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-大カヤと暖帯林に抱かれた古刹-  上尾市畔吉751

概要

徳星寺は東高野山遍明院と号する天台宗の古刹であるが、県指定の天然記念物になっている「大カヤおよび暖帯林」と市内最古の古文書が所在することで知られている。大カヤは本堂東側の塚上に自生しているが、すでに江戸時代後期の記録にも「囲ミ四抱ホド、高サ三丈許、枝ノヒロゴリタル所ハ八間余アリ」と記されている。そして「弘法大師当寺ヲ開キシ頃、手ヅカラ植シモノナリト云」と、その伝承まで記している。「弘法大師お手植え」の当否はともかく、現在樹齢700から800年以上と推定されている。大カヤ周辺の林叢の植生は、ウラシマソウ、イタドリなどの草木、アオキ、ムクノキ、カヤの幼樹、ケヤキ、モウソウチクなど暖帯林の自然の様相を見せてくれる(『新編武蔵風土記稿』『上尾の指定文化財』)。
 徳星寺は山号でも明らかなように、元は真言宗の寺院で、空海が創設したという伝承まである。ところが永禄6(1563)年、それまで天台宗の寺院であった小室郷別所村(現伊奈町)の法光寺と入れ替わりとなり、徳星寺が天台宗に、法光寺が真言宗となっている。宗派が改められた詳細な理由は不明であるが、大変珍しい事例ということになる。ただ宗派入れ替わりのこの時代は、上杉方の岩付太田氏と小田原北条氏が激しく争っており、この地域が騒乱の地であったことが遠因ともみられる(『上尾市史』第9巻)。
 上尾市最古の文書は、天正17(1589)年8月、岩付の太田氏房が井原土佐守に出した印判状で、徳星寺門前の諸役を免除し、みだりに寺に侵入することを禁じている。井原土佐守は、この地域を支配する土豪である。また江戸時代には、寺領3石を将軍から与えられているが、天正19(1591)年11月の徳川家康の朱印状は市内唯一のものである。寺領朱印状は12点所蔵され、太田氏房印判状とともに市指定の文化財になっている(『新編埼玉県史 資料編6』・『上尾の指定文化財』)

伽藍

立派な山門に綺麗な山号額が掲出されていて、確かに山号は文字通り真言宗の名残といえるでしょう。
山門 扁額
正面にこれも目新しい綺麗な本堂が建立されています。
本堂 本堂
平成17年に建て替えられたようなので、新しいことは当然です。
参道の両側には宝篋印塔などが建立されていて、結構歴史のありそうなものです。
石塔 宝篋印塔
本堂の右手には塚があります。
塚 塚
木々を掻き分けて上に登ると、よく判らない石祠があります。
石祠
何かの歴史が残されているのかも知れません。

文化財

徳星寺の大カヤおよび暖帯林

塚の辺りにあるのが「徳星寺の大カヤおよび暖帯林」の埼玉県指定の天然記念物です。
大カヤ 大カヤ
こちらがその「大カヤ」で弘法大師が自ら植えたものといわれているようですが。。。
樹齢は7~800年と推定されていて、根の一部が露出して一枚の板状になっているのが非常に珍しいそうです。
大カヤ

徳川家康朱印状等古文書

徳川家康朱印状等古文書
徳川家康朱印状等古文書
一般的に朱印状は三代将軍家光の時からのものが多いとされているのだそうですが、徳星寺には初代将軍徳川家康以降歴代12通の朱印状が揃っているのです。
特に上尾市内の寺社では初代家康、二代秀忠の朱印状が保存されているのはここだけだそうで、上尾市指定文化財となっています。

徳星寺の正徳四年銘庚申塔

山門の手前の左手には庚申塔があり、そのうちの左側の庚申塔は「徳星寺の正徳四年銘庚申塔」といわれ、石工「江戸浅草石や五良兵衛」の銘ある庚申塔は上尾市では3基のみで、そのうち一番古いものだそうです。
徳星寺の正徳四年銘庚申塔 徳星寺の正徳四年銘庚申塔
これは現在市登録有形民俗文化財となっています。

2013.02.01記
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コメント

  1. 上尾の〇山 | LkZag.iM

    ここは昨春だったかな!!

    今晩は!!
     ここは昨春いきました!!本堂等新しい物が有りましたね。
    若い(修業中かピアスをして坊主頭の青年)人にカヤの木を教えてもらいました。小さいゾウの山車があったと思います。春の「お釈迦様」のとき近所の子供たちで、お釈迦様を乗せ寺の周りを一回りするようです。
     諏訪神社のすぐ東に小さい墓地がありました。市の記念物の柱が2本ありました。仏像か絵図、あと一つは石板に筋で書いたお地蔵様だったと思います。

    ( 20:10 [Edit] )

  2. keny72 | -

    立派な大カヤですね

    こんばんは。

    上尾にはまだ全然行けてませんが、以前興味が湧いて上尾の文化財を調べていて、気になった木です^^

    やはり立派ですね^^

    今年こそは上尾も散策してみたいです。

    ( 23:56 )

  3. 薄荷脳70 | -

    上尾の〇山さん、ありがとうございます。

    > 若い(修業中かピアスをして坊主頭の青年)人にカヤの木を教えてもらいました。小さいゾウの山車があったと思います。春の「お釈迦様」のとき近所の子供たちで、お釈迦様を乗せ寺の周りを一回りするようです。

    ああ、なるほどそのためのゾウの山車なんですね^^

    >  諏訪神社のすぐ東に小さい墓地がありました。市の記念物の柱が2本ありました。仏像か絵図、あと一つは石板に筋で書いたお地蔵様だったと思います。

    今度、立ち寄るときに見てみたいと思います。
    色々お教えいただき、ありがとうございます。
    これからもよろしくお願いします^^

    ( 19:24 )

  4. 薄荷脳70 | -

    keny72さん、ありがとうございます。

    是非、散策していただき情報をお教えいただけると、大変勉強になります。
    私も今年は少し力を入れて地元を巡りたいです^^

    ( 19:26 )

  5. KAEDE | -

    大カヤ

    以前、徳星寺に立ち寄ったことがあります。
    こんな所に!小奇麗な伽藍!大カヤ!暖帯林の狭さ!に感心した覚えがあります。
    大カヤは斜面にあり、周囲に他の木々もあって全景がイマイチ分かりにくいですよね。
    斜面の土は徐々に落ちていかないのかな?以前取り上げた記事を思い出し、さがして見ながら比較してみました。
    http://blog.goo.ne.jp/ino1127/e/6241a9d92ea5d1cc4f08ee631ef526cb
    ほとんど変わらないようです。古より変わらないのかもしれません。
    でも、不思議です。私が子供だったらズリズリしながら遊んだと思います。

    ( 12:42 )

  6. 薄荷脳70 | -

    KAEDEさん、ありがとうございます。

    KAEDEさんのサイト見させていただきました。
    私のときよりは見やすいですね。
    確かに変化は無いようです。最も樹齢7.800年の内のわずかですからね^^
    因みにKAEDEさんのサイトにある殿山古墳、行ったのですが場所がわからず見られませんでしたが、榎本牧場と霊園の間にあったのですね。
    標識が判りにくくて、結局見られませんでした。
    今度機会があれば行ってみます。いいこと教えていただきました。
    ありがとうございました。

    ( 19:51 )

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