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所沢航空記念公園 #1

4つの乗換え時でたっぷりと冷えた身体は、電車に乗って温めるという繰り返しをしていたのですが、秋津から所沢、所沢から航空公園はそれぞれ1駅のため、待ち時間のほうが3倍長いといった状況でがちがちに冷え切った身体で航空公園に到着したのです。
航空公園駅
所沢には何度が来ていますが、久しぶりの電車とともに航空公園駅は初めて下車した駅でした。

航空公園駅

航空公園駅に到着し、改札口を出ると「Cafe アンリ-・ファルマン」というコーヒーショップがあったので、冷え切った身体を温め、朝食もまだだったこともあり、まずはここで鋭気を養うことにしました。
Cafe アンリ-・ファルマン Cafe アンリ-・ファルマン
店名の横にはキーナンバーである「1911」の説明があります。

所沢市は、日本人が初めて大空にはばたいた記念すべき街である。
明治44(1911)年4月5日 高度10m 距離800m 時間1分20秒と記録されている。
日本の航空発祥の地「所沢」をPRするお店。
(店舗コピー)

このアンリー・ファルマンとは日本で最初に飛行した飛行機、ファルマン号の製造者の名前なのです。
ファルマン号 《ファルマン号》
航空公園駅らしいお店なので、ここでは朝食のモーニングをオーダーしました。
モーニング
モーニング自体特にどうこうというものではないのですが、ここから見える公園駅の東口ロータリーの木々の間に飛行機の機体が見え隠れしているのが見て取れ、気持ちが高ぶってくるのを感じます。
航空公園駅東口ロータリー
しばしはここからの眺めを楽しみますが、いよいよこれからが今日の散策の始まりです。

駅舎を出てまずは先ほど見えたディスプレイの機体に向ってみますが、その前にこの駅舎が何かの形に似ていることがわかるでしょうか。
航空公園駅
写真のアングルが悪のでわかりにくいですが、この駅舎は先のファルマン号の機体をイメージしているそうで、「第2回関東の駅百選」に選定されているのです。
そういわれてみれば2枚の複葉部分といわれれば確かに、といった感じです。
駅東口のロータリーにある期待は「YS-11」の機体です。
YS- 11 YS- 11
YS-11は1962(昭和37)年8月に初飛行し、182機が製造されて世界各国に輸出されたのです。展示されているこのJA8732機が1969(昭和44)年に製造された第101号機で、1997(平成9)年4月13日の大島→東京便を最後に、総飛行時間52,991時間、総飛行回数58,253回で現役を引退したのです。
個人的には1度だけ搭乗したことがありましたが、機内の狭さ、振動、そして独特のプロペラ音が印象に残っています。何度も乗られた方には懐かしい機体なのでしょうね。
機体の写真を撮影しているときに移った飛行機雲は偶然でしょうか、それとも。。。 
YS- 11
大空からのちょっと嬉しいプレゼントでした。

航空発祥記念館-1

ここからは航空公園内にある「航空発祥記念館」に向います。
所沢航空記念公園
公園入口付近に大きなモニュメントがあります。
イマジネーションカーペット
このドレスのようなモニュメントは「イマジネーションカーペット」というものです。
未来に向ってめくれ上がろうとしている大地から、水がカーテンのように流れ落ちる壁泉で、全国でも珍しいものなのだそうです。
モニュメントのひし形模様は。所沢にある三富新田の短冊状の耕地からイメージしたもので、先端の未来の旅客機は21世紀に向ってはばたく埼玉県をイメージしたものです。
イマジネーションカーペット
冬でなければ水が流れ、夜になるとイルミネーションが輝き、滑走路さながらという光景はまるでユーミンの世界観といえるかもしれません。

朝方ですのでジョギングなどしている方が多いのですが、凛とした空気の中でゆったり散歩するのも悪くないものです。
公園園路
といっているうちに公園の中心部のシンボルである放送塔が見える場所に到着です。
公園
凡そこの放送塔が公園の中心で、その左手にあるのが「航空発祥記念館」で、よく見れば航空機のジェットエンジンをイメージしているような建造物です。
航空発祥記念館
この記念館に向っていくと左手に「所沢航空発祥100周年記念碑」があります。
所沢航空発祥100周年記念碑
発祥年が1911年ですから、一昨年が100周年だったということでしょう。
公園には朝早いながらも結構多くの人たちがいますが、この辺りには紙飛行機を飛ばしている一団の方たちがいます。
模型飛行機 模型飛行機
結構、本格的に楽しまれているようで、さすが航空発祥の地だけあってのことでしょう。

記念館の前にはこのようなモニュメントが設置され、その先には冬ですので若干寂しい限りですが、航空機のトピアリーが置かれています。
記念館モニュメント トピアリー
春には綺麗なトピアリーが見られるのでしょう。
そしてお目当ての零戦来日の看板が掲げられており、いやが上にも期待感は高まります。
零戦来日 エントランス
エントランスロビーには早速機体が吊り下げ展示されています。
会式一号飛行機 会式一号飛行機
昔、こんなような機体が秋葉原の頃の交通博物館にあったような記憶がありますが・・・。
これは所沢で飛んだ日本初の国産軍用機「会式一号飛行機」で、1911年に飛行した機体の原寸大レプリカです。
正式には「臨時軍用気球研究会式一号機」と呼ばれ、明治42(1909)年気球と飛行機の軍事利用研究のため当時の陸軍・帝国大学・中央気象台らにより設立された日本最初の航空機に関する公的機関のことで、会式の“会”は臨時軍用気球研究会のことなのです。

早速ロビーで\1000のチケットを購入します。
チケット
通常、常設展示だけなら¥500のところですが、今回は零戦見学もつけての価格となります。
今回の企画展のタイトルは「日本の航空技術100年展」です。
1910(明治43)年に日本でも初飛行が達成されたということは、1903(明治36)年のライト兄弟の初飛行後の1908(明治41)年における一般の公開飛行の僅か3年ごですから、まさに当時の日本は世界でも有数の航空先進国といえたのです。
しかし、真の航空先進国となったのは1930年代のことですが、皮肉なことにこのきっかけとなったのが太平洋戦争における“零戦”などの戦闘機の登場だったのです。
徹底的な軽量化と考えつくされた空力形状、そして巧妙な操縦システムによって恐るべきバランスの戦闘機を生み出し、“ゼロファイター”として米軍から恐れられたのです。
戦後7年間は航空活動が禁止されたのですが、1952(昭和27)年に再開されると、零戦を生み出したエンジニアは若いエンジニアとともに国産旅客機「YS-11」の計画に取り組み1962(昭和37)年に初飛行に成功し、1964(昭和39)年にはオリンピック聖火リレーに利用され、翌年から国内定期路線に就航したのです。
また、この間の1960(昭和35)年には国産ジェット練習機「T-1」の初飛行にも成功したのです。
このように発達した日本の航空技術だったのですが、1973(昭和48)年に「YS-11」が生産終了となってからは、「ボーイング」「ロッキード」などの海外の企業に依存するようになったのです。
しかしながらその間も日本のエンジニア達は研鑽を続け、共同開発した「ボーイング787」が就航し、YS-11以来半世紀ぶりの国産旅客機「MRJ」、そして新世代のビジネスジェット「HondaJet」などが開発されつつあり、再び日本の航空技術、航空機産業が期待されつつあるのです。
こうしたこれまでの100年を振り返るのが、今回の企画展の概要なのです。

滑走路と駐機場

1階及び吹き抜けの2階の展示室は“滑走路と駐機場”というイメージから実機が展示されています。
滑走路と駐機場
ちょっと目に付いた機体です。
シルコスキーH-19 シルコスキーH-19 シルコスキーH-19 《シルコスキーH-19》
世界で初めてシングルローターヘリコプターの飛行を成功させた「ヘリコプターの父」、イゴール・シコルスキーが製作した中型実用輸送ヘリコプターです。
エンジンや内部に入れるのが嬉しいです。
バートルV-44 バートルV-44 バートルV-44 《バートルV-44》
1959(昭和34)年、陸上自衛隊が研究用としてアメリカのパイアセッキ社(のちのバートル社)から購入した大型輸送ヘリコプターで、伊勢湾台風では、当時の皇太子(現在の天皇)が皇室としては初めてヘリコプターに搭乗し、災害地の状況を空中から視察したヘリです。
これも内部に入れるので、男のロマンも一気に沸騰点に向います。
富士T-1B 《富士T-1B》
これが戦後初の国産ジェット中間練習機で、当初はイギリスの製のエンジンを搭載したのですが、1962年から国産エンジンが開発され、20機が生産されました。
このT-1は以前行田市の【さきたま古墳群】に行った際に、近くの埼玉スバルのディーラーに展示されていました。
HU-1B 《HU-1B》
何故かセスナを追うように向こうから飛んできたヘリが1956(昭和31)年に初飛行した中型タービンヘリコプターの傑作であるHU-1Bです。
HU-1といえば“地獄の黙示録”でのヘリで、「ワルキューレの騎行」が聞こえてきそうです。

更にここには実機のほかに様々なパーツも展示されています。
甲式二型練習機の木製プロペラ 《甲式二型練習機の木製プロペラ》
会式一号機の10年後に製造された甲式二型練習機ですが、当時の飛行機はプロペラや骨組みはすべて木製で、羽は羽布という布が張られていたのです。
零戦の計器板 《零戦の計器板》
実際に使用されていた計器類です。
右上にあるのは銘板で「零式二号艦上戦闘機」というのが形式なのだそうです。ということは零戦は海軍の管轄だったということになるわけです。
YS-11エンジン 《YS-11エンジン》
言わずとも知れた「ロールスロイス」製のエンジンで、航空公園前に展示されていたYS-11に搭載されていたものです。
1946(昭和21)年から開発されたロールス・ロイス社の代表的な古い歴史のあるターボプロップ・エンジンで、この展示エンジンはYS-11用として開発されたものだそうです。
まだまだ展示品はたくさんあるのですが、時間の都合も有るので、いよいよ零戦の見学に進みます。

(つづく)

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コメント

  1. 四季歩 | ipmCGEIo

    所沢来訪ですか

    嬉しいですね。

    もちろんゼロ戦ですよね。

    あ~~ 私も焦ってきましたね。

    いま歴史研究コースの論文追い上げ中なんですが、
    いきたい~から(汗)

    ( 19:51 [Edit] )

  2. 薄荷脳70 | -

    四季歩 さん、ありがとうございます。

    3月まで開催中ですからまだ大丈夫です。
    それにしても流石に四季歩さん、論文書かれているのですね^^
    頑張ってくださいね!

    ( 05:53 )

  3. bg | 3ZQ.D9ic

    こんばんは。
    自分もここ行ってみたい場所です。
    ・博物館
    ・3kmのランニングコース
    があるからです。ゼロ戦展示されているんですよね。たしか3月に
    エンジンかけるイベントありますよね。
    YS-11も展示してあるんですね。羽田の倉庫に1台あるときいていましたが
    すごく興味もちました

    ( 23:59 [Edit] )

  4. 薄荷脳70 | -

    bgさん、ありがとうございます。

    すっごく多くの方がランニング・ジョギングをされていました。景色も良いので気持ちよいのでしょうね。
    ゼロ戦の模様は§3で書きましたので、よろしければお読みください。
    とにかく航空ファンにとっては素敵なところです。

    ( 08:29 )

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