滑川町歴史俯瞰

折角訪れるのだから、というより恐らく一度きりかもしれないので、森林公園のみならず滑川町を知っておこうというのは、いつものパターンです。
そこで滑川町を俯瞰するにはどこが相応しいかと調べたところ、文字通り滑川町を俯瞰できるスポットがあったのです。まずはそこから訪れます。

二ノ宮山展望台

まず向った先は滑川町が俯瞰できる「二ノ宮山展望台」です。
位置的には滑川町の東寄りに位置していて、近づくとこんもりとした“二ノ宮山”が見て取れ、その頂上に小さく展望台があることが判ります。
二ノ宮山 二ノ宮山展望台
二ノ宮山のふもとの駐車場に車を停めますが、駐車場付近は散策路などが整備された「伊古の里」といい、ここはハイキングやうどん打ちどの里山体験ができる施設なのです。
小さな池もあって中々良さそうな散策路ですが、このような看板があると躊躇してしまいます。
伊古の里 伊古の里 伊古の里
散策路は遠慮して、早速展望台入口の小道を進みます。
展望台入口
二ノ宮山山頂までは、服部英喜氏が言うには僅か400mらしいです。
道標
それにしても服部英喜って誰!? 観光協会の方ですかね。。。
とにかく坂道を上がって行きますが意外ときつい坂道で徐々に“上る”ではなく“登る”感覚になってきます。
それもそのはずでこんな標識が立てられていますから無理も無いことかなと思いつつ、まだ100mしか来ていないことに愕然とします。
展望台坂道
結構息が弾み出してきました・・・。
それでもまあもう一息と思うと更なる急坂に苦しめられます。
展望台坂道
でもってまだ半分、と自分を叱咤激励しながら登るのですが、たかが展望台となめてかかってはいかんと言うことを知りました。
そして最後に地獄のような階段が。。。
展望台階段
普通の方なら何てことはない坂道でしょうが、日頃から怠惰な生活を送っているオッサンには実に良い戒めとなったのは事実ですが、結局“喉もと過ぎれば・・・”の類です。
で、何だかんだ喘いだ結果、山頂に到着です。
山頂
想像しているより立派な展望台にプチ感動ですが、一気に展望台に上がるほど甘くは無く、まずは一休みしないと心臓が破裂しそうです。
二ノ宮山展望台
という事でまずは山頂を楽しもうと、すぐには展望台に上がれない息切れをカモフラージュします。

この二ノ宮山は、あの1億円をもらった“ふるさと創生事業”の資金活用として一般公募やアンケート調査で決定した整備事業の一環で、「自然を生かした人々のふれあい」をテーマとして平成6年度に建設されたのです。
そもそもこの二ノ宮山は、古事記や日本書紀に記載されている大和朝廷初期の頃に国政を補佐した“武内宿彌”が東国巡視に来た際にこの山に登ったという言い伝えがある山なのです。
そしてその子孫が、ここ二ノ宮山に伊古乃速御玉比売神社として宿彌、神功と応神の三神を祀り比企郡の総社としたのです。その後伊古乃速御玉比売神社は遷座されたのですが、この山頂には伊古乃速御玉比売神社の奥社が祀られていることから、滑川町の自然と歴史のシンボルとして展望台を建設することになったのです。
その奥社がこちらになるのですが、それ以外にもいくつかの石仏などが祀られていいます。
伊古乃速御玉比売神社奥社 石仏
まさに山自体が信仰の対象となっていたことが窺える光景なのです。

こうして参拝で一息ついた後は、いよいよ展望台に上がります。
この二ノ宮山の海抜が131mで、展望台が21mあるので約150mの高さからも渡せる眺望ということになります。 中間のデッキ部分は中間展望台ですが、ここからの眺望はあまりよくありませんでした。
上の展望台に上がると双眼鏡が3台設置されていて、既に先客の方がいました。
展望台
この手の展望台にありがちな一部分視界が遮られているということも無い360度完全な視界の確保された眺望です。
まずは森林公園を探しますと、送電線の通っている東側一体の木々に覆われたエリアが森林公園のようです。
森林公園
さすがに国営とあってかなり広大な公園です。
展望案内図が四方にあるのですが、かなり痛んでしまっていて僅かしか知ることができませんでした。
案内図
と、したところ先客の方が眺望を説明していただけました。
お聞きするのを忘れてしまったのですが、町役場か観光協会の方のようでした。
説明によれば南東方向のやや建物の密集しているエリアがさいたま市のさいたま新都心です。
さいたま新都心方面
そして北東の方角が熊谷、行田市方面で、北西方向が群馬県で、赤城山、谷川連峰の山々で、特に白く輝いている山が浅間山です。
熊谷・行田方面 浅間山
更に3台の双眼鏡は無料で、案内の方が双眼鏡をセットしていただき、吉見の百穴、高崎の観音様などを見させていただきました。
空気が澄んでいて天候に恵まれればスカイツリーがみえるのですが、今日は薄らとしか見えないようです。
これも双眼鏡をセットしていただいたのですが、私にはスカイツリーを見極めることはできませんでした。
それでも360度の気持ちの良いパノラマを楽しめることができました。
360度のパノラマ
関東地方の展望地でも抜群の眺望を楽しめる展望台の一つといえそうです。
案内をしていただいた方にお礼を言って展望台を下りたのですが、とっても得した気分で、感謝感謝でいっぱいです。

伊古乃速御玉比売神社

二ノ宮山に伊古乃速御玉比売神社があったわけですから、ここはやはり伊古乃速御玉比売神社に行かないわけにはならないでしょう。
車で5分もかからないところに目指す伊古乃速御玉比売神社が鎮座しています。
伊古乃速御玉比売神社
かつては二ノ宮山上にあった訳ですが、文明元(1469)年にこの地に遷座したと伝えられており、延喜式にある武蔵国44座の中の一社で、県内でも古社の一つとされていて比企総社なのです。
今日は見ることはできませんが、この社の幟は勝海舟が神社号を大書した長さ11mの幟旗があるそうで、この幟は書跡として町指定文化財です。
伊古乃速御玉比売神社 勝海舟神社号幟
こうした古社に付き物が境内に自生する樹木で、この社叢もご多分に漏れず県指定天然記念物に指定されています。
社叢
石段の参道を上がったところに1本の老木があります。
参道 ハラミ松
この木は当社のご神木で「ハラミ松」といい、安産の木として信仰されているのです。文字通りのネーミングですが、どうして安産の木として信仰されるようになったのかの説明はありませんでした。

境内に鎮座する拝殿はこじんまりとした簡素な造りの社殿です。
社殿 拝殿
それに比べて覆屋でありながら、拝殿より大きなつくりですので、本殿はそれなりの格式を有している建造物なのかもしれません。
本殿
ちょうど紅葉の時期でもあり、見事に黄色く染まったイチョウが綺麗でした。
紅葉 紅葉
社殿を一回りしてふと気付いたのですが、屋根の雨どいがこれだけはみ出しているのは何故でしょうか。
社殿の雨トイ
まあ、どうでも良いことではあるのですが。。。
荘厳さはありませんが、歴史を感じさせてくれる落ち着いた佇まいの古社でした。

慶徳寺

伊古乃速御玉比売神社のあとは「慶徳寺」へ立ち寄ります。
歴史的にも見所のある寺院ですが、何といっても“目の薬師”として知られている限り寄らないわけにはいかないのです。
まず山門前には寺沼が自然と美しさを醸し出しています。
慶徳寺 慶徳寺寺沼
紅葉を沼面に映えさせながら、ここが寺院であることを忘れさせてくれるような光景が見て取れます。
そして駐車場の先に慶徳寺の山門である「四天王門」があります。
四天王門
寄木造りの江戸時代中期の建造物と考えられているそうで、薬師らしく「医王山」の山号額が掲げられています。
山号額
そして門の四方には四天王が安置されていて、おなじみの東方持国天、西方広目天、南方増長天、北方多聞天(毘沙門天)で、この四天王像は彫刻として町指定の文化財となっているのです。
東方持国天 西方広目天 南方増長天 北方多聞天
歴史的な風雪を感じる素晴らしい像で、しばしその迫力ある姿に見入ってしまいましたが、ここで注目したのが四天王が踏みつけている鬼です。
広目天の写真を見ていただければお分かりと思いますが、この鬼は仏法を犯す「邪鬼」として懲らしめられ、苦悶の表情をみせているのですが、特に多聞天の足下にいる鬼を天邪鬼(あまのじゃく)と呼ぶ説があるのだそうです。
天邪鬼
何となく身につまされる思いがしてきます。。。(汗)

四天王門を抜けて境内を進むとそこも紅葉が美しい姿を見せていました。
紅葉 紅葉
境内の右手には鐘楼があり鐘楼の下が門になっているんですが、開かずの門のようです。
鐘楼
その先は竹林になっていて中々風情ある光景です。
竹林
そしてこの鐘楼の右手側に慶徳寺の本堂があります。
本堂
本堂は比較的新しく綺麗な建物ですが、歴史は古いようです。
新編武蔵風土記稿には「○水房村枝郷中尾村 慶徳寺 曹洞宗上野國邑楽郡堀工村茂林寺の末、醫王山と號す、開山孚淳巽は天文十八年十二月五日寂す、後當所地頭岡部太郎作中興し元和二年六月四日卒す、本尊彌陀を安す」とあるので、もとは現在の群馬県館林市にあり、天文十八年が1549年ですから室町時代末期には開山されていたということになります。

再び参道に戻り先ほどの鐘楼の反対側にある石段を上ると、その右手に「薬師堂」が鎮座しています。
薬師堂 薬師堂
この薬師堂はもともと旧地名である加田村(現・字加田)にあったことから“加田のお薬師様”と呼ばれ眼病に霊験があるといわれているのです。
では何故眼病・・・、といわれるとかつてこの辺りには鍛冶師が多く、片目を失明する鍛冶の職業病があったことからと考えられているようです。そして伝説によればこの眼病平癒のあかつきには寺沼に魚を放流するのが習いであったことから、この沼の魚の多くが片目だといわれていたそうで、何となく筋が通っているような気もしてきます。
ま、あくまで伝説ですが。。。
その本尊の薬師如来は行基の作といわれているものだそうですが、秘仏となっているのでみることはできません。
軒下の壁面には十二支が掲げられています。
薬師堂の干支
薬師如来は十二の大願により人々の病苦を救うのですが、その十二の大願に応じて十二神将を携えており、それぞれが昼夜の十二の時、十二の月、または十二の方角を守っているのです。
このため十二支が配置されるのだそうで、この薬師堂の軒にその十二支が見て取れるのはそういった理由からのようです。
私の干支の申もここにおりました。
薬師堂の干支“申”
この堂は元禄14(1701)年に建てられたもので、天井には天女や龍の絵が描かれているそうで、縁日の4月にはそれらは見ることができるのかもしれません。
また、向拝には極彩色の花鳥図が描かれています。
花鳥図
ここは存分に参詣させていただき、歴史とともに造形美も楽しませてもらいました。
薬師堂の左側には古そうな石塔、石仏が並んでいますが、一番右手の石塔は「聖徳太子塔」で、中の像は聖徳太子の子供のころの像だそうです。
聖徳太子塔 聖徳太子塔
噛めば噛むほど味の出てきそうな、興味の尽きない古刹でした。

五厘沼窯跡群

自然溢れる町、滑川町がかつては鍛冶の町であったであろうことはちょっと驚きなのですが、実はそれより遥か昔から一大窯業地帯だったことは有名なようです。
慶徳寺から15分くらいでしょうか、五厘沼があります。
五厘沼 五厘沼
現在は農業用水に使用される貯め池になっているようですが、この沼自体も古墳時代から存在していたのです。
そして沼の辺に「五厘沼窯跡群」が残されています。
五厘沼窯跡
この五厘沼窯跡群は、古墳時代終末期(6世紀末~7世紀初頭)に造られた埼玉県内最古級の須恵器窯跡で、発掘調査によって幅2~2.5m、高さ1.5~1.7m、長さ15mほどの登り窯であることが判明しています。
五厘沼窯跡
ここからは高杯・甕・平瓶・壷などの破片が出土していて、現在は砂で埋め戻され覆屋で保存されているのです。
このような登り窯を以前見たことがあるなあ、と思い出してみればお隣の東松山市で「大谷瓦窯跡」を見たので、この比企丘陵一体は一大窯業地帯であったことが理解できるのです。
そこで少し調べてみると、そもそも武蔵国には南から「南多摩窯跡群」(東京都八王子)、「東金子窯跡群」(埼玉県入間郡)、「南比企窯跡群」(埼玉県比企郡)、「末野窯跡群」(埼玉県大里郡)の四大窯跡群があり、特に比企地方の窯跡群は、古墳時代から渡来人・渡来文化が持ち込んだ「窯業技術」が発展し、埴輪・須恵器を生産した初期の窯跡がまとまって存在しており、他の地域では見なれない貴重な遺跡なのだそうです。

この南比企窯跡群の始まりは6世紀後半から7世紀にかけて須恵器窯での須恵器が生産がはじまり、7世紀後半から古代寺院や瓦が生産され、武蔵国分寺の創建記から8世紀後半にかけて栄えたのです。
特に南比企窯跡群からは武蔵國20郡中18郡の郡名瓦が出土していることから、南比企窯跡群が武蔵国の中での役割は非常に重要であったことが伺えるのです。
そういわれてみれば、国分寺を訪ねたときに訪れた「武蔵国分寺跡資料館」にたくさんの郡名瓦が展示されていましたが、それらの多くがこの五厘沼窯跡を中心とした南比企窯跡群で造られたというのも実に興味深い歴史と文化です。
郡名瓦
現在の五厘沼窯跡は埼玉県の指定史跡となっていますが、その歴史と役割を考えれば至極当然なことでしょう。
このような文化・産業があったからこそ、後の時代に鍛冶が花開いたと考えるのはこじ付けでしょうか。
いづれにせよ比企郡滑川町の歴史の奥深さにふれた前半の散策でした。

(つづく)

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コメント

  1. マヤリモ | -

    おはようございます。

    来年の2月に、森林公園マラソンに初参加します。経験者の方が、「坂がね~」なんて言ってましたが、記事を拝見した限り、やはり、アップダウンが凄そう・・・。

    でも、自然が豊かなところなんですね~。

    滑川町の慶徳寺も趣があってイイですね。特に四天王、実際に見てみたいと思いました!

    ( 09:07 )

  2. 薄荷脳70 | -

    マヤリモさん、ありがとうございます。

    おはようございます。
    来年といっても2月ですからすぐですね。
    空気も綺麗で景色もきれいですから、非常に気持ちよい自然の中を走れそうですね。
    是非、自然を堪能してください^^

    ( 06:36 )

  3. pansy | -

    四天王、凄い迫力ですね!

    こんばんわ。
    どこの展望台も結構キツ~イデス。でも電線無しの360度眺望は素晴らしい!
    慶徳寺四天王門も簡素な中にもどっしりとして趣がありますね。写真だと四天王が部分的に色が塗られているようで、よく見かける像とは違い迫力満点です。
    特に踏みつけられている天邪鬼の表情には釘づけになってしまいました。
    機会があったら是非訪れてみたい場所です。

    ( 20:49 )

  4. 薄荷脳70 | -

    pansyさん、ありがとうございます。

    今までの印象で、比企郡って言うのは地味~ながら、何となく“ピカっ”とひかるものを持ったような土地に思えます。
    全国的に、或いは関東でも知名度は低いでしょうが、何となく散策するには良いところです。
    機会があれば是非訪れてみてください^^

    ( 22:24 )

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