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三峯神社 #3

三峯神社参拝を済ませてからも、境内の散策を続けます。
境内はかなり広く見所も、まだまだ沢山あるようです。霊山としての三峯山の凛とした空気をより触れることができそうです。

摂末社

社殿の右側には摂末社の一つである「祖霊社」があります。
祖霊社 祖先の霊を祀るため墓所や縁故の場所に小祠を設けたものが「霊社」で、祖先の代々を合わせた霊社を「祖霊社」というのだそうです。
この「祖霊社」も綺麗な塗装ですので社殿や随身門の復元と同時に改修されたものでしょう。
華美な彫刻もなくひっそりとした佇まいが荘厳な境内にマッチしています。

その隣が「国常立神社」ですが、おそらく随身門や社殿も復元される前は、この「国常立神社」のような色合いだった様に思えます。
国常立神社 壁の朱色はところどころ色落ちし、彫刻の彩色は全くなくなっているようですから、修復すれば社殿のような極彩色のキッチュ(どうもこだわってしまいます)な社殿となるのでしょう。

日本武尊神社 その隣が「日本武尊神社」で、小さいながら堂々とした造りの社殿です。殆どの彩色はなくなっていますが、それが返って歴史を感じさせます。

伊勢神宮 さらにその横には覆屋のある「伊勢神宮」があります。まさに「伊勢神宮」のミニチュアのようです。

小祠 ここからはズラッと同じ形式の小祠が並んでいます。
左から月讀神社、、猿田彦神社、塞神社、鎮火神社、厳島神社、杵築神社、琴平神社、屋船神社、稲荷神社、浅間神社、菅原神社、諏訪神社、金鑽神社、安房神社、御井神社、祓戸神社で全部で16社ありました。なかなかこれだけでも壮観です。

小祠のつづく隣に少し大きな社殿がありますが、これが「東照宮」で旧本殿なのでしょう。
東照宮 意外とシンプルですが、これが室町時代の香りだと思うと何となく神々しく見えてくるのは思い過ごしでしょうかね。

大山祇神社 そして、春日神社、八幡宮、秩父神社、さらに大山祇神社という数々の摂末社がありますが、これだけの摂末社のある神社も始めてのような気がします。

メジャーな神社ではもっと多いのかもしれませんが・・・。

小教院

摂末社から一旦社殿に戻りここから社務所を抜けて散策を続けます。
興雲閣 三峯神の湯 社務所を抜けると「興雲閣」という極々現代的な建物があります。これは宿泊施設で三峯講の参拝者や一般の方が宿泊できる温泉付施設です。
温泉は三峯神の湯というようで霊験あらたかな温泉・・・、ということでしょうか。

意外と雲取山を下山した方たちが一風呂浴びて帰ることも多いようです。それで日帰り入浴ができるようになっているのでしょう。
小教院 その斜め前にお堂のような建物がありますが、「小教院」という建物です。

小教院
「当山大縁起」によると、天平8年(736)国中に疱瘡が流行して国民が大いに苦しんだ。天皇は大変御心を悩まされて、諸国の神社に病気平癒を祈られた。この時皇后は、諸国の霊山に観音を祀られ、国民の上を祈願された。その折三峯神社にも郡領に命じて別殿を造立し、観音像を安置された。これが今日「小教院」と呼ばれる建物の創まりである。
この三峯神社別殿は、やがて「三峯山本堂」として、ある時は天台宗に属して「高雲寺」と号し、また真言宗に移っては「観音院」と称え、更に修験は、これを「平等坊」と呼んだ。山主は十万石の格式をもって、古くは十里四方あるいは六里四方、降っては五十二町四方の地を支配した。
明治の神佛分離により、この本堂は閉ざされ、政府による国民教化、大教宣布運動にそって「小教院」と呼ばれ、この運動の終了後は、宿坊として老朽化するにまかされていた。
現在の建物は元文4年(1739)当山再中興日光法印の代に再建されたものである。
平成3年御大典を記念し歴史的建造物としての保存を中心に考え改修工事を行った。
内部は24畳の「広間」、12畳の「仙人の間」、8畳の「金の間」がある。
(現地案内板説明文より)

実に自由奔放な寺院であったことです。宗旨替えもなんのその、病気平癒後も三峯神社の威光を持って君臨していたと・・・、は穿ち過ぎでしょうか。いずれにしても明治の神仏分離の歴史的建造物といっても過言ではないのでしょう。そして現在ではそれが茶房として利用できるのですから面白い変遷です。
折角なのでコーヒーでもと、一服です。
小教院 まさに寺院の純和風の造りの中での茶房とは実にユニークです。和風喫茶は幾らでもあるでしょうが、この一種独特な空間はあまり体験したことがない空気が流れている気がします。

早速コーヒーをオーダーします。ここのコーヒーは三峯山の岩清水を使用している自慢の味のコーヒーなのだそうです。霊験新たかなコーヒーと云われなくて良かったです。
小教院 さらにこちらの飲み物にはお菓子付で、今日は「欧風煎餅 三峯神社」というお菓子が付いています。
小麦粉・ピーナッツ・鶏卵・水あめ・はちみつ・ブドウ糖を使用した小さな上品そうなお菓子です。ゴーフルをもう少し硬く香ばしくしたような感じです。
話のネタには良いかもしれませんね。

ちょうど散策の休憩には良い茶房でした。

ショップ 小教院の前の建物には三峯山オリジナルシップ、地酒と染め抜かれた暖簾のある施設がありますが、お土産屋さんといったところでしょうが、この建物も三峯神社別殿の時に使われた庫裏だったのでしょうかね。

どちらの店舗も当然ながらオオカミブランドです。
オオカミのぬいぐるみ オオカミコート グッズではオオカミの人形は当然のこと、オオカミペンダントやオオカミTシャツ、オオカミボアコートなどなどオオカミが盛りだくさんですが、一体どういった方が着られるのでしょうかね。

地酒 ワイン・満月の夜 地酒もオオカミブランドで溢れています。
ワインでは「満月の夜」、日本酒では純金箔入りの「オオカミの足音」であったり、本吟醸「三峯神社 狼山」。焼酎はズバリ「狼」といった塩梅です。見るだけでも楽しいネーミングの数々です。

ベンダーマシン さらに建物内にあるベンダーマシンも三峯神社仕様という拘りです。

まさにオオカミ尽くしのスーベニアショップでした。

日本武尊銅像

帰りは先ほどの摂末社の前を通って戻ります。
随身門辺りの横を通り抜けると、最初に迷った交差点のあたりに戻りますので、「日本武尊銅像」のある小高い丘を登ってみます。
日本武尊銅像 銅像入口の石柱からは右手を掲げて挨拶でもしているような日本武尊の銅像が小さく見えます。

山中要作先生顕彰碑 階段を登っていくと右手に大きな石碑があります。「山中要作先生顕彰碑」です。

山中要作先生を全く知らないのですが、断片的な情報を集めると元埼玉県副知事で、テレビ埼玉の代表取締役でもあった方らしいので、様々な意味で埼玉県に貢献された方なのでしょう。

大山倍達之顕彰碑 さらに階段をさらに進むとまたまた途中に記念碑があります。「大山倍達之顕彰碑」とあります。

大山倍達といえば漫画・アニメの「空手バカ一代」で有名人ですが、かつてこの三峯神社で修行していたとのことから極真会館がこの顕彰碑を建立したようです。

日本武尊銅像 日本武尊銅像 そして頂に上がると「日本武尊の像」がそびえています。像自体が5mあるそうです。

「日本武尊」については【長瀞と岩畳】での宝登山神社で調べましたので、それを参考にするとして、少し面白いものを見つけたので紹介します。
江戸時代の「るるぶ」とも云われる(って、誰も言っていない・・・!?)江戸名所図会の冒頭にこのような挿絵があります。
題して「日本武尊東征」です。
キャプションには「日本武尊東征のとき、武具を秩父岩倉山に収めたまふ。これ武蔵国号の濫觴なり。倭健戎にして容猛/西に征きまた東を伐つ/腰間十束の剣/草薙威風を偃(なび)かす 春斎子」と記載されています。 要するに日本武尊が東征したときに武器を秩父岩倉山に収(蔵)めたところから武蔵という国がはじまったという意味です。
江戸名所図会の日本武尊 そこに描かれている日本武尊はちょっとふくよかな感じで描かれていて、多少この銅像とはイメージが違うようです。
江戸時代では布袋様のようなちょっと貫禄があってカリスマ的よりは親しみ易い方が有り難みがあったのかもしれません。

現代では確かにカッコ良さを考えると、こういったシャープ感とカリスマ的なポージングのほうが受けるのでしょう。
気になるのは一番最古に書かれた日本武尊ってどんな姿だったのかということです。
境内の紅葉 この銅像辺りから見る境内も紅葉が真っ盛りのようで大変綺麗です。

遥拝殿

三峯神社最後の散策は「遥拝殿」です。道標には「展望台」と記載されていたので眺めがよいのかな程度の興味です。
遥拝殿 意外に歴史のありそうな重厚感のある鳥居がありますが、カメラのバランスが悪く真っ黒となってしまいました。

遥拝殿 階段の上にあるのが、あとで知った「遥拝殿」だったのですが、この時はてっきり四阿だと思っていました。よくよく見れば四阿にしては立派な屋根過ぎますが・・・。

妙法ケ岳 で、写真に辛うじて写っている手前の山が妙法ケ岳だったようです。この山頂に奥宮があるそうですが、判るはずもありません。

そもそも三峯神社の三峯は白岩山・妙法山・雲取山の三山を由来としていますから、奥宮があるのも頷けますが・・・。因みに雲取山はここで見える妙法山のさらに先だそうなので、100%行くのは無理ですね。
ということで、当然ながら「奥宮」などという概念はありませんから、結構な眺望ですね、的な感想で早々に退散してしまいました。

戻りながら見ると往路で迷った「魔の参道交差点」では同じように多くの人が立ち往生していましたので、ここは先輩風を吹かせて(って、程のことでもない)社殿への参道を教えて差し上げました。
因みに真っ直ぐが日本武尊の像があり大山倍達の碑があることや、右は展望台ではなく遥拝殿なので参拝された方が良いなどと余計な説明までしてしまいました。
紅葉 紅葉 帰りがけの駐車場では山々の雄大な自然と紅葉の織り成すコントラストを楽しみながら三峯神社を後にしました。

登竜橋

今回の散策で最後に訪れたのが登竜門ならず、登竜橋です。
ちょうど往路の道の駅よりさらに三峯口駅寄りの140号線沿いで、三峯神社とは直線的にはそれ程離れていないにもかかわらず、道は三峯山をグルッと半周する格好なので、30、40分はたっぷりかかります。
二瀬ダムのある秩父湖に戻り、道の駅大滝温泉を通過して5、6分のところで、店舗や宿泊施設などの密集しているエリアに、石造りの鳥居があります。 この鳥居こそ三峯神社の参道入口でもあるのです。
ここにはかつて三峰山へのロープウェイ乗り場への通り道であるとともに、ここから三峯神社へ行く参道でもあるそうです。それなりに歩くと厳しい道だそうですけれど・・・。
そしてここにその登竜橋があるのです。

登竜橋の鳥居 まだ薄暮の時刻に鳥居のある参道入口に到着したため、ライトアップにはまだ少し早かったようです。

ちょっくら よってがっせ ちょうどその鳥居の手前に「ちょっくら よってがっせ」と書かれた休憩所があったので、少し時間つぶしをさせていただきました。
秩父観光協会大滝支部が運営している休憩所のようです。

ちょっくら よってがっせ 休憩所に中には、ここ大滝村の歴史を物語るように嘗ての大滝村の写真パネルが展示されています。

係りの方に聞けばライトアップ自体をこの大滝支部が運営していて、是非立ち寄っていただこうと無料休憩所を開設したのだそうです。やはりロープウェイが廃止となって、このあたりに立ち寄る観光客がぐっと減ってきたためだそうです。車で一気に上れるようになったのは大変コンビニエンスなのですが、一方では客足が遠のくといった皮肉な現象も起こっているのですね。
それでもこの企画を実施しているスタッフが地元の若い方たちなので、いずれ良い結果が生まれそうな活気ある空気に包まれていました。
ライトアップ準備 徐々に日が暮れてくるとスタッフの方々の準備にも拍車がかかります。
参道沿いに置かれる手作り蝋燭立でしょうか、竹製のものやガラス製のものなどに灯を燈していました。

休憩所では近所の方からの差し入れである煮物も、我々に振舞っていただきました。
ちょっくら よってがっせ そろそろお腹も好き始める頃で、大変素朴でありながら美味しい煮物をいただきました。

いよいよライトアップの開始です。
参道脇の手作り灯籠 鳥居を潜ると参道の両側に小さな小さな灯籠が並んでいます。小さいけれど手作りの大きな気持ちのこもった灯籠です。

参道の狛オオカミ 途中、狛オオカミも鎮座しているところが三峯神社の参道たる所以です。

登竜橋 左にカーブしている参道を進むと目の前に「登竜橋」が現れます。
朱塗りの欄干に擬宝珠のついた美しい橋です。

登竜橋ライトアップ 両側にはライトアップされた紅葉が見て取れます。

荒川と紅葉 余り良く見えませんが下を流れている川は当然荒川です。
紅葉が綺麗にライトアップされています。

その「登竜橋」をわたって向こう岸に渡ります。
参道 橋の先は右に参道が折れていて、これをこのまま行くと当時のロープウェイへ向うのでしょう。

登竜橋 ライトアップ こちら側から暫く「登竜橋」と紅葉を眺めて最後の秩父の名残を楽しみます。

折角綺麗な「登竜橋」と紅葉ですから、橋を浮かび上がらすライティングがあっても良いかなとは思いましたが、これから更に工夫されていくことでしょう。
参道 最後は手作りの灯籠に導かれて帰路についたのは云うまでもありません。

晩秋の紅葉と、数々の興味深い歴史を堪能した6回目の秩父路でした。訪れるたびに好奇心を刺激する秩父はきっと「何かを持っている」ところなのでしょう。
まだまだ、今後4、5回は秩父を訪れる予定ですので、これからも益々楽しみになる秩父散策です。

2010.12.12記

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