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根岸の里 #1

折角の入谷来訪ですから、このまま帰るのも勿体無いのでまずは昼食を済ませて、午後から軽い散策をする事にしました。
朝顔まつりはちょうどJR鶯谷駅から上野駅の中間あたりに位置しており、そこから鶯谷駅を過ぎて日暮里駅との中間ぐらいが根岸の町です。
「根岸」といわれて思い浮かべるのは色々あるでしょうが、一般的には現在の「林家正蔵」の生家がある地域で、いわゆる初代三平の自宅なのです。初代三平、正蔵親子といえばあの海老名家で、長女・みどり、次女・泰葉、長男・正蔵、次男・三平の4兄弟で有名な一家です。
下町といえどもちょっとハイソサエティなエリアとでもいえるかもしれません。

子規庵

言問通りから鶯谷駅前で交差する尾竹橋通りを進むと有名な「笹乃雪」があります。
笹乃雪
豆腐料理で有名な老舗で、それこそ海老名家行きつけの店としてもメディアで何度も取り上げられているお店です。 間違ってもリーズナブルといった言葉は無縁なお店ですから立ち入りはしませんが、せめて店舗前の子規の句碑と『笹乃雪』の由来くらいは眺めておきましょう。
子規句碑 笹乃雪由来
句碑には、「水無月や根岸涼しき篠の雪」と「蕣に朝商ひす篠の雪」の2句が刻まれていて、どちらも「笹乃雪」を詠んだものです。
子規が近所であった「笹乃雪」を良く利用していたことから詠まれたようで、この句は直筆だそうです。
そしてこの笹乃雪ですが、何と言っても創業320年ですから、根岸を代表する老舗です。リーズナブルではないといいましたが、案外お値打ちなコースもあるので機会があれば一度食してみるのもいいかも知れません。
そしてこの句にもあるように、ちょうど朝顔まつりにあわせて「子規の朝顔」が店頭にて販売されていました。
子規朝顔
笹乃雪、朝顔、子規という三大話が似合う根岸なのです。

ここからは細い路地を進みます。
街角にはこの様に、子規の句とともに江戸時代の様子が説明されているのです。
子規句 黒塀通り
左側が諏訪邸で、右側が前田邸の黒塀だったということになりますね。 子規がお好きな方には聖地といえるのかもしれません。
という事で路地を進むと子規の聖地である根岸の里は、現在ではこの様に“ラブホ”街に変貌していたのです。
ラブホテル街
説明と地図によれば、このあたり一体は旧加賀屋敷だったことがわかります。
加賀屋敷跡 加賀屋敷跡
そして確かに隣には「八二神社」が残されています。
八二神社 八二神社由来
当然、前田公とはあの前田利家を祖とする加賀100万石の前田藩の子孫であることは言うまでもありません。
そしてその真っ直ぐな道がこちらですが、路地の両側は殆どラブホテルです。
ラブホテル街
真昼間ですからあまり往来はありませんが、夜になるとどのような姿を見せてくれるのでしょうかね。興味をひかれないことも無いのですが。。。
明治時代の加賀邸と現在のラブホ街という、実に隔世を感じることの出来る路地なのです

更に進むとここでホテル街が終わり、その先の左手に「子規庵」があるのです。
子規庵
案内板『子規庵』が無ければ全くそれとは気が付かない極々普通の一軒家です。
子規庵 子規庵 子規庵
NHKのスペシャル大河「坂の上の雲」の子規臨終の地として描かれていましたから、何となくイメージは想像できます。
更にここには、いままで見た子規の句と町並みの紹介のあった子規会の説明があります。
子規庵 子規庵
子規が愛した地を、未来永劫に伝えていきたい、といった思いが感じられる内容です。
しかしながら現在まだPM1:00前なので、昼の時間は中に入れないとのことなので、時間つぶしもかねて子規庵の目の前にある「書道博物館」を見学してみることにします。

台東区立書道博物館

結構立派な博物館で、エントランスには「台東区立書道博物館・中村不折記念館」の銘板があり、『中村不折旧宅』の案内板があります。
台東区立書道博物館 中村不折旧宅
初めて知った人物ですが、書の世界では“三聖”、“三蹟”、“三筆”といわれるような書家が古くからいるのですが、書家であり画家でもあるというのは珍しいかも知れません。更にコレクションを通じて史家としての見方もあるのではないかと思えます。
早速入館してみることにします。
チケット
500円の入館料でまずはその「中村不折記念館」に入ります。

この日は9月19日までの期間で、企画展「この人、どんな字? -近代日本の文豪たち-」が開催されていました。
1Fの展示フロアーでは、特に大型の展示物があり、7~8メートルはあるのではないかと思われる“掛け軸”風なものがあります。 また、一方では羅漢を描いた画と書を融合させたようなものも興味を引きました。
2Fは今回の企画展の作品群で、挿絵や装帳などを通じて親交を深めた明治の文豪たちの書簡等が展示されています。
いくつかをピックアップします。
・新橋で会いたい旨の打診内容がかれた「野菊の墓」の伊藤左千夫の書簡
・挿絵を描いた「我輩は猫である」の初版が完売したと報告している夏目漱石の礼状
「我輩は猫である」の挿絵 《「我輩は猫である」の挿絵》
・明治~昭和の俳人、歌人である河東碧梧桐の自筆俳句
・「ほととぎす」に掲載する挿絵を依頼している高浜虚子の書簡
・知人のために書を依頼している国文学者、佐佐木信綱の書簡
・かつての総理大臣、犬養毅が不折にあてた書簡
等、貴重な書簡などが沢山展示されています。
更に2Fの一画にある特別展示室には正岡子規の書簡が展示されています。
・不折の結婚を祝してカツオ節を贈る旨を記している書簡
・不折の画室新築の祝賀会で行う闇汁(闇鍋)の段取りについて記している書簡
・不折の画室新築を祝って書いた2種の俳句短冊
・佐藤紅緑から贈られた硯を「ほととぎす」の表紙デザインに用いてはどうかという内容の書簡
が展示されています。
明治34年の「日本」に連載した“墨汁一滴”の原稿です。
墨汁一滴 《(C)ウェッブサイト台東区》
これには冒頭、「各自専門の芸術技術に熱心なる人は少なくあらねど不折君の画におけるほど熱心なるは少かるべし・・・」とかかれており、特に子規とは親交が深かったものと思われます。

また2Fの中村不折記念室にもまた貴重なものが展示されています。
・不折の書を親友の賀古鶴所に与えたことを報告している森鴎外ペン書きの書簡
・不折に依頼していた書作品の礼を述べている森鴎外の書簡
・『鴎外全集』出版にあたり、その題字を依頼している与謝野鉄幹の書簡
・森鴎外の墓石の書を催促する内容の与謝野鉄幹の書簡
・父と同様に母の墓石の書を不折に依頼している森鴎外の長男で医学博士・森於寛の書簡
・浅草寺境内にある九代目市川団十郎の像の台座にはめ込まれた銘文の拓本
このように一般では中々見られない直筆の書簡などの数々が見られた貴重な企画展です。
それにしても、不折は当然上手だとしても、解説にはそれぞれ良いところを挙げていますが、意外と明治の文豪と言われる方たちは、個人的にはそれほど字は上手ではなかったように見えました。

そして最後にこの不折の書がいつでも見られるものが展示されていました。
新宿中村屋のロゴ 《新宿中村屋のロゴ》
日本盛ブランドロゴ 《日本盛ブランドロゴ》
神州一味噌ロゴ 《神州一味噌ロゴ》
などが、不折の作品なのだそうです。結構身近なところにもあったようです。
残念ながら写真撮影が禁止ですが、その分この企画展は一度見る価値は充分あると思います。
9月まで開催中ですから興味のある方は足を運ばれてはいかがでしょうかね。

企画展を見終わってから常設展示のある本館に移ります。
記念館と本館の間は中庭が設えてあり、中村不折の銅像が置かれています。
中村不折の銅像
また、その先は築山のある枯山水の庭園があり、左側に案内板にあった灯篭が置かれています。
庭園
当時も落ち着いた和風の佇まいだったのでしょう。

そしてこちらが本館で、構成は以下の通りです。
本館
第1展示室:石碑・墓標など大型の作品に見られる文字資料
第3展示室:漢~唐時代の建築資材や、墳墓の副葬品などに見られる文字資料
第4展示室:古代中国で制作された青銅器に見られる古代文字
第5展示室:甲骨文・鏡鑑・陶瓶・文房具、日本の文字資料
という展示内容ですが、一つ一つの資料も当然貴重なものなのでしょうが、ある意味これが個人のコレクションだったということに驚きを覚えます。
一般の方の書かれた書道などを展示していると思っていたイメージよりはるかに重厚で、質・量とも充分見ごたえのある博物館でした。

書道博物館を出て再び子規庵に向かうのですが、午後からの見学は始まっているものの、この日は朗読劇のイベントが開催されていて満員状況でしばらくは入れませんとのことでしたので、残念ながら今回はこれにて子規庵を離れることにしました。
案内板に書かれていた蕪村忌の写真は、門前で頂いたパンフレットに“蕪村忌”のときの写真が掲載されていましたので、これだけ掲出しておきましょう。
子規庵
蕪村忌写真 《(C)子規庵保存会》
子規と不折の活躍していた時代をちょっぴり偲ぶことが出来た根岸の里でした。

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