幻の東京赤煉瓦駅 #3

明治の威信と誇りをかけた東京市街高架線工事第1期も終了し、いよいよ第2期工事に向かうのですが、その前に設置しなければならない2大停車場の建設にかかります。
いよいよ東京赤煉瓦駅が現実のものとなるのです。

甲武鉄道の終焉

東京駅の開業は、まだ少し先のこととして、とりあえず第1期工事が終了した後の第2期工事、つまり東京-上野間の工事計画を見ておきます。
当初の市区改正意見書では「鉄道ハ新橋上野両停車場ノ線路ヲ接続セシメ、鍛冶橋内及万世橋ノ北ニ停車場ヲ設置スヘキモノトス」とされており、鍛冶橋内の停車場は東京駅となり、万世橋の北の停車場は現在の秋葉原南側あたりを意図していたようです。しかしそれが現在の中央線方向に90度曲げる形で設置されたのは、当時の特異な状況にあったのです。
万世橋駅マップ
秋葉原駅が貨物駅と言えども開業したのが明治23年と早かったため、やっと決定した第9次帝国議会は時既に明治29年だったため、万世橋駅を予定した場所には秋葉原駅と言う貨物駅が存在していたのです。しかもこの秋葉原駅が開業するまでには猛烈な反対運動が過去にあり、地平鉄道の高架化は容易なものでは無く難条件が予想されていたのです。
こうした理由から上野方面接続は後回しにして、とりあえず新宿、甲州方面を優先しようという方針に落ち着いたのです。

この結果、中央停車場から一旦北に向かい神田川沿いに90度左に曲がった路線によりお茶に水への連結が計画され、中央本線の拠点駅となる「万世橋駅」の敷地をどこにするかという検討がなされたのです。
そして、ここは甲武鉄道の着目した見附駅構想を手本に、お茶の水の渓谷を抜けて東の位置にあった「筋違見附」跡を使用することを考えたのです。
江戸時代の中心は日本橋、そこから北に向かう場合の関門が「筋違見附」で、逆に上野から来る場合、神田川の木橋を渡ると神田側に石垣の枡形門があったのです。
しかし明治になると枡形門も障害以外の何物でもなくなったため枡形を取り壊し、この巨石の有効利用のため明治6年石造りの「万世橋」が誕生したのです。
筋違門
こうして完成した石造りの2連アーチ橋は「目鏡橋」と呼ばれ、やがてこの上を鉄道馬車が走り始め石造りの万世橋は交通の要所として活況を呈したことは、馬車鉄道「小さな救世主」で記載したとおりです。

この明治のシンボルともいえる「目鏡橋」でしたが、万世橋駅構想により明治40年取り壊しとなり、現在ある万世橋が架けられたのです。
江戸から現在に至る万世橋の変遷ですが、結構ややこしい状況でした。
万世橋変遷
こうして今見られる東京駅発中央線の神田駅から大きく西にカーブした線路が誕生することになり、ここに万世橋駅を設けることによって武蔵野方面と接続させることになったのです。
明治40年10月13日付の東京朝日新聞の記事「市内高架鉄道延長」という記事にこうあります。
『(新永間の高架は目下建設中だが、)45年大博覧会の開設を機とし鉄道大改良計画の一として中央停車場の完成と共に、(高架鉄道は)万世橋迄延長して旧甲武線に連絡せしむることに決定したり』とあるのです。

そこで少し時間軸を戻して、国有化寸前のお茶の水まで開通させた甲武鉄道の状況を見ておきましょう。
明治34年に御茶ノ水まで伸延した甲武鉄道でしたが、明治39年10月1日に甲武鉄道は国有化されました。特に水道橋駅の開業は何と買収の1週間前の明治39年9月24日ということで、一部には国有化における買収金額を吊り上げるためとも言われていたようです。そしてこの時点において既にお茶の水から先の初期的用地接収や基礎工事などが着工されていたのです。
これは遡ること明治28年、つまり貨物駅秋葉原駅誕生5年後に、甲武鉄道からの延長線は(その当時は飯田町駅まで完成)市街高架線に接続することを条件とする、と言う通達を受けていたからなのです。
そういった経緯もあって甲武鉄道としては建設を急いでいたわけですが、結局この工事は途中で国に引き継がれ、明治41年4月19日万世橋駅が出来るまでの4年間の仮駅ということで昌平橋駅が開業したのです。
したがって、お茶の水-昌平橋間は新橋-東京間の第1期工事よりも早い最初の市街高架線とその高架駅となったのです。

現在のお茶の水駅から昌平橋駅跡までを辿ります。
お茶の水駅の聖橋から線路沿いに「淡路坂」を下ります。この高低差が駿河台の台地なのです。
聖橋 淡路坂 淡路坂
左側の上るように見える路線が総武線で、右側の下る路線が中央線です。
総武線 中央線
淡路坂を下っていくと石垣の高架からコンクリートむき出しの高架に変わります。
市街高架線境界 市街高架線境界
ここからが市街高架線である赤煉瓦アーチの始まりであるとともに、甲武鉄道最後の路線なのです。
アーチ部分のみに煉瓦が残っていますが、今まで見てきたようなアーチとは形が異なります。
市街高架線始点 市街高架線アーチ
これが甲武鉄道型アーチだったのでしょうか。

その先に4連の煉瓦アーチを見ることが出来、アーチの中間にメダリオンが輝いています。
四連アーチ 四連アーチ メダリオン
この4連アーチの一番左側のアーチがかつての昌平橋駅の入口だったのです。そしてその右側には綺麗にデザインされた一画を見ることが出来ます。
昌平橋跡
ここまでが甲武鉄道の建設だったのですが、明らかにその前のアーチと比べるとこちらの方が第1期工事の煉瓦アーチと同様ですので、既に煉瓦アーチの設計は出来ており、それに倣って建設されたものなのでしょう。
余談ながらこの4連アーチに中にかつて「アート商会」という車の販売会社があり、そこには若き日の本田宗一郎が働いていたようです。
本田宗一郎
ここにかかる架道橋が「昌平橋ガード」で、ここがちょうど淡路坂の坂下となります。
昌平橋ガード 昌平橋ガード
そして昌平橋ガードの下の神田川にかかる橋が「昌平橋」なのです。
昌平橋
お茶の水駅-旧万世橋駅間だけが当時と同じ線路で高架線が両サイドから見られる区間で、昌平橋側から見た4連アーチです。
四連アーチ
現在に残る赤煉瓦アーチで一番美しいのが、神田川沿いを走る路線といっても過言ではないでしょう。
このように当時も甲武鉄道が停車していたのでしょうか。
四連アーチ
こうして一時的に昌平橋駅が中央本線の始発駅となり、この後は万世橋駅の建設にかかるのです。

万世橋駅

市区改正意見書では「万世橋駅と中央停車場が許される」とあったとおり、市街高架線建設も中盤を迎え、東京駅完成前にまず万世橋駅の建設を先行したのです。
万世橋駅は、東京駅を設計した辰野金吾よる赤煉瓦造りの駅舎でした。しかしこの万世橋駅の設計に関しては多少ニュアンスが違っていたようです。
当初は甲武鉄道の依頼により横河工務所の大熊善邦博士に依頼されたものだったのですが、甲武鉄道が国有化により買収されたため、改めて辰野金吾・葛西萬司設計事務所に依頼されたものなのです。本人談によると、万世橋駅の設計については、ちょっと手直しした程度で、この時期は東京駅の設計に全力を挙げていた時期だったようです。
そして明治42年7月辰野金吾は万世橋駅の最終設計を終了し、8月10日万世橋駅本屋工事が着手され明治44年8月に完成、翌45年4月1日営業を開始したのです。
万世橋駅

この駅舎は大変豪華で、一等・二等待合室、食堂、バー、会議室等を備えており、貨物用のエレベーターも整備されていました。
これは中央本線のターミナル駅として相応しいばかりでなく、今後、両国方面への総武線との敷設計画をも見据えたものだったのです。
現在もその遺構は残っていて、交通博物館が現在の鉄道博物館に移行する際の2006年のイベントで一般公開されたのです。
万世橋駅遺構 万世橋駅遺構 《(C)気ままな旅鉄人のブログ》
そして駅前には広場が設けられ、日露戦争の英雄である廣瀬武夫と杉野孫七の銅像が建立されたのです。
万世橋駅前銅像
因みにこの廣瀬武夫は、行方がわからなくなった部下の杉野孫七を探しているときに被弾、戦死したのです。
この英雄的な行為により「軍神」と呼ばれたそうで、多くの人々から畏敬の念を抱かれていたのです。しかしながら、戦後は真っ先に取りはずされ、銅像自体も行方知らずとなったそうです。

こうして開業したネオルネッサンス様式の壮大な赤煉瓦駅舎「万世橋駅」は、「神田須田町で一異彩を放てるもの」と言われ見物客が大勢押し寄せたそうです。
万世橋駅
万世橋駅周辺は主に洋服生地を扱う問屋街が形成されて大変人が多かったのです。そこで万世橋駅前の連雀町(現在の神田須田町~神田淡路町の一部)には、飲食店、寄席、映画館が集まって東京の中心と言われた銀座に匹敵する賑わいだったのです。
現在でも須田町~淡路町にかけては、蕎麦の「藪」「まつや」、甘味の「竹むら」、鳥料理の「ぼたん」、あんこう鍋の「いせ源」、洋食の「松栄亭」などの老舗が残っており、当時須田町(万世橋駅前)の栄華を偲ぶことができるのです。
そして万世橋駅開業とともに、仮駅の昌平橋駅はその役割を終えたのでした。

その昌平橋から神田川の下流方向を見渡すと右側に煉瓦アーチが続いています。
赤煉瓦アーチ
こちら側も非常に趣のある光景ですが、一部アーチ部分に覆いがされているのが興ざめです。
しかしながらちょうどこの覆いのある辺りが万世橋駅跡で、現在保存・公開に向けて改装されているそうです。
そしてその前に掛っているのが万世橋です。
神田川と万世橋
早速、この煉瓦アーチ沿いを進んでみます。
このあたりの煉瓦アーチは非常にきれいで、綺麗なイギリス積みなのが見て取れます。
赤煉瓦アーチ 赤煉瓦アーチ
更にメダリオンの絵柄こそ無いものの、その形といい、非常に状態が良いのはリニューアルされたのでしょうか。
メダリオン

その先に「御成道」と記載された案内板があります。
八ツ小路跡 案内板
八ツ小路は八つ辻とも八つが原とも呼ばれていたそうで、江戸名所図会や広重の名所江戸百景のも登場しているように、江戸時代では相当有名な場所だったようです。
江戸名所図会での八ツ小路 名所江戸百景の八ツ小路
ちょうど武家屋敷と町人街の境であったことから、大火の際に延焼を防ぐ火除地としての役割もあったことから広場になっていたのです。
当時の地図でその様子が窺えます。
江戸時代の八ツ小路
そして江戸時代、ある意味での交通の要所だったことから、明治初期においても鉄道馬車を始めとした交通の要所となったのは“小さな救世主”で記載したとおりです。
そして交通の要所ながら、広場としての用地があったことからここを万世橋駅と定めたのです。

そしてその先に進むと工事の柵で被われていながらも、かつての万世橋駅跡の周辺が再開発されています。
再開発中の万世橋跡 再開発中の万世橋跡 再開発中の万世橋跡
ここは万世橋駅亡き後、交通博物館として多くの人たちを楽しませてくれた場所でもあるのです。
当時の交通博物館 当時の交通博物館
それでも残念なことながら赤煉瓦の遺構が無くなってしまうのかと思ったところ、全く正反対で、万世橋駅遺構や赤煉瓦アーチを活かした活性化を図っているようです。

JR東日本では、現在、環境配慮型オフィスビル「JR神田万世橋ビル」の建設工事を進めています。今回、隣接する赤レンガアーチ高架橋において、まちのさらなる魅力の向上を目指し、歴史的資源を活かしつつ、新たな価値創出につながる計画を推進してまいります。
○歴史的資源の活用として、高架橋に現存している旧万世橋駅のホームおよび階段の遺構(駅舎跡)を整備公開し、この土地の歴史を体感できる施設とします(2013年夏開業予定)。
○新たな価値の創出として、神田川との親水性(周辺環境との調和)を向上させるとともに、高架橋のアーチ内部についても、遺構と一体となった商業施設を展開し、まちの賑わい創出に貢献します(2013年春以降開業予定)。
(東日本旅客鉄道)

そのシンボルともいえるJR神田万世橋ビルもかなり出来上がっており、いずれにしても来年の夏にはリニューアルした赤煉瓦アーチと万世橋駅遺構共々楽しめることでしょう。
JR神田万世橋ビル

この高架橋の先が「万世橋ガード」です。
万世橋ガード万世橋バード 万世橋ガード
ガードの先に見えるビルが「肉の万世」本店で、今や万世橋といえばこちらのほうが有名かもしれません。 ちょうどこのガードの角がかつての万世橋駅のホームのあった場所です。
万世橋駅跡 万世橋駅跡 万世橋駅跡
当時の万世橋駅のホームと現在のホーム遺構です。
当時の万世橋駅ホーム 現在の万世橋駅ホーム 現在の万世橋駅ホーム
そしてこちらが現在の万世橋です。
万世橋
万世橋から見た高架橋ですが、現在は工事中で殆どが覆いをかけられています。そして向こう側に見えるのが「昌平橋」です。
高架線と昌平橋 昌平橋
これも来年には整備され、再び見事なアーチを見せてくれることでしょう。 こうしてしばしの間、ネオルネサンスの華やかな駅舎が多くの人たちを楽しませ
るとともに、中央本線の始発駅として大いに賑わうのでした。

(つづく)

関連記事
スポンサーサイト


コメント

  1. こんばんは

    あ~なるほど。何日か前に万世橋のことを取り上げたので、さらになるほど~です。
    今日は佐久間橋のこと&こちらのブログのことを(勝手に)取り上げさせていただきました。(KAEDEの方です。)
    支障がありましたらコメントしてください。宜しくお願いします。

    赤煉瓦の万世橋駅舎およびその周辺を、タイムマシンで見に行きたいものです。

    ( 23:01 )

  2. 薄荷脳70 | -

    KAEDE/山ぼうしさん、ありがとうございます。

    お読みいただき、その上ご紹介までいただきありがとうございます。
    ここまで長くなる予定は無かったのですが、もうそろそろ終了になる予定ですので、もう少しお付き合いいただけるとありがたいです^^
    よろしくお願いします。

    ( 06:48 )

  3. kshun10 | -

    万世橋駅

    そうらしいですね!万世橋駅が商業施設にリニューアルし、2013年夏に開業予定だそうです。
    実は万世橋駅も先日訪れていました。近々アップ予定ですが、こちらで歴史も勉強できました。

    ( 12:28 )

  4. 薄荷脳70 | -

    kshun10さん、ありがとうございます。

    同じ時期に同じ場所を訪れていたとは、本当に奇遇です!
    リニューアルした万世橋駅は楽しみですね^^

    ( 06:39 )

コメントの投稿

(コメントの編集・削除時に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)


トラックバック

Trackback URL
Trackbacks