はじめに

「武井武」はジャンルDで5,334票を獲得し、第9位にランクされました。

武井武は1899(明治32)年与野市に生れ、1992(平成4)年92歳で死去。フェライトの父と呼ばれる。
フェライトとは磁気素材で酸化第二鉄の粉に、銅、亜鉛、マンガン、ニッケルなどの酸化物の粉を混ぜ高温で焼き固めて作る。
武井は1930(昭和5)年に実用化できるこのフェライトを発明、エレクトロニクス産業の基礎を築いた。カラーテレビ、航空機用アンテナ、移動電話、パソコンなどに幅広く使われている。
ノーベル賞に匹敵するとの評価も高いが戦時中の混乱でヨーロッパの研究と競合し、受賞を逸した。
1994(平成6)年与野市は市役所正面玄関脇に博士の胸像を建立した。
(本書より)

武井 武博士 武井博士は、埼玉県与野町(現さいたま市)に武井多三郎・とよの長男として誕生し、埼玉県埼玉師範付属小学校(現在の埼玉大学附属小学校の前身)、埼玉県浦和中学校(現在の埼玉県立浦和高等学校の前身)を経て、大正9年3月に東京高等工業学校(現在の東京工業大学の前身)電気化学科卒業というように、まさに埼玉県ゆかりの人物であり、一方で工学系のエリートであったことが窺えるのです。

本書の説明にもあるとおりノーベル賞受賞にも匹敵する発明をなしながらも、一般的にその名が知られていない(少なくとも私はこの件ではじめて知りました)のは、やはり研究があまりにもレアなところにあったためでしょう。
したがって今回「武井武」や「フェライト」で資料を調べてみると、一つには難しすぎることと、一つには一般的に興味を引く内容ではないことがわかるのです。
となると今回の散策は一体・・・、という事でここは一つ武井博士が誕生し、武井博士を育んだ与野市(現在はさいたま市中央区)を紹介していくのが相応しいであろう(こじ付けとも言うのですが。。。)と浅はかながら考えたのも束の間、以前【与野公園とバラ園】で目ぼしいエリアは散策してしまっていたのです。 実に困ったことだと普段から拝読させていただいているkeny72さんのブログ「ゆる~い日記」の【与野七福神巡り】の記事を読ませていただき、今回は苦肉の策として(渡りに舟といった一面も無いことは無いのですが)、新年の恒例となった七福神巡りに掛けた散策にしてみたのです。
因みに今までの七福神めぐりとしては、2012年【雑司ヶ谷七福神】、2011年【谷中七福神】、2009年【くりはし八福神】がありました。
ということから2013年1月3日、新春の風情とともに武井博士を育んだ地を散策したのです。

いただいたパンフレットによる今回の七福神巡りの一般的推奨コースです。
与野七福神めぐり 与野七福神めぐり
これによると上町氷川神社~一山神社~天祖神社~円乗院~円福寺~鈴谷大堂~弘法尊院(二度栗山観音)を廻るルートで凡そ4.4kmほどあるそうです。この距離は七福神ルートだけの距離ですから、行きの駅からと帰りの駅までの距離を入れると凡そ2倍くらいにはなるでしょう。
今までは徒歩の七福神巡りだったのですが、この距離に怖気づいて今回は車でサクッと廻ってしまおうという物臭の所業に挑んだのでしたが、この時点で武井博士を忘れそうになりました。

さいたま市中央区さいたま市中央区オフィシャルサイト】http://www.city.saitama.jp/index_chuoku.html

(つづく)

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コメント

  1. 上尾の〇山 | LkZag.iM

    川越七福神

    今晩は!!  与野七福神ご苦労様ですね!!
     先日の毎日新聞の付録に、七福神のランキングが載ってました。20位の中に「与野七福神」はありましたが、「川越七福神」は歴史が無いのかランキングに入ってなかったです。川越で37年働いていた私はチョット不満が有りますね! 昔は、親子4人で上尾から歩いて川越に向かい七福神やその他を回って、歩いて上尾まで帰りましたが、今はチョット元気が有りません。
     昨日の4日、上尾から川越氷川神社まで娘に車で送ってもらい、「川越七福神+6か所の寺・神社」をまわり、埼玉医大川越総合医療センターに娘に迎えに来てもらいました。しっかり色紙を買い込み、書く寺でスタンプを押して盛りました。もう色紙が10枚以上たまっておりますね。

    ( 21:09 [Edit] )

  2. 薄荷脳70 | -

    上尾の〇山さん、ありがとうございます。

    与野七福神は結構有名なのですね。川越は意外でしたが、それ以外の部分では圧倒的に注目度の高い地域ですから年月を経ていけば確実にランクアップするでしょう、きっと^^
    それにしても七福神+6箇所はすごいですね! そのパワーに脱帽です。色紙を後で眺めるとご利益もあるのでしょうが、思い出としても残るので、それも七福神に楽しい一端だと思っています^^
    以前、川越祭りや喜多院での散策は楽しかったですからまた行ってみたいです。
    因みに埼玉医大川越総合医療センターは義母が昨年緊急で搬送され1ヶ月ほど入院していましたので良く覚えてます。たしかヘリポートのある病院ですよね。
    また、よろしければ続きをお読みいただければ幸いです。
    ありがとうございました。

    ( 06:08 )

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