FC2ブログ


Japanese-American Friendship Festival

はじめに

何を思ったのか、言われたのか突然次女から「横田基地でイベントやっているらしいけど何のイベント」と聞かれて、調べたところ「横田基地日米友好祭」で昨年はじめて知ったイベントのことでした。
娘から行って見ないと誘われたので、昨年行けなかったことから渡りに船とばかりに突然行くことにしたのです。
何故急に娘が横田基地と聞いてみれば、娘の会社で横田基地での仕事を請けていて、一度行ってみればと言われたことから、行かないわけには・・・、ということが真相のようです。
兎にも角にも8月18日の土曜日、午後からは用事もあることから早めに出発することにしたのです。
自宅を8:30頃出発し、ニューシャトルで大宮駅→JR埼京線・武蔵浦和駅→JR武蔵野線・西国分寺駅→JR中央線・立川駅→JR青梅線・牛浜駅と乗り継いで、到着したのが10:00過ぎでした。
今日の天気は曇りのち雨で、朝からいつ降ってもおかしくないようなどんよりした天気でした。

福生市福生市オフィシャルサイト】http://www.city.fussa.tokyo.jp/

エンターテイメント

横田基地と、その基地のある福生市と言えばオジサン・オバサン世代では村上龍のデビュー出世作で有名な「限りなく透明に近いブルー」を思い出す方も多いと思いますが、個人的にはミュージシャンの大瀧詠一を思い浮かべます。但しよくよく調べれば、あくまで大瀧詠一は隣接する西多摩郡瑞穂町に居住していて直接の関係はないのですが、いずれにしても、それはそれ、これはこれとして、オシャレでアメリカンな街というイメージは共通するところでしょう。
JR牛浜駅からおよそ15分ほどで会場入口に当たる「第5ゲート」となりますが、ゲート前が国道16号線の交差点ですので、信号待ちの入場者で交差点は人が溢れている状態です。
横田基地第5ゲート
そしていよいよ交差点を渡って入場します。
いよいよここからアメリカなのです。

ここで少し横田基地について紐解いておきます。
1940年に帝国陸軍立川飛行場の附属として多摩飛行場として建設され、戦争中は陸軍の航空機試験場として利用されていましたが、敗戦後の1945年にアメリカ軍に接収されたのです。
当時、多摩飛行場は大部分が西多摩郡福生町(現在の福生市)にあったことから、地元では「福生飛行場」と呼ばれていたのですが、終戦前からアメリカ陸軍地図サービスが1944年に作成した地図において、北多摩郡村山町(現在の武蔵村山市)の大字名“Yokota”が“Fussa”よりも飛行場近くに記載されていたため「横田飛行場」と呼ばれ、接収後「横田基地」(Yokota Air Base)となったことから、現在「横田」の地名は存在していないのです。そしてその後基地の拡張工事が行われ1960年頃に概ね現在の規模になったのです。 朝鮮戦争当時はB-29爆撃機の出撃基地として、更にベトナム戦争時も補給拠点として活用され、2012年3月からは航空自衛隊の航空総隊司令部などが府中基地より移転し、航空自衛隊横田基地としても運用が開始されたのだそうです。
こうした歴史的背景、更に国民感情などを加味するとやはり米軍基地を理解してもらうには相当なパワーが必要なことは言うまでもないことで、その一つの表現がこの「日米友好祭」なのです。
頂いたプログラムの挨拶です。
挨拶
1949年9月20日に第5空軍誕生7周年を記念して一般公開はしていなかったのですが、地上展示やエアーショーが行われたのです。
そして1950年代から在日米軍は年に一度陸・海・空、三軍の基地を一般に公開する「三軍統合記念日」を設けるようになり、別個に記念日を定めていたものを一つにまとめ、7年後の1957年より毎年5月の第3土曜日ときめたのですが、日本では土曜日がまだ休日でなかったことから日曜日に行われたのだそうです。
そして現状で判明している記録では1958年5月17日と同年8月31日・9月1日に開催されたのが、日本人にも解放された最初のようです。
以降、「Japanese-American Friendship Festival」と呼ばれ、毎年一般公開されるようになったのです。普段入れないエリア、しかもそれがアメリカであるからこそ毎年航空ファン以外の入場者が多いのも頷けます。

それにしても相当な人数です。
入場するためのチェックでゲート前は行列となっています。
横田基地第5ゲート 横田基地第5ゲート
基本的にはアメリカ人と日本人しか入場できないとのことで、事前の告知でも写真付きの身分証明書(免許証など)を携帯するようにとあったのですが、これだけの観客で一々チェックをすることはせず、ジュラルミンのカメラケースなどを持った人など、わずかな人たちだけがボディチェックを受けていました。
横田基地第5ゲート 横田基地第5ゲート 横田基地第5ゲート
入場して倉庫群の通路を進みます。
基地内
まず出迎えてくれたのが「トロッコ電車」なるもので、ゲート前からメイン会場である滑走路のエプロンまでの200メートルくらいを運ぶ電車です。
特にどうこうと言うものではないのですが、陽気なヤンキーと“CHUGA CHUGA CHOO CUOO”がアメリカンっぽさを醸し出しています。
トロッコ電車
因み貼ってあるステッカーの「730AMS」は“the 730th Air Mobility Squadron”の略で、駐留部隊である第730航空機動中隊を表したステッカーだそうです。
トロッコ電車
私たちはのんびり歩いて進みました。
単なるゴミ箱ではあるのですが、基地らしいゴミ箱です。
ゴミ箱
右手の芝生では軍用犬のデモンストレーションがあるようですが、既に1回目は終了していました。
軍用犬のデモンストレーション 軍用犬のデモンストレーション
そして先ほどのトロッコ電車が着いた場所がメイン会場の始まりとなるエプロンです。
トロッコ電車終点

この友好祭の構成の1つは沢山の模擬店が出店していることで、100以上の模擬店があり、特筆すべきことはその中ではドルで購入できると言うことでしょう。
裏手では模擬店で販売しているホッとドックやバーガーを焼いているようです。
バーベキュー
やはりこうゆうところでは表情もよいですね。
笑顔
長い行列を作っているのが、こちらのステーキハウスです。
ステーキハウス
まだ11:00過ぎですが昼時まで待つと更なる行列ができそうな気配なので、ちょっと食べてみることにしました。なんと言ってもステーキはアメリカのシンボルみたいなものですから。
行列の最後尾に並ぶと何故かスタッフの方が「写真撮りますよ」って言ってくださったので何気なくお願いしました。格納庫をバックにした次女とのツーショットです。
2ショット
成人式以来2年ぶりの次女との写真でした。
しばらく並んでいて気付いたのが、この模擬店の看板のマークです。
374TH CIVIL ENGINEER SQUADRON
ロゴの下に「374TH CIVIL ENGINEER SQUADRON」の名称が記載されています。
これはこの横田基地における組織の一つで、特にここ横田基地では“374”が基本となるホストユニットで、これを理解することがイコール横田基地の組織を理解できるキーワードでもあるようです。

現在、横田基地には主として1.在日米軍、2.第5空軍、3.第374空輸団司令部の3つの司令部があります。
在日米軍とは、在日アメリカ軍、或いは合衆国軍隊ともいい、日本国内に駐留するアメリカ軍の総称です。
現在、日本に駐留している米軍は、陸軍約2500人、海軍約6800人、空軍約12500人、海兵隊約15000人でその家族を含めると約45000人となるそうです。
そしてその施設は陸軍が「キャンプ座間」(神奈川県座間市)、海軍が横須賀海軍施設(神奈川県横須賀市)、厚木海軍飛行場、佐世保基地、空軍が横田飛行場、嘉手納飛行場(沖縄県嘉手納市)、三沢飛行場(青森県三沢市)、そして海兵隊が沖縄のキャンプ内となっているのです。
そしてこの横田基地にある在日米軍司令部は、これら在日米軍の統合軍司令部として、日米防衛関係に影響を及ぼす事柄における調整を行っている組織なのです。

アメリカ空軍 第5空軍 次の第5空軍とは、文字通りアメリカ空軍の中の1組織ですが、ハワイにある太平洋空軍司令官の直属にあり、他の第7空軍(韓国)、 第11空軍(アラスカ州)、第13空軍(ハワイ州)を含めた4つの軍の中でも最大の軍なのです。
かつては朝鮮戦争などで北朝鮮軍との戦闘を行ったこともあるようですが、現在はアメリカ合衆国の抑止力政策の一環として、航空自衛隊や韓国空軍との関係を深めているのだそうです。
その第5空軍司令部がここ横田基地にあり、在日米軍司令官はこの第5空軍司令官が代々兼務しており空軍中将が就いているのです。

しかしながら万一その抑止力が崩れ有事となった際、第5空軍の役割分担が在日米空軍の3飛行場に当てられているのです。
沖縄の嘉手納基地では、アメリカ空軍として単一では最大の戦闘航空団で在日米空軍の主力部隊である第18航空団が、20000人以上の要因と200機近くの軍用機を保有しています。
青森県の三沢基地では、アメリカ空軍の戦闘機部隊である第35戦闘航空団が駐留しています。
第374空輸航空団 そしてこの横田基地では、その有事の際に戦術戦闘機の提供と軍事空輸支援を行うための部隊があり、それが第374空輸航空団なのです。
したがって当然第374空輸航空団は太平洋空軍の指揮下におかれており、極東における唯一の空輸団として、太平洋地域で活動するすべての国防総省諸機関に空輸支援を提供し、関東及び首都圏、更に韓国、グアム、タイなどにも人員及び物資の輸送を行っているのです。
つまりアジア有事の際には太平洋地域におけるアメリカ合衆国の統合部隊を支援する最重要拠点としての役割をもった基地が、この横田基地といえるのです。
そして先の“374TH CIVIL ENGINEER SQUADRON”は、第374空輸航空団の指揮下にある「運用グループ」「整備グループ」「使命支援グループ」「医療グループ」の4つの中の“使命支援グループ”で、平たく言えば施設管理・通信・憲兵・サービスなどを行うグループなのです。

このようにここ横田基地の主となる組織が「第374空輸航空団」なのですが、これ以外に横田基地にはテナント組織と言うものが存在するのです。
テナント組織とは、関東平野に点在する米軍基地を順次横田に整理統合すると言う1972年から進められた「関東空軍施設整理統合計画」により、立川飛行場、府中空軍施設、関東村住宅地(調布)、グランドハイツ(練馬)、キャンプ朝霞などが日本に返還される一方で、これらの施設の代替地として横田基地内に移転してきた組織を言うのです。したがってある意味では在日米軍司令部も第5空軍司令部もテナント組織といえないこともないわけです。
このテナント組織の一つが先のトロッコ電車を運行していた「730AMS」なのだそうです。
このほかにも、「第315情報中隊」「国防省情報システム局」「海軍海外空輸貨物ターミナル」「AFN 軍放送ネットワーク」「合衆国空軍太平洋音楽隊」「メリーランド大学 横田分校」「合衆国陸軍動物クリニック」など多くの組織があるのです。
特に「AFN 軍放送ネットワーク」はかつて“FEN(Far East Network)”というオジサン世代以前の憧れの極東放送だった組織です。戦後間もない頃は当時のポピュラーやJAZZが聞ける放送局として人気を博したラジオ局だったのです。
それはともかくとして、現在の横田基地はアメリカ軍としても重要な基地として運用されていると言うことがこれで理解できました。

さてやっと順番が廻ってきたようです。
1000円ステーキ
使い捨て皿にはステーキと付け合せの定番ポテト、そして紙ナプキンで包まれたプラスティックのフォーク&ナイフが付き、隣で好きなソフトドリンクをチョイスして1000円です。しかしながら米ドルなら10ドルですから、これを書いている現在為替レートが1ドル79円ですから10ドルなら790円ということで・・・。
とはいってもそうドルで買われる方もいないでしょうと思いきや、意外と海外旅行の後の残ったドルを使う方が多いそうです。
隣のカウンターでステーキソースとケチャップをかけて試食です。
1000円ステーキ
まあ、まだ昼ではないので2人で1枚にしておきました。
こんな休憩所もあるのですが、悉くは満杯なのでこのまま外でいただくことにしました。
休憩所 1000円ステーキ
これが10ドルステーキです。まさに“スギちゃん”の一言がでそうなステーキです。
早速、切り分けてみましたが意外とすんなり切れる牛肉です。
1000円ステーキ
我々オッサン世代のイメージはかたくてパサパサと言うのが本場アメリカンステーキのイメージでしたが(古っ!)見た目はそんな感じです。
実際に食してみると軟らかくてしっとりした肉で実に美味しいステーキです。こうなると余計な脂分がないだけ返ってヘルシーなステーキと言えるかもしれません。
見た目は従来からのイメージですが、味や食感はそのイメージを覆されたステーキでした。

航空地上展示

ステーキを堪能して一休みと行きたいところですが、どうも雲行きが怪しいので早めに行動します。
周りを見渡せば非常に広い敷地であることが見て取れます。
滑走路
今回の友好祭を空撮したものがこちらです。
全景 《(C)Yokota Air Base》
今回入れるエリアはホンの一画と言うことかもしれません。
次に先ほど写真に撮った格納庫に向います。
格納庫
巨大な建造物徒も言える格納庫は、多くの模擬店と奥にステージが設置されていて、1日中パフォーマンスが行われているようです。
格納庫 格納庫
この時間は「マリアナ諸島ダンス団」のポリネシアンダンスが行われていて、観客の大きな歓声を受けていました。
外に出て模擬店の中央ストリートを歩いていきますが、この模擬店の数と人の多さにはビックリです。
メイン通路
それにしても雲行きは更に怪しくなり、いつ雨が降ってきてもおかしくはない状況です。今回は時間も制約させている関係もありここからは模擬店を端折って地上展示に向います。
総合案内のある当たりがちょうど中央付近と言うことになりそうです。
総合案内所

少し進むと立入禁止のロープが張られたエリアがあり、そこに妙なモノが建っていました。
鳥居
何となく縮尺は違いますが、やはりどこからどう見ても鳥居でしょう。
正面に廻ってみると鳥居の左側には“神橋”まで設えてあります。
外来者用アプローチ 鳥居と神橋
ここは外来者用のターミナルだそうです。何ゆえ鳥居と神橋なのかはわかりませんが、日本のシンボルの代表格と言えば富士山とか神社で、富士塚を作るわけにもいかないでしょうから鳥居になったのではないかと思われます。

この先からが航空機の地上展示エリアです。
一番手前に展示されている一群は軽飛行機で、主に訓練用に使用されていたセスナ機です。
独創的なペンティングが秀逸ですが、シーサーに首礼門、そしてハイビスカスですから沖縄嘉手納基地からやってきたのでしょうか。
セズナ
その隣には中型機があり、なんと言う機種なのかはわかりませんが、イメージ的には“プライベートジェット”という趣ですが、プロペラじゃん。。。
ということで、これはホーカー・ビーチクラフト社の「C-12J ヒューロン」でアメリカ軍向けの軽輸送機なのです。
C-12J ヒューロン
主に要人・人員の輸送などに使用されているのだそうです。現在アメリカ空軍は4機保有しており、そのうちの1機はニューメキシコ州ホロマン空軍基地で、残りの3機はすべてこの横田基地に配属されていることからアメリカ空軍においても貴重なC-12Jなのです。
実際に運用されている場面です。
C-12J ヒューロン 《(C)Yokota Air Base》
多くの展示機が乗れるようになっているので、そのための行列ができているところが大変です。
C-12J ヒューロン
いつもなら暑くてしょうがないところでしょうが、今日はこのように雷雲がかかってきていて、比較的温度は高くないのですが降雨が心配です。

その隣にはヘリコプターが展示されています。
ヘリコプターも身近ながら意外と中を見たり乗ったりする機会は少なく、こういった機会はいい経験です。
しかもここに展示しているのがベル・エアクラフト社の「UH-1 Iroquois」で愛称ヒューイといえば判るかもしれないかなり有名なヘリコプターなのです。
UH-1 Iroquois UH-1 Iroquois
何故有名なのかと言えばこのUH-1の登場する作品が実に多いからなのです。
一部を挙げてみると、「タワーリング・インフェルノ」(1974年)、「ディア・ハンター」(1978年)、「地獄の黙示録」(1979年)、「ランボー/怒りの脱出」(1985年)、「プラトーン」(1986年)や、日本の作品でも「日本沈没」(1973年)、「首都消失」(1987年)、「戦国自衛隊1549」(2005年)などがあり、多目的ヘリとしては実にポピュラーなヘリコプターなのです。
実際に格納庫の中のUH-1です。
UH-1 Iroquois 《(C)Yokota Air Base》

その先にある大きな輸送機がありますが、個性的なノーズは「C-130ハーキュリーズ」です。
C-130ハーキュリーズ
1956年から運用されているローキード社の輸送機におけるベストセラー機で、現在、西側を中心に69ヶ国で使用されていて、改良型は現在でも生産されているそうです。
先の横田基地の役割を知れば、このような輸送機があるのが至極当然なことなのです。
この機も中に入れるようになっているのですが、ここもまた行列をなしていました。
C-130ハーキュリーズ
このハーキュリーの一群を見るとその迫力に圧倒されそうです。
C-130ハーキュリーズ 《(C)Yokota Air Base》
面白いのはこの機の隣に同型の自衛隊のハーキュリーズが展示されています。
自衛隊C-130ハーキュリーズ
ある意味、この迷彩色はド迫力を感じますが、グレーの期待のアメリカ空軍の機とどちらを好みますかね。
C-130ハーキュリーズ
ということでこれまでの「C-12J ヒューロン」「UH-1 Iroquois」「C-130ハーキュリーズ」の3種が横田基地所属の機種なのです。

その隣にあるのは有名なシコルスキー・エアクラフト社の「UH-60 ブラックホーク」です。
UH-60 ブラックホーク UH-60 ブラックホーク
これは先の「UH-1 Iroquois」の後継多目的ヘリコプターとして1974年運用開始から現在でも生産されているベストセラー機で、特徴として先のC-130などの輸送機でで空輸できるサイズに設計されているのだそうです。
そしてその隣にある機種が、ブラックホークの改良型や装備装着型なのかもしれません。
UH-60 ブラックホーク UH-60 ブラックホーク UH-60 ブラックホーク
とにかくヘリコプターといえども結構な迫力です。

ワクワク興奮しながら見学していたのですが、とうとうここで雨が落ちてきました。
展示エプロン
しかも主催者からは雨雲が発達しているので、12:00から一時中断するとのアナウンスがあり、エプロンから退避するようにとのコメントも繰り返されていました。
非常に残念ながら時間の都合も有り、ここで一旦待ってから見学を再開する余裕もないので切り上げることにしました。
まだまだ先には多くの展示機が残っています。
中央にある巨大な輸送機が「C-17 グローブマスター」というそうで、マクダネル・ダグラス(現ボーイング)社が製造しアメリカ空軍が保有・運用する主力の軍用大型長距離輸送機なのだそうです。
展示エプロン
右手にに見えるのが戦闘機のようですが、機種は良く判りません。その代わりその先に見えるのがあのステルス戦闘機といわれた「F-22」です。
展示エプロン ステルス戦闘機 ステルス戦闘機
残念ながら間近で見ることはできませんでしたが、ちょっと興奮気味です。
そして右手に見えるのが自衛隊の「P-3C」と「E-767」とで、手前の「P-3C」はターボプロップ哨戒機で結構耳にすることが多い機種ですね。
展示エプロン
そして奥の「E-767」は早期警戒管制機で、この機種は日本の自衛隊しかないのだそうです。
帰り際に見たのが戦闘機で手前の機が「F-18 バイキング」で、先の2機が「A-10」という戦闘機です。
戦闘機
「A-10」のアメリカらしいペインティングを見て帰路につくこととなったのです。
戦闘機

2日間で178,000人の入場者があったそうで、男のロマンとアメリカンテイストを味わせてくれる友好祭でしたが、若干の消化不良もあったことから是非来年リベンジを果たしたいと思いました。
トロッコ電車
ただ、我々第三者は単に楽しむだけの事で無関心を装ってしまいますが、地元の方にとっては騒音問題や風紀の問題、さらには現在日本を騒がせている「オスプレイ」の問題などなど、手放しで友好祭を楽しんでいるわけには行かないようです。
このあたりのこともせめて少しは知っておかなければいけないと、考えさせられた友好祭でもありました。

2012.08.27記
関連記事
スポンサーサイト





コメント

  1. マヤリモ | -

    こんばんは!

    薄荷脳70 さんも友好祭に行かれていたのですね!

    私は、日曜日に行って来たんですが、とんでもない混みようでした!

    友好祭は初めてだったんですが、来年、私も薄荷脳70 さんのこの記事を参考にリベンジしたいと思います!

    ( 21:21 )

  2. 薄荷脳70 | -

    Re: マヤリモさん、ありがとうございます

    確かに侮れない混みようでしたね。
    来年こそ一緒にリベンジしましょう^^

    ( 06:32 )

  3. ニューくらりん | -

    こんにちは

    横田の友好祭、行かれたのですね。

    自分もアド街観て是非行ってみたかったのですが、家族との調整がつかなくて断念しました。

    自衛隊の航空祭や駐屯地祭には出掛けたりするのですが、横田を始め厚木や横須賀の米軍の友好祭はまだ未体験で、機会があれば行ってみようと思います。

    それにしても、薄荷脳70様のいつも詳細なレポ、記事を読んだだけで行った気分のなります。^-^

    ( 16:12 )

  4. すごいです

    遠いところによくまあ行きましたね。

    しかし、レポートは詳細で、写真付で、本当に行った気になります。
    楽しそうなので、来年行ってみたくなりました。

    ( 23:28 )

  5. ニューくらりんさん、鴨ミールさん、ありがとうございます

    お二人からお褒めのお言葉をいただき感謝感激です。
    是非一度行って見てください。
    結構、人それぞれたのしめそうですよ^^

    ( 21:54 )

コメントの投稿

(コメントの編集・削除時に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)


トラックバック

Trackback URL
Trackbacks