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上尾市の「大山灯篭行事」を知ったのは昨年のことでした。
しかしながら知った時点で既に終了していましたので今年の行事を待つこととなり、満を持しての散策となったのです。とはいってもそれほど大げさなものでもなく、ある意味ではサイクリングがてら、という軽いノリなのです。
散策の前に少しだけこの行事の説明をしておきます。

大山灯籠行事の“大山”とは神奈川県伊勢原市にある、752(天平勝宝4)年に創建された「大山阿夫利神社」のことで、雨乞いにご利益があるといわれる“大山(別名:雨降山)”にある神社ゆえに農民達から五穀豊穣、雨乞いの神として信仰され、日照りが続き飢饉が多くなると多くの農民が参詣に訪れ、江戸時代になるとこの大山を信仰する人々が関東地方各地で「大山講」を組織したのです。 しかしながら大山阿夫利神社は、本来、山開きの期間のみしか参拝のために登ることができませんでした。この期間が旧暦の6月27日~7月17日で、現在では月遅れの7月27日~8月17日にあたるのです。
そしてこの期間、大山講のある地域では各講の代表者が集って大山詣でをする“代参”が行われたのです。そして残った人たちによって、それぞれの地域で灯籠を立てて山開きの安全を祈願したのです。大山講の代参者が多く通る街道沿いでは、道明かりとして灯籠を立てたと言う説もあるようですが、いづれにせよ地域の人々が交代でその期間中毎晩灯火したのです。灯火する灯籠は木造の組立式のもので、多くはこの期間中だけ立てて、期間が終了すると崩して保管したのです。
現在、こうした大山講の代参は少なくなったのですが、灯籠行事だけは関東各地でも比較的残されているようで、上尾市では今や風物詩として行事が行われているようで、現在この行事は上尾市登録文化財 となっているものなのです。

大山灯籠行事

現在、上尾市内でこの行事が行われているのは16ヶ所に及びます。
比較的市の中心部に集っているのは、やはり当時の幹線道路である“中山道(国道17号線)”があったからなのでしょうか。 江戸時代開けていた“原市”“上尾”“平方”という3エリアの内の上尾宿に近いところと考えても良さそうです。
と言うことで、今回のコースはこうなります。

サイクリングルート大山灯籠行事ルートマップ】http://goo.gl/maps/LPx16

自宅近くの「ガンセンター入口」交差点から出発して、全16ヶ所をグルッと廻ると約28kmのサイクリングとなるのですが、左上の赤いアイコンの場所だけ通っていないのは、実は当日忘れてしまったため、後日車で訪れたためです;;
なお、説明は上尾市オフィシャルサイトからの引用です。

1.二ツ宮の大山灯籠行事

二ツ宮地区では古くから二ツ宮にある家で構成されている農家組合で大山灯籠行事を行っている。大山灯籠のほか、お獅子様や獅子講、ふせぎなどといった行事も、農家組合で行っている。
現在5年に1度、大山講の行事として大山阿夫利神社を参拝しているが、参拝する年に大山灯籠を立てている。灯籠を立てる場所は、二ツ宮公民館の敷地内である。元々、二ツ宮公民館は観音坊と呼ばれるムラ持ちの坊であった。
灯籠は、木製の組立式で、周囲に4本の竹を立てる。この4本の竹には、複雑に縄を張るが、この縄を途中でつなぐことなく1本で仕上げる。また、この縄には注連をつける。灯籠を立てるのは、大山の山開きである7月27日で、この日のことを灯籠立てという。この日から、毎晩灯籠に火を灯す。現在は電灯を灯すことになっている。灯籠を片付けるのは、8月17日で灯籠返しという。
(保持団体:二ツ宮農家組合)

5年に一度とのことなので確率はかなり低いのですが、奇跡的に今年に当たっていたようです。
二ツ宮集会所の一隅に立てられていましたが、日中でも点灯されていました。
二ツ宮の大山灯籠行事 二ツ宮の大山灯籠行事
興味をひかれたのは周囲の竹で、説明には注連縄を張る竹は4本=四角形と記載されていましたが、何故か5本のペンタゴン(五角形)になっています。何か意味があるのでしょうかね。
二ツ宮の大山灯籠行事
いたってシンプルな木造の灯籠ですが、桟のデザインが素敵です。
二ツ宮の大山灯籠行事
5年に一度とは言いながら、いまだに代参をしているのですから貴重な行事で、スタートから興味深さを覚えました。

2.西門前の大山灯籠行事

西門前地区では、古くは原組、中原、上組でそれぞれ大山灯籠行事を行ってきた。現在では、原組(現在の西門前の1班)を中心とした家々のみで行っている。この大山灯籠行事では、庚申塔の隣に灯籠を立てることから「庚申様」と称している。
7月26日を灯籠始めといって、全構成員が集まって灯籠を立てる。灯籠を片付けるのは灯籠じまいといい、同様に全員が集まって片づけを行う。灯籠を立てている間は、順番を決めて毎晩点灯している。
(保持団体:西門前大山灯籠保存会)

庚申塔等との雰囲気が実に幻想的です。
西門前の大山灯籠行事西門前の大山灯籠行事
柱以外は鉄製の灯籠で、素通しのガラスがはめ込まれています。
西門前の大山灯籠行事 西門前の大山灯籠行事
ここは電球ではなくロウソクを立てるようです。
夜の表情はこのような雰囲気です。
西門前の大山灯籠行事 西門前の大山灯籠行事
夏を楽しむかのような、風情ある灯籠でした。

3.菅谷の大山灯籠行事

菅谷地区は、上組、北中地、下組、新田の4つの組から構成されるが、大山灯籠行事は、その年の当番組が行っている。当番組は当番中ともいわれ、大山灯籠行事のほか、氷川神社の春祭礼や秋祭礼、祇園、十王様の灯籠といった菅谷地区全体の行事を担当している。
大山灯籠は、「灯籠」と呼ばれ、木製の組立式の灯籠を北中地交差点の北にある庚申塔の傍らに立てる。この灯籠は、普段は八雲神社に保管している。灯籠を立てるのは、灯籠始めといって7月26日、灯籠を片付けるのは灯籠仕舞いといって8月16日である。この作業は、当番組の班から選出される祭典委員が中心になっている。
(保持団体:下組区・北中地区・新田区・上区)

ここも庚申塔とのセットです。
菅谷の大山灯籠行事
交差点なのでバリケード看板で区切られていますが、若干の無粋さは否めませんが、まあ、仕方ないでしょうね。
こちらは木造で、朱塗りの灯籠がなかなか雅な雰囲気を醸し出しています。
菅谷の大山灯籠行事 菅谷の大山灯籠行事

4.須ケ谷の大山灯籠行事

須ケ谷地区では、大山講が大山灯籠行事を行っている。大山講は、神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社を信仰する講で、毎年代参を行ってきたが、近年では代参は休止している。講の構成員を講中といい、現在10数名である。以前は、この講中でくじ引きをして代参者を決めていた。
大山灯籠は、毎年7月26日に灯籠立てといって須ケ谷の鎮守である第六天神社の境内に灯籠を立て、8月17日に灯籠倒しといって灯籠を片付ける。この立てたり倒したりするのは、講中で行っている。古くは灯籠が立っている期間内は講中が順番で毎晩ろうそくの火を灯してきた。現在は電灯を自動点灯させている。
(保持団体:第六天神社)

それほど広くは無い第六天神社の境内にあります。
須ケ谷の大山灯籠行事 須ケ谷の大山灯籠行事
神社社殿同様、小振りな木造の灯籠は素朴な感じです。
須ケ谷の大山灯籠行事 須ケ谷の大山灯籠行事
現在でも講中の管理がまさに伝統を感じさせてくれますね。

5.箕の木の大山灯籠行事

箕の木地区では、現在町内会である箕の木区で大山灯籠行事を行っている。箕の木には、箕の木全体で祀る神社として山王様とその境内に浅間様がある。この山王様の境内に、木造の組立式の灯籠を立てる。立てるのは、灯籠立てといって7月1日で、その後灯籠を倒す8月7日までの間、毎日午後7時から9時の間、電灯の明かりを灯している。7月1日は浅間様の祭りである初山であり、8月7日は山王様の祭礼日である。実際に立てるのは7月1日前の土曜日か日曜日、倒すのは8月7日後の土曜日か日曜日に行っている。
灯籠を立てたり倒したりするのは、1年交代で選出される祭典委員である。祭典委員は1班から7班から3人、青葉台団地から3人、箕の木住宅から3人の合計12人である。
(保持団体:箕の木区)

箕の木集会所の前にあり、近くには山王社もあります。
箕の木の大山灯籠行事 箕の木の大山灯籠行事
こちらの灯籠は彫刻などがされていて実に美麗です。
箕の木の大山灯籠行事箕の木の大山灯籠行事 箕の木の大山灯籠行事 箕の木の大山灯籠行事
近くにいた方から教えていただいたのですが、NHKも先日取材に来ていたそうで注目なのかもしれません。
元は極彩色だったのでしょうが、花鳥風月のような雰囲気のある灯籠でした。
箕の木の大山灯籠行事 箕の木の大山灯籠行事 箕の木の大山灯籠行事
因みにこの裏手の雑木林は、なかなかクールスポット的な気持ちのよい通路で、まさしく自転車でなければ見つけることのできない場所ですね。
箕の木の大山灯籠行事

6.上新梨子の大山灯籠行事

上新梨子地区では、古くから上新梨子に住む25軒ほどの家だけで大山灯籠行事を行っている。これは農家組合の範囲内であり、実際には上新梨子区農家組合の行事のようになっている。
大山灯籠のことは「灯籠」といい、上新梨子集会所の敷地内に立てる。毎年7月25日前後の土曜日に灯籠を立て、翌日の日曜日が灯籠始めとなる。その後、8月中旬の盆明けの休日に灯籠納めといって灯籠を片付ける。灯籠を立てている期間中は、灯籠の電球を点灯しておく。昭和50年代には、農家組合員(古くから上新梨子に住む家の人)が毎日順番でろうそくを灯して献灯していた。灯籠を立てたり片付けたりするのは農家組合長1人と副組合長2人が行っている。
(保持団体:上新梨子区農家組合)

上新梨子集会所ですが、敷地はかなり広く子供の広場になっているようです。
上新梨子の大山灯籠行事 上新梨子の大山灯籠行事
灯籠はその入口付近にあり、こちらも木製のシンプルな造りです。
上新梨子の大山灯籠行事
灯籠の窓が少し凝っていて風雅さを感じます。
上新梨子の大山灯籠行事
時代の流れでしょうが、こちらも電球なのですね。

7.町谷の大山灯籠行事

町谷地区では、現在町内会である町谷区で大山灯籠行事を行っている。大山灯籠のことを石尊様といい、木製で組立式の灯籠を町谷集会所に立てる行事である。毎年7月26日を石尊様といって灯籠を立て、8月17日の朝に石尊講仕舞いといって灯籠を片付ける。
立てている間の夜間、灯籠には自動点灯で電球を灯している。古くは町会の役員が交代で点灯していた。
(保持団体:町谷区)

こちらも町谷区公民館の前に建てられています。
町谷の大山灯籠行事
どっしりとした重量感ある灯籠に見えます。
町谷の大山灯籠行事町谷の大山灯籠行事 町谷の大山灯籠行事
シンプルながらも、細かいところに彫刻が入っている奥深い灯籠です。

8.藤波の大山灯籠行事

藤波地区では、現在、鎮守である天神氷川八幡合社で、大山灯籠行事を行っている。7月27日が灯籠始めで、組立式の大山灯籠を立て、灯籠仕舞いの8月17日に倒す。大山講の関連行事とされ、大山阿夫利神社を石尊様ということから、石尊様の灯籠ともいう。
藤波の組立式灯籠は、灯籠部分が金属製の枠にガラスをはめた街灯風である特徴がある。神社の氏子総代4人は、5日単位で毎晩灯籠に火を灯し、この期間内、火を絶やさない。古くは、藤波のすべての家に順に油が回ってきて、一軒が一晩火を灯したという。
(保持団体:天神氷川八幡合社)

ここは今年の正月に餅つき踊りを見に来た天神社です。
藤波の大山灯籠行事
見ての通り注連縄も何もない、実に合理的な灯籠で、古の伝統と現代の文化を融合させたともいえる灯籠です。
藤波の大山灯籠行事
見た目は合理的、近代的でも伝統を継承していくには良いことなのでしょうね。
藤波の大山灯籠行事
その一方で電球ではなく、ロウソクを立てているのはとっても素敵な光景です。
藤波の大山灯籠行事 藤波の大山灯籠行事

9.浅間台の大山灯籠行事

浅間台地区では、現在町内会である浅間台区が大山灯籠行事を行っている。7月26日の「灯籠始」に浅間台地区の神社である氷川神社境内に木製の組立式の大山灯籠を立て、8月17日の「灯籠終」に倒す。この間、灯籠に火を灯す。また、周囲には四本の竹を立て、これに注連縄を巡らす。
浅間台のことを古くは沖の上といい、当時は薬王寺境内に立てた。また、もともと浅間台に住んでいた30軒ほどで組織する共有会が行っていたが、共有会と浅間台区が協定を結び、運営は浅間台区で行うようになった。区では祭典部が担当している。
(保持団体:浅間台区)

それ程広くない境内ですが、綺麗にすっきりとした社殿、境内に気持ちも洗われるようです。
浅間台の大山灯籠行事
鳥居と同じような朱塗りの屋根がマッチしていて風情ある光景です。
浅間台の大山灯籠行事浅間台の大山灯籠行事 浅間台の大山灯籠行事
社殿の行事にも「大山祭」と記載されていて、すっかり氷川神社の祭礼になっています。
浅間台の大山灯籠行事

10.弁財の大山灯籠行事

弁財地区では、古くから弁財に住む12、13軒ほどの家だけで、大山灯籠行事を行っている。おおよそが農家組合の構成員であり、弁財浅間神社の氏子でもある。7月27日の灯籠立ての日に年当番2人が浅間神社境内に、木製の組立式の大山灯籠を立てる。周囲には4本の竹を立て、これに注連縄を巡らす。また灯籠を立てた土には、白い御幣を挿す。この御幣や注連は神社の神職からいただく。
大山講の関連行事とされ、大山阿夫利神社を石尊様ということから、石尊様の灯籠ともいう。また、灯籠立て終了後、石尊講といって簡単な宴席を設けることもあった。
 その後8月17日まで灯籠は立てておき、その間、灯籠に毎晩火を灯す。古くは、油で火を灯していたので、灯すための油を家並み順に回していたという。8月17日に灯籠を倒すが、この作業も年当番が行う。
(保持団体:弁財浅間神社氏子会)

そもそも住宅街の中にポツンと浅間神社があること自体驚きであるとともに、結構わかりにくい場所でした。
弁財の大山灯籠行事
浅間神社と言うよりは古墳のような神社の手前に灯籠が立っています。
弁財の大山灯籠行事
灯籠の窓枠がちょっと素敵な三日月で、心和みそうな風情でした。
弁財の大山灯籠行事 弁財の大山灯籠行事
そして支柱の下に挿された御幣もまた伝統と言うことでしょう。
弁財の大山灯籠行事

11.柏座の大山灯籠行事

柏座地区では、神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社を信仰する講として石尊講がある。この石尊講で大山灯籠行事を行っている。現在は柏座の鎮守である春日神社に大山灯籠を立てている。古くは火の見のあった場所に立てていたが、第2次世界大戦後に火の見が現在の柏座集会所に移り、灯籠もここに立てた。その後、昭和30年代以降は、春日神社に立てるようになった。
灯籠は、7月26日に灯籠立てといって組立式の木製の灯籠を立て、8月17日の灯籠倒しまでの間、毎晩灯籠に火を灯す行事である。これは「大山阿夫利神社の山開きの間、お参りをする代わりに立てる」とされた。
(保持団体:柏座石尊講)

明治期に芝宮社、春日社、氷川社が合祀された春日神社だそうですが、それぞれ由緒ある社だったようです。
柏座の大山灯籠行事 柏座の大山灯籠行事
そして境内にある灯籠はかなり傾いているのですが、大丈夫でしょうかねえ。
柏座の大山灯籠行事 柏座の大山灯籠行事
こちらもある意味オーソドックスな灯籠といえますね。

12.谷津の大山灯籠行事

谷津地区では、谷津1丁目と谷津2丁目で構成される谷津町内会で、大山灯籠行事を行っている。大山灯籠は、現在、谷津町内会で管理している観音堂の境内に立てている。古くは谷津1丁目7番地付近にあった火の見やぐらのあった場所に立てた。
木製の組立式の灯籠で、毎年7月27日に灯籠立てといって灯籠を組立て、8月17日に灯籠倒しといって灯籠を片付ける。この作業は、町会役員や顧問が行っている。
(保持団体:谷津町内会)

ここも以前訪れた谷津観音堂の境内地にあります。
谷津の大山灯籠行事
屋根の形状や壁面の彫刻など、かなり凝った灯籠です。
谷津の大山灯籠行事 谷津の大山灯籠行事 谷津の大山灯籠行事
更に圧巻なのが支柱で、壁面と同じように龍が彫られています。
谷津の大山灯籠行事
伝統の重みを形で表したような灯籠でした。

13.向山新田の大山灯籠行事

向山の新田地区では、古くから住む人々で組織する氏子会の新田の人たちだけで大山灯籠行事を行っている。
大山灯籠のことは、一般に「灯籠」といい、木製の組立式の灯籠を高橋八七男氏宅付近の庚申塔の隣に立てる。灯籠を立てるのは灯籠立てといって7月25日であり、片付けるのは灯籠倒しといって8月17日である。氏子会の都合のつく人が集まって行っている。
灯籠を立てている期間には、氏子会の会員が戸別順に毎晩灯籠の電球を灯している。
(保持団体:向山氏子会(新田地区))

住宅地の一角にある庚申塔の手前に灯籠が立っています。
向山新田の大山灯籠行事向山新田の大山灯籠行事
木が新しそうなので、比較的最近作り直されたのかもしれません。
弁財の大山灯籠の三日月ならぬこちらは満月のようです。
向山新田の大山灯籠行事 向山新田の大山灯籠行事
夜になると昼とは違った風流な光景を見ることができます。
向山新田の大山灯籠行事 向山新田の大山灯籠行事

14.向山本村の大山灯籠行事

向山の本村地区では、本村に古くから住む人々で組織する氏子会の人たちだけで大山灯籠行事を行っている。本来は、代参講として知られる大山講の講中と呼ばれる人々の行事であった。現在は代参は休止しているが、お札だけは毎年いただいている。代参講の代参者は、初午の際にくじ引きを行い、代参者を決めている。
大山灯籠のことは、一般に「灯籠」という。7月25日から8月17日に、木製の組立式の灯籠を稲荷神社の境内に立てる。古くは、稲荷神社に向かう道路沿いに稲荷神社の幟枠があり、灯籠を立てる場所は幟枠の付近であった。稲荷神社には、昭和40年代以降立てるようになった。
灯籠を立てるのは、灯籠立てといい7月24日の朝で、灯籠を倒すのは、灯籠仕舞いといって8月18日の朝である。これを行う灯籠番は、旧大山講の講員の家を家並み順に5軒ずつが一年交代でこの任に当たっている。灯籠は、稲荷神社に分解して保管されている。灯籠を立てると、周囲に四本の竹を立て、これに注連縄を巡らす。また、完成すると御幣(幣束という)を灯籠の中に納める。この注連と御幣は、7月中旬の日曜日に行われる夏祭りの際に、神職から大山灯籠用にいただいておく。
7月25日から8月17日は、夕方に灯明を点灯し、翌朝に消灯する。この点灯と消灯を行うのは、灯明番である。灯明番は一晩交代で、灯籠番と同じように旧大山講の講員の家を家並み順に行うことになっている。灯明番の家には、「大山阿夫利神社 御燈明番」と墨書された板が回ってくる。
(保持団体:向山氏子会(本村地区))

こちらも稲荷神社の境内に立てられています。
向山本村の大山灯籠行事
灯籠もオーソドックスな灯籠です。
向山本村の大山灯籠行事向山本村の大山灯籠行事 向山本村の大山灯籠行事
灯籠には行事の説明が掲出され、知らない人でも理解できる工夫がうれしいですね。

15.地頭方の大山灯籠行事

地頭方地区では、神社や寺の祭事を実際に行う年番が担当して、薬師堂の境内で大山灯籠行事を行っている。大山灯籠のことは石尊様と呼び、木製の組立式で毎年7月22日から8月15日に立てる。年番は4人で1年交代の当番である。現在、灯籠には自動点灯する電球が設置されており、立てている間は暗くなると点灯するようになっている。
地頭方地区では、毎年4月半ば、大山阿夫利神社代参者を出す大山講があったが、平成18年ごろに休止した。大山灯籠行事は大山講の関連行事で、立てる灯籠は大山阿夫利神社の方角に向ける。
(保持団体:氷川神社)

この場所も地頭方公民館でありながら意外とわかりにくい場所でした。
地頭方の大山灯籠行事
薬師堂の前に灯籠が立っていて、暗くなると自動点灯するようですが、日陰で暗くなっても当然点灯していました。
地頭方の大山灯籠行事地頭方の大山灯籠行事 地頭方の大山灯籠行事
こちらも割とオーソドックスで、灯籠らしい灯籠といえるかもしれません。

16.堤崎の大山灯籠行事

堤崎地区では、神社などの祭事を実際に行う年行事が担当して、堤崎の鎮守である愛宕神社の境内で大山灯籠行事を行っている。大山灯籠のことは石尊様と呼び、木製の組立式で毎年7月24日に立て、8月10日に片付けている。年行事は5人で1年交代の当番である。石尊様の灯籠を立てている間は、この年行事の手によって毎晩点灯している。
(保持団体:堤崎愛宕神社)

最後の大山灯籠行事です。
堤崎の大山灯籠行事
広い境内の一隅に灯籠が立っており、簡素な作りながら三日月でも満月でもない“半月”のような明り取りが印象的です。
堤崎の大山灯籠行事 堤崎の大山灯籠行事 堤崎の大山灯籠行事
この愛宕神社は、「堤崎の祭りばやし」が上尾市無形民俗文化財に指定されており、伝統ある文化を継承している神社ですから、大山行事もまたその一つとなっているのでしょう。

こうして16ヶ所全てを廻ってみました。
サイクリングの意味合いが強い今回の散策でしたが、廻っているうちに非常に興味深いものであると感じさせられました。
夜の点灯は僅かしか見れませんでしたが、来年は夜は制覇したいものです。
大げさな行事ではありませんが、しっとり素朴に江戸時代を偲ぶとっても素敵な行事でした。

≪今回の散策ルート≫


より大きな地図で 上尾大山灯篭 を表示
2013.08.15記
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コメント

  1. 上尾の〇山 | LkZag.iM

    知らないことばっかりで!!

    おはようございます!!
     私は向山の稲荷神社近くに住んでいまして、10日くらい前に、客に来た犬の散歩で神社に行きました。その時、灯籠に気が付き、「大山講」がまだ有るんだ。くらいにしか思いませんでした。しかし、市内に16も今も続いているってすごいことですね。
     私の実家は毛呂山町で、最近は水泳の瀬戸大也くんが有名にしてくれました。毛呂山町にも大山講は、私の祖父の頃はやってました。特に大山阿夫利神社の大講義になった権田直助の生地で、記念する石塔はガキの頃より見ておりました。今でも実家に向かい荒川を渡る時に、空気が澄んでいれば大山は良く見えますね。
     これから、稲荷神社の大山灯籠を見に行ってきますね!!

    ( 09:38 [Edit] )

  2. 薄荷脳70 | -

    上尾の〇山さん、ありがとうございます。

    私はその存在すら知りませんでしたので、結構驚嘆とも言ってよい行事でした。
    今回、それを廻れて非常によい経験をさせてもらいました。
    話は変わりますが、上尾の○山さんは毛呂山町ご出身でしたか。
    3年前に出雲伊波比神社やぶさめ祭に行って、歴史民俗資料館の館長に非常に良くして頂きました。
    場所柄、人柄、とてもよい印象の町でした。
    その時の模様もアップしてありますので、よろしければお読みくだされば幸いです^^
    今後ともよろしくお願いいたします。

    ( 15:22 )

  3. 上尾の〇山 | LkZag.iM

    見ました!!

    こんにちは!!
    早速の反応ありがとうございます!!
    「毛呂のやぶさめ」の記事は昔に読んだ記憶があります。
    見直しをして確認し、良くも地元民も知らないことを調べていると驚いております。
    ①お醤油のことが有りましたが、私が中学生の頃まで家で醸造しておりました。
    ②桂木寺の釈迦坐像はまだ見たことが有りませんが、昨日は桂木寺の脇の展望台まで自動車で行き、青い柚子(薬味用)を買ってきました。家から3.8kmで実家に泊まると朝飯前のハイキングです。7月25日も歩いて行ってます。
    ③流鏑馬は「春祭り」があります。馬一頭で幼児が乗ります。60年くらい前に主役をやった記憶が有りますね。
    ④残念ですがフェイスブックはしておりませんです。

    ( 15:57 [Edit] )

  4. 薄荷脳70 | -

    上尾の〇山さん、ありがとうございます。

    無理矢理お読みいただいたようで恐縮ですw
    それにしてもご自宅で醤油を作られていたのですが。やはりかつては多くの家で醤油が作られていたのですね。まさに生き証人ですね^^
    柚子も名産ですね。
    確かに春祭りもあると書いてありましたね。主役をされていたのですか、すごいことですね。
    来年は春祭りに行ってみたいですね。柚子うどんとともに^^

    ( 15:21 )

  5. 上尾市の大山灯籠行事について

    伊勢原市住民です。現在、伊勢原の大山灯籠行事を調査研究しているものです。
    上尾市の保存活動を参考に、当市でも保存を働きかけています。
    現状を、わかりやすく報告するのに苦労していますがこのブログは分かりやすく、簡潔で、気に入りました。以後、参考させて頂きます。
    来年、当市ににある、産業能率大学の先生と上尾市に見学に行く予定をしています。
    私のブログの8月18日の記事を見て下さい。

    ( 07:05 )

  6. 薄荷脳70 | -

    斎藤様、お読みいただきありがとうございました。

    斎藤様、お読みいただきありがとうございました。
    ブログ読ませていただきました。流石に調査を目的とされていいらっしゃるので、情報が密なところは勉強になります。いづれは一度大山詣をしたいです。
    微力ながらご参考になったこと嬉しく思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

    ( 03:47 )

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