが洪水吐で、増水すると一気に水が流れ落ちてくるはずです。今日は少しだけ流れています。
ところでこの樹木、時たま見かけるのですが、春でも赤い葉の樹木がありますが、一体なんと言う木なのでしょうか。
それでもこの樹木をいれてダムを写真に取れば、紅葉の季節の間瀬堰堤という設定になるのかも知れません。
堰堤
そして石で形付けられた下流を眺めると、そこにも古そうな橋が架けられていました。
水路 水路
これもまた間瀬堰堤と一体の「管理橋」というそうで、昭和13年に設置されたもので、堰堤と同様、国の登録文化財となっているそうです。
管理橋 管理橋 管理橋
確かに、同じような形態と風情を持っています。
やはりこの橋にもバルブが付けられているようですから、流量の調整という意味で管理橋と呼ばれるのでしょう。
そしてその先は穏やかな水路となっています。
水路
ダムでありながら、何となく癒される気がするのは、やはり日本最古という歴史のおかげかも知れませんね。

間瀬湖

再び天端に戻って。今度は湖面を眺めると、ズラッとボートが浮かんでいるのが見て取れます。
間瀬湖 間瀬湖のヘラ釣り
これがへら鮒釣りのボートなのですが、それにしても凄い数です。
そしてそのボートは、湖面に渡されたロープに括り付けられているようで、等間隔を保っています。
殆ど釣りを知らないので、少しばかりは知っておかなければならないでしょう。 そもそも「へら鮒」って…? から始めないと私の場合は理解できません。

「ヘラブナ」とは、コイ目コイ科コイ亜科フナ属の淡水魚で、正式和名は“ゲンゴロウブナ”というそうです。本来は琵琶湖の固有種だったそうですが、現在では人為の放流によって全国に分布しており、中国や韓国、台湾にも導入されているのだそうです。
その一方で、琵琶湖における本来のゲンゴロウブナは絶滅危惧IB類となっているのだそうですから、実に興味深い現象です。
釣りの格言に「釣りはフナに始まり、フナに終る」と言い習わされて、始まりのフナは“マブナ”で、終わりのフナは“ヘラブナ”といわれているそうです。更に釣りの難易度と趣向で「鮎とヘラは最高峰」といわれるくらい、難しい釣りなのだそうですが、現在では比較的簡単に楽しむことも出来るようになったようです。
そもそもこのヘラブナはもっぱら食味が悪いと言われていて、殆ど釣ったヘラブナを食べることは無いようです。日本にキャッチ・アンド・リリースの概念が導入される以前から、食べることを目的としない釣りなのです。
基本的に釣ることが難しいからこそ、その難しさを楽しもうと人気があると言うことになるのでしょう。

折角なのでしばらく間瀬湖の周りを散策してみます。
桜の季節も素晴らしいのでしょうが、新緑の季節もまたのんびり散歩するには良い季節です。
間瀬湖の堰提
所々にこのように桟橋が湖面に浮いていて、ここで釣りをされている方もいます。
間瀬湖桟橋
様々な湖畔から間瀬堰堤をのぞむ事ができます。
間瀬湖の堰提
間瀬湖と一体になったはずせない光景といえるでしょう。
このように湖畔からロープがかけられていて、ここにボートを舫うのでしょう。
間瀬湖のロープ
はじめは釣り人同士でおまつりをしない様に等間隔に並べるためと思っていたのですが、よくよく考えれば、舫っていなければボートが流されてダムから放流ということになるのです。水深20mもあるので碇も無理でしょうし。。。
まあ、細長い湖でありながら、釣り客もまた奥の奥までいらっしゃいますね。
ヘラ釣り 間瀬湖 間瀬湖
ここで素朴な疑問ですが、この釣りのシステムは一体どうなっているのだろうと、様々なサイトで調べたところ凡そのことがわかりました。
まず、多くの釣り人は朝5:00とか、随分と早い時間から来て、湖畔の周りにある釣舟屋のボート、或いは桟橋での釣りを行うようです。まあ、当然入漁料というか賃貸代というか払うわけですね。
そして空いていれば(例会のような団体も多いらしく)ボートを借りて湖面を進み、先ほどのロープに舫って釣りを始めるようです。そう知れば、ボートでも桟橋でもない湖畔で釣りをしている人を何人か見かけますが、こう言った人は“タダ”ってことでしょうかね。
そして基本は午後3時までのようで、予め頼んでおくとお昼には昼食を届けてくれるのだそうです。こうして日がな1日釣りを楽しむようです。確かに私が駐車した駐車場も釣舟屋の駐車場でしたから。
あるサイトでは昼食にカツ丼を注文する方が多いようで、名物でもあるようです。弁当を持ってきてはいけないのでしょうか。それはそれで楽しいと思うのですが。
ある程度システムは理解できましたが、もうひとつだけ素朴な疑問が残ります。そう、トイレはどうするんでしょうか。 いかに我慢するといっても、1回も行かないというのもありえませんしねえ。
この場合はボートで釣舟屋まで戻るのでしょうか、それとも携帯トイレなどを持参するのでしょうか。ちらほらと女性客もいるようなので、やはり一旦もどるのでしょうね、きっと。

更に先に進むと、湖もなくなり樹木に覆われた川となります。
間瀬湖 小川
そして湖の周囲を巡る道も丁度Uターンになろうとするところに、もうひとつの堰があり、ここでも水が流されていました。
堰 第2堰 第2堰
後日グーグルアースで見ると、間瀬湖が丁度2つあるような感じで、南側の湖の一番北側でせき止められている所が、どうやらこの堰のようです。
間瀬湖 《(C)グーグルアース》
特に何か名称があるわけでもないのですが、一応2段階の堰堤ということになるのでしょうかね。

何となく珍しいものを見たような気がします。
ここで丁度間瀬湖を半周したことになるのですが、間瀬湖の周囲は約2kmとあったのですが、ここまでくると半周で2kmくらいになってしまうのでないでしょうか。

結局、ここから半周して間瀬堰堤に戻るには1時間以上かかっていました。
かなり疲労感が一杯ですが、たまにはこんな散歩も良いでしょう。

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コメント

  1. ばっきぃ | -

    見てきましたー

    こんにちはー。
    先日ちょうど間瀬ダムが見たくなったのでちょっくら行ってきたのですが、前々からこの記事にもある間瀬湖の上流側…“もう一つの堰”が気になって仕方なかったのでついでに見てきました♪

    これは自分も初めて知ったのですが、間瀬湖は確かに2基のダムで造られているっ
    っぽいですね。
    ちなみに出発地点でもある児玉駅前の観光案内板には下流側のダム(和テイストな方)は『第一ダム』とだけ表記されていました。
    ということでもう一つの方は第2ダムだと思われるのですが、こちらは形と大きさから見ても砂防と流木対策が目的なんでしょうねぇ…。これを見た後に間瀬湖に網場などが無いかと確認したところ、あるのは洪水吐(越流部)に直接張られた簡単なネットのみ…。湖畔には多くの木が植樹されているのにネットに流木があまりかかってない所をみると、予め上流側でも防止策をとっているはずでしょうから。
    (まぁこのダムは地元の土地改良区の皆さんが管理をしっかりしているというのもあるかも知れませんけど…)

    まぁ長々と語ってしまいすいませんでしたが、
    この記事には非常に勉強させて頂いたと共に、新しい発見までもさせて頂き本当に感謝しております!
    もしまたダムに行かれることがありましたら、その際も新しい記事を大変期待しております☆

    ( 18:25 )

  2. 薄荷脳70 | -

    ばっきぃさん、ありがとうございます。

    私の記事がお役に立てるとは、嬉しい限りです。
    また、温かくなったら少しダムもまた巡りたいと思っています。
    今後も楽しみにしています^^

    ( 10:20 )

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