「目黒の・・・」由来 #1

若干の油断、心に隙があったのは否めません。
さんまイベントの穴場という気持ちがそうさせたのか、イベント開始であるAM10:00の約1時間少し前くらいに目黒駅に到着しました。
駅改札口にはこんな垂れ幕も張られていて、もしかすると結構メジャーなのかなあ、という不吉な予感が過ぎります。
目黒駅

とにかく駅改札口を出て会場である「田道広場公園」に向かいます。

目黒のSUNまつり

目黒駅をでて目黒通りを進みますが、駅前の通りは「権之助坂」と呼ばれ、駅からは下り坂となります。
権之助坂
坂の途中には「権之助坂商店街」という何ともそそられる商店街を通ります。
権之助坂商店街 権之助坂商店街
朝なので殆ど開いていませんが、夜になるとなかなか楽しそうな商店街のようです。

権之助坂を下りきると目黒川に架かる目黒通りの橋「目黒新橋」にかかります。この目黒新橋の手前を右折すると会場の「田道広場公園」なのですが、もう既に行列がこの目黒新橋まで続いていて、スタッフによると目黒新橋を渡って目黒川沿いに行列が続いていますとのこと。。。
目黒新橋を渡って右折した目黒川沿いには「目黒のSUNまつり」のアーチが設置されています。
目黒のSUNまつり行列
途中、川の向こう側を見れば当然のように行列となっています。
目黒のSUNまつり行列
「これはとんでもないことになったなあ~」と思いつつ最後尾を求めて先に進みます。
目黒のSUNまつり行列
しばらく行くと再び目黒川にかかる公園の橋「ふれあい橋」にかかり、ここを渡ったところが「田道広場公園」の会場なのですが、行列はまだ続いています。
「ふれあい橋」の上には露店が準備されていているようです。
ふれあい橋
目黒川の今来た方向を見ると、かなり先に「目黒新橋」がみえます。
目黒川
要するにここから目黒川の左側を進み、目黒新橋を渡って、目黒川の右側を通ってここに戻る格好の行列なのですが、スタート地点に戻ってもまだ最後尾ではないということです。
会場には多くのテントや露店が用意されているようですが、会場まではまだ時間があるので最後の準備に追われているようです。
目黒のSUNまつり会場 目黒のSUNまつり会場
因みにここから見える大きな煙突は「目黒清掃工場」の煙突です。
既にあきらめムードですが、再び行列の最後尾を目指します。
再び目黒川沿いを歩いて行くと次の「田道橋」で右折しています。ここが田道橋の上で、先に見える橋が先ほどの「ふれあい橋」です。
田道橋での行列
そして田道橋を渡ると行列は再び右折して会場の方向に向っています。
目黒のSUNまつり行列 目黒のSUNまつり行列
そして少し先に最後尾がありました。
目黒のSUNまつり行列最後尾 目黒のSUNまつり行列最後尾
何とも長い行列で、最後尾のプラカードを持つスタッフに待ち時間を聞くと、「3時間半」という何ともあっさりとした返事がありました。“半”としたところに何となく信憑性があるのかあと思いながら、これから一体どうしようかと、少々回転の遅い頭でどう考えてもネガティブな考えしか浮かんできません。 そこで出した回答が「止めておこう」でした。
たかが“さんま一匹”のために、とは思いませんが、なんと言っても散策も含めているので、ここでの3時間半はほぼここだけで終わってしまうとうことになるための決断でした。
逆に言えば、これだけの行列を待つという方の忍耐を尊敬する次第なのです。かつて【荒川のそば】の“新そばまつり”で痛い目にあっていますから。。。
という事で、今回は目黒のSUNまつりの雰囲気だけ味わおう、ということになったのです。

開場までしばらく時間が有るので、今日の行列をおさらいしてみました。
地図で見るとこんな行列で、距離を測ると988m、開場前約1時間前には1kmの行列が出来ていたことになるのです。
行列コース
結局10:00開場までしばらく待つことになるのですが、その間屯しているオバサマ方の井戸端話を聞いていて今日の混雑の理由がわかりました。
あの「アド街っく天国」で昨日の土曜日にこのSUNまつりを取り上げていたのだそうです。なるほどそれなら理由もわかります。 そうこうしている間に開場はしていませんが、会場内では開会式が行われていて、MCのアナウンスによれば一番乗りの方は、昨日の夜8:00過ぎに並んだそうです。
会場での開会式
さんまが、というよりは“一番乗り”のマニアか行列好きの方なのでしょう。いずれにしても驚きのイベントです。
今いる「ふれあい橋」の露店はは特に復興支援県のブースが出店されています。
田村市ブース 三春町ブース
福島県では田村市と三春町が出店しており、田村市は“やぶさめ”で、三春町は“滝桜”でそれぞれ有名な町です。

やっと開場となったので、とりあえず雰囲気だけ味わいます。
目黒のSUNまつり
メインの“さんま”はこのように一列になって焼いています。
目黒のSUNまつり 目黒のSUNまつり
こうばしい香りと、あの独特な煙が季節を感じさせます。 大勢の方がこれを楽しみにしてきているのです。
目黒のSUNまつり
こんな光景を見ると、残暑はまだ厳しいながらも季節はもう秋なのだと実感させられますね。
他のブースもこのように既に行列が始まっていて混雑この上ない盛況ですが、時間の問題もあり今回はあっさりと退散することにしました。
区民まつり 区民まつり
「ずんだ餅」を購入するにも最後尾があるほど行列しているようです。
区民まつり
ここまで来ると若干の異常な状況とも言えそうですが、これがメディアのパワーなのです。
帰りがけの露店でちょっとしたものを見つけました。 「玉川屋・昔話」の“目黒のさんま”という和菓子です。
「玉川屋・昔話」の“目黒のさんま”
さんまの形をした和菓子で、中に餡と求肥が入った美味しいお菓子です。
ちょうど昨日の“アド街っく”で放映されたようで、結構多くの方が購入していました。隣のシベリアもそそられましたが・・・。
その“アド街っく”の情報によれば、この玉川屋は大正時代創業の老舗だそうで、全国から取り寄せ注文の来る有名なお店なのだそうです。
この時は一つだけしか買いませんでしたが、「一つでも結構ですよ」と気軽に言っていただいたのが好感が持てるところです。
「玉川屋・昔話」の“目黒のさんま”
ほんの僅かな時間でしたが、文字通りちょっと“さんま”の香りに触れた機会でした。

目黒のさんま

さんまは食べそこねたのですが、“目黒のさんま”はこれからが本題です。
まずは「目黒のさんま」のストーリーを確認しておきましょう。
この「目黒のさんま」は落語の噺の一つであることはいうまでもなく、特に三代目三遊亭金馬が得意としていた演目だそうです。

目黒のさんま
昔の御身分の高い方々は、下々の庶民の生活はご存じありません。ですから常々少しでも知りたいと思っております。
天候に恵まれた初秋の日。お殿様がご家来を連れて、目黒不動参詣をかねての遠乗りにでかけました。目黒(その頃、江戸の郊外だった)に着かれたのはお昼近くのことでした。
近くの農家から、秋刀魚を焼くいい匂いが漂っております。その時、ご家来が「かような腹ぺこの折りには、秋刀魚で一膳茶漬けを食したい」といったのを聞きつけたお殿様、「自分もぜひ秋刀魚というものを食してみたい」とご家来に所望した。
さあ困ったご家来衆。「秋刀魚とは下魚でございますゆえ、お上のお口にはいりますような魚ではございません」
といったものの、お殿様のお言いつけではしかたがない。何とか農家のおじいさんに頼んで焼いた秋刀魚を譲ってもらうことにした。
お殿様は、生まれてはじめての秋刀魚がすっかり気にいられた。お腹が空いていたことも合わさって忘れられない味になってしまった。
ところが屋敷に帰っても、食卓に秋刀魚のような下魚は出てこなかった。
ある日のこと、親戚のおよばれでお出掛けになりますと「なにかお好みのお料理はございませんでしょうか。なんなりとお申し付けくださいまし」というご家老の申し出に、すかさず秋刀魚を注文した。
親戚は驚いて、日本橋魚河岸から最上級の秋刀魚をとり寄せた。このように脂が多いものをさしあげて、もしもお体に触っては一大事と、十分に蒸したうえ、小骨を丁寧に抜いて、だしがらの様になった秋刀魚を出した。
「なに、これが秋刀魚と申すか。まちがいではないのか? たしか、もっと黒く焦げておったはずじゃが・・・」
脂が抜けてぱさぱさの秋刀魚がおいしいはずがありません。
「この秋刀魚、いずれよりとりよせたのじゃ?」「日本橋魚河岸にござります」
「あっ、それはいかん。秋刀魚は目黒にかぎる」
(『古典落語(上)』興津要編 講談社文庫より)

殿様が海とは全く無縁な場所である目黒で捕れた魚のほうが美味しいと信じ込んでそのように断言する、という件が落ちの噺で、世俗に疎い殿様を風刺した噺でもあるのです。
この落語がさんまの、否、さんまどころか魚の産地でもない目黒を“さんまの名産地”とでも思えるような評判にしたのです。
それではこれからその「目黒のさんま」の舞台となった場所に移動します。
この田道広場公園からホンの5分ほど歩いたところです。

裏手の「目黒清掃工場」沿いに進んだ先の路地を右折します。
目黒清掃工場
少し進むと道路が二股に分かれており、その間にポケットパークがあります。「東京都目黒区立 茶屋坂街かど公園」という小さな公園です。
ポケットパーク 東京都目黒区立 茶屋坂街かど公
ここには“茶屋坂の清水”と刻まれた石碑があります。
東京都目黒区立 茶屋坂街かど公 茶屋坂の清水碑
説明によればこの公園の先に「目黒のさんま」の噺のもとになったといわれる「爺々ヶ茶屋」があったそうで、この「爺々ヶ茶屋」は、江戸時代歴代の将軍、3代家光、8代吉宗などが鷹狩の際に、富士の絶景を見ながら、ここに湧き出る清水の茶で喉を潤した茶屋なのだそうです。
このように身分の垣根を越えて親しまれた“茶屋坂の清水”も昭和の時代の宅地開発で埋没の危機に曝されたのですが、住民の努力によって守られ、戦中は防火用水として利用され、戦後この碑が建立されたのだそうです。 現在は残念ながら、その清水も枯渇し、この碑だけが当時を物語っているのだそうです。
この公園の石柱には、なかなか面白いタイル絵がはめ込まれています。
目黒のさんま之図 将軍家鷹狩之図
左が「目黒のさんま之図」、右が「将軍家鷹狩之図」で、目黒らしい印象的なタイル画です。

早速、この路地を進みその「爺々ヶ茶屋」跡なる地に向ってみます。
茶屋坂前
少し進むと登り坂となります。
茶屋坂
坂の途中に「茶屋坂」とかかれた標柱が立っています。この坂道が茶屋坂なのです。
茶屋坂 茶屋坂
そして更に坂を上り逆L字の角に「茶屋坂と爺々ヶ茶屋」の説明があります。
茶屋坂と爺々ヶ茶屋
江戸時代、この茶屋坂は江戸から目黒に入る幹道の一つで、九十九折の坂道は富士の眺めの良いところだったのは、先の説明であったとおりです。
そしてこの坂の上に百姓、彦四郎が開いた茶屋があり、家光や吉宗らが立ち寄り、特に家光が「爺、爺」と彦四郎を呼んだことから「爺々ヶ茶屋」と呼ばれるようになったのです。以来、将軍が立ち寄った際には銀1枚を与えるのが恒例となったそうです。

驚いたことに、この爺々ヶ茶屋の子孫の方がこの坂下に在住されていて居るそうです。目黒2丁目の島村家で、代々彦四郎を襲名していたそうですが、現在は止めたそうです。
この島村家には当時の資料である「将軍休息の図」と「将軍御成之節記録覚」が残されています。
その一例が元文3年4月13日にここを訪れた吉宗との会話が記載されたものです。

吉宗「藤の花は、咲くか咲かないか」
爺「少々、20房から30房ばかりですが咲きます」
吉宗「花は長いか短いか」
爺「野藤なので短こうございます」
吉宗「どのくらいの長さか」
爺「せいぜい7寸から8寸でございます」
吉宗「野藤ゆえ、そうであろう」

「目黒のさんま」の作者、成立時期は全くわかっていないようですが、このような会話の調子を真似て「目黒のさんま」の噺が生れたのかもしれませんね。
因みに資料には鷹狩の際に、団子150串、田楽100串というような注文とその支払いがあったことも記載されているようです。
当時にしてみれば特上顧客といえるでしょう。

そして更に坂道を上がるとこの辺りが茶屋坂の頂上となり、このあたりに「爺々ヶ茶屋」があったものだと思われます。
茶屋坂 茶屋坂と爺々ヶ茶屋あたり
この坂下の道路が「新茶屋坂」というそうで、この道路を北上すると恵比寿方面となります。
新茶屋坂
この坂下との高低差や茶屋坂から清掃工場方面を見る景色から、いかにこの茶屋坂が高いところにあったのかが現在でも感じることが出来ます。
茶屋坂の眺め
したがって江戸時代には富士がのぞめたというのも、あながち嘘ではなさそうで、事実、安藤広重も『名所江戸百景』のなかに「目黒爺々が茶屋」を描いているので、眺めの良い景勝地であったのは間違いないようです。
広重「目黒爺々が茶屋」
落語で名高い「目黒のさんま」ですが、リアルとバーチャルがバランスよく配合された、まさに「目黒の・・・」由来に相応しい処でした。

帰りがけ再度さんままつりの目黒区民センターを通りましたが、様々なイベント、店舗で賑やかに行われていました。
気仙沼ブース 目黒のSUNまつりステージ
中にはこのように“一億円”持って見ませんかという豪快なイベントも行われていました。
一億円
特に警備の人もいなかったので本物ではないでしょうが、「さんま」もよりも喉から手が出るほどの代物です。

関連記事
スポンサーサイト


コメント

  1. こんにちは!

    ひぇ~~!!3時間半!!
    最近じゃあ、ディズニーランドだってそんなに並ばないですよねぇ~。
    “一億円”貰えるなら3時間でも4時間でも並びますけど(笑)

    でも、こういうお祭りが大盛況なのはとてもいいことだと思います。
    海外や、海外から移植したテーマパークを有難がる変な習慣は消え、目の前にこんな素晴らしいもの、楽しいことがあるじゃないか!と気付き出したことは、ホントによかったなぁ~って思います。

    ( 09:10 )

  2. 薄荷脳70 | -

    たびぱぱさん、ありがとうございます。

    おっしゃるとおり日本らしい文化、イベント、そんな香りもうれしいのもですね。
    特に若い方が日本的なモノに触れている姿は余計素敵に見えますね^^

    ( 05:31 )

コメントの投稿

(コメントの編集・削除時に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)


トラックバック

Trackback URL
Trackbacks