八潮の歴史と水

「二丁目の獅子舞」が午前中で見終わったので、ここからは八潮市を散策します。
このまま八潮市を南下すると足立区、葛飾区となるのですが、その市境に向かいます。

大曽根八幡神社

市境に向う途中に八潮市でも由緒ある「大曽根八幡神社」に寄り道します。
参道口からは社殿が見えませんので、結構長い参道のようです。
大曽根八幡神社
その参道を進むと一の鳥居となります。石造りの鳥居ですが、地震の影響だったのでしょうか補強されています。
大曽根八幡神社一の鳥居
そして一の鳥居のすぐ先に二の鳥居が立っています。
大曽根八幡神社二の鳥居 扁額
こちらも補強された石造りの鳥居ですが、二の鳥居には「八幡宮」の扁額が掲げられています。
二の鳥居の先は広い境内になっており、その先に社殿を見ることができます。
その社殿の前の左右に境内社があり、右が稲荷社で左が天神社です。
稲荷社 天神社

社殿に近づくとその由緒書きである『大曽根八幡神社略記』とともに荘厳な雰囲気の社殿を感じることができます。
社殿 由緒
伝承によれば900年以上の歴史を誇ることになるのですが、まあ、ここは直に1502年の勧請と考えていたほうが無難でしょう。それでも500年以上の歴史を持つわけですから由緒正しい神社であることは間違いないようです。
但し、こちらに記載されているように三の鳥居は見当たりませんので、地震の影響で撤去されたのかも知れません。
そしてこの神社は八潮の代表的な行事・風景・文化財など、市民が選定した八潮八景の一つとなっているのだそうです。
その選定理由は、3年に一回の祭りは盛大で、境内が広く、市民の憩いの森となっていることからだそうです。
境内を少し二の鳥居辺りまでさがって、境内の全景を撮るとこのように2本の巨木をシンボルに、緑あふれる神社であることを実感させられます。
境内
更に二の鳥居の左手には「大曽根八幡神社児童公園」がありましたので、鎮守と言うこともあるのでしょうが、恐らく子供づれのファミリーの散歩に良いのかもしれませんね。
児童公園
因みに残りの八潮八景を記載しておきます。
・大瀬の獅子舞:獅子頭は竜形式で県東南地方の獅子舞の本流とされています。
・二丁目の獅子舞:舞のしぐさが七種類あり、昔からの祭礼行事を多く伝えています。
・和井田家の住宅:江戸時代から続く名主の家で、母屋と長屋門の建設年代は17世紀末頃と推定されています。
・どんぐり遊歩道:昭和63年度の建設省「やすらぎとうるおいのある遊歩道30選」に選ばれ、子供からお年寄りまでくつろげる個性と魅力あふれた道です。
・西福寺のタブノキ:樹齢五百年といわれ、市内最大の大木です。
・あみ船まつり(現在は行われていません):毎年4月、又は5月の日曜日に開催され、八潮の春の風物として人気を集めています。
・鶴ヶ曽根の蛇まつり:昔からの農村行事で悪癖退散を願い、毎年4月20日に行われます。
二丁目の獅子舞も選ばれていたようですね。

ここから参拝をしますが、近づくとさらに荘厳さを感じ精緻な彫刻が煌びやかです。
社殿 社殿 社殿
本殿も重厚さを漂わせ、彫刻もまた精緻で華麗です。
本殿
市民に親しまれるというのも頷ける神社でした。

大場川マリーナ

「水と生活」というテーマの八潮のシンボルとも言うべき河川が“中川”です。
中川と言えば【吉川のなまず】で訪れた水道橋や、【権現堂堤の桜】で訪れた幸手市の権現堂調整池での中川を訪ねました。
その中川の埼玉県における最下流がここ八潮市なのです。
つくばエクスプレスの八潮駅を過ぎて直進すると潮止橋があり、その下を流れているのが中川です。
中川と潮止橋
天気も上々で悠々たる流れです。
下流に向って進むと、対岸に「埼玉県桁川排水機場」を見ることができます。
中川 埼玉県桁川排水機場
この“排水機場”とは本川である“中川”が洪水などで増水した場合、水門を閉めて外水が逆流しない様にするのですが、その分内水がたまって浸水被害が起ります。そのため支川に溜まった水をポンプで上げて本川(中川)に吐き出すための施設が“排水機場”なのです。そしてこの中川の支流が「桁川」なのです。
こちら側の先には大きな水門を見ることができます。
中川 水門
この水門で中川と合流しているのが「大場川」なのです。
早速、水門に向って進みますが、水門の先にかすかにスカイツリーを見ることができます。
水門 スカイツリー
そして左側が大場川です。
大場川
左手に見えるマリーナは、民間のマリーナでここから中川に出、中川を下って東京湾に出ることができるのです。
この大場川はこのまましばらく東に向って進み葛飾区の水元公園沿いを流れ江戸川のすぐ近くで直角に曲がり、そのまま江戸川と並行して北上し、三郷市を抜けて吉川市の貯水池を源流としている利根川水系中川の支流となる一級河川なのです。

大場川沿いを遡ります。
道路沿いには先ほど見えた民間のマリーナである「サバスマリン」があります。
サバスマリン
更に、この先に東京エンタープライズマリーナ、ハナマリーナ、マリンクラブH&Aと民間のマリーナが続くのです。 そして民間のマリーナの先に埼玉県立の「大場川マリーナ」があるのです。
こちらがマリーナハウスです。
マリーナハウス
このマリーナは、埼玉県河川公社が経営する公共マリーナなのです。
オフィシャルサイトに寄れば「県民の安全で快適な生活環境を創出するため、県民の河川や水辺空間に対する正しい理解と一層の関心を高め、河川愛護思想の普及を図るとともに、埼玉県が進める河川整備に関する施策に協力し、もって県民の福祉の向上に寄与ことを目的として、平成4年に設立されました。
現在、愛護思想の普及・啓発のための様々な事業を実施するとともに、秩序ある河川利用の推進と県民が安心して水辺に親しむことができる拠点として、大場川マリーナと芝川マリーナの運営を行っています。」とあります。 要するにそもそも埼玉県内の河川における不法係留船舶の対策として設置されたもののようです。
かなり広いマリーナで、中央にクレーンが設置されています。
大場川マリーナ 大場川マリーナ 大場川マリーナ
そして左右に沢山の船艇が陸置きされています。ここでは167艇が保管できるそうです。
広く気持ちの良い立地で海なし県でも海の香りを漂わせる施設ですが、残念ながらやはり庶民の感覚ではないようです。
若干の居心地の悪さを感じながらマリーナを後にしました。

旧太田家住宅

中川等の河川をバックボーンとした八潮市で、先ほど見た桁川排水機場が中川の上流にもう一つ排水機場があるようなので「水と生活」の八潮としては是非見ておかなければならないでしょう。
八潮市の北部にあたり、東京外環道の近くに目指す「八潮排水機場」があります。
八潮排水機場
桁川は対岸からの眺めでしたのでそれほどの大きさは感じませんでしたが、八潮の場合は目の前で見ることでその迫力を感じます。
この八潮排水機場は、綾瀬川放水路と中川の合流点に位置しています。綾瀬川放水路とは、古くから大きな洪水被害を被った綾瀬川流域一帯の洪水被害を減らすため、洪水流の一部を中川に排水し、綺麗に浄化した水を中川から綾瀬川に送水する機能を持ったものとして建設された放水路なのです。 そしてこの合流点に作られた排水機場は平成10年度に完成し、国内最大級の規模を持っているのだそうです。 つまり最初に知った「水と生活」という八潮市のテーマは、綾瀬川と中川に挟まれた地形からと言う説明でしたが、まさにその河川をつないだものが綾瀬川放水路といえるのです。
こちらが綾瀬川放水路で、平時はこの水門を抜けて中川に流れているのです。
綾瀬川放水路 水門
しかし、洪水時になるとこの水門が閉じられるため、綾瀬川放水路に溜まった増水分をこの排水機場のポンプによって中川に流すのです。
ダム程の迫力はありませんが、こういった水門は好きですね。子供のころ育った埼玉県川口市の当時“赤水門”に親しんでいたからかもしれません。

多くの人からは中々共感されない“水門”のすぐ近くに「太田屋」なる看板のある古そうな建物があるので行って見ます。
太田屋
樹木で完全には読めない案内板には「市指定文化財太田家住宅・蔵」と書かれていますが、現在は一般の方の敷地内にあるので、公開は毎月第3土曜日だけとなっているようです。
太田屋 太田屋
そこで概要だけかいつまんでみます。
この「太田屋」とは、各所から買い集めた米を各地の米問屋に販売する江戸時代中期より続く河岸問屋で、当時、日光道中の脇往還である下妻道と八條の渡しの接点にあったことから、往来する人たちの休憩や宿泊施設として旅籠も兼ねていたそうです。
太田屋
文政6(1823)年頃に訪れた江戸の僧・津田大浄の著『遊歴雑記』には「太田家といえる酒楼ありて往来する人ここの憩はざることはなし」ろ記載されていて、その賑わい振りが記されている程だそうなので、かなり有名だったのでしょう。
特徴は八潮市では珍しい商人の町屋建築であると言うことです。特に建物の南半分を占める“ミセ(店)”は土間、板敷、畳敷の三間で構成されていて、二階は八畳、十畳、十二畳の三室がある旅籠(旅館)の形式になっていることです。
つまり八條の渡しがあった時代、この渡し舟の待合所としても賑わったと言うことで、ここにも「水と生活」の一端が残されていたのです。
手前にある蔵もまた当時からのもので、桐の火鉢や食器、仕入帳などの貴重品も残されているそうです。
太田屋
よくよく知ればこの住宅は子孫の太田家の自宅に移されたものなのだそうです。ある意味では最も収まりの良いところと言えるでしょう。
正式な建築年代を示すものがないので、はっきりしたことは判らないようですが、特徴から明治中頃に再建されたものではないかと考えられているようです。
いずれにしても商家の間取りと河岸場の問屋の性格両方を持つ建造物として貴重なものなのだそうです。

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