たたら祭り編 2

本祭りは宵祭りと場所が変り、地形的に川口市の中央にある「川口オートレース場」で行われます。
市の中心である市役所からは、クルマで10分も掛らないところです。

川口オートレース場

レース場のある青木(旧・青木町)には高校時代の友人がいたことから、レース場周辺には随分と行ったのですが、レース場内となると数えるほどしかありません。
川口オートレース場 川口オートレース場
勿論、レース以外で訪れたことは無く、一番古い記憶では小学生の頃と記憶しています。
なぜ、小学生がオートレース場にとおもわれるでしょうが、あるとき絵本を見ていた私が(恐らく自動車レースか何かのシーンであったのでしょう)自動車レースが見たいと駄々をこね、父親に連れられて行ったのです。
当日、確かにレースを見ていたのですが、幾つものレース見てもバイクのレースばかりで嫌気が差し始めたときに、ついに始まったのが4輪車のレースでした。何も判らぬ子供ですから、単純に喜び興奮して帰宅したのです。
そのレースとはここ川口オートレース場で行われたもので、4輪車のレースが行われていた記憶がずっとあったのですが、同年代の友人たちはずっと信じてくれませんでしたね。
それから月日もたち、そんな思い出も忘れかけていた頃ネットでその模様の写真を見ることができたのです。
4輪車レース 4輪車レース 《(C)ぶっちぎりの青春》
これは川口オートでの模様で、4輪車のレースは1973(昭和48)年まで行われていたそうです。
私の記憶も満更ではないなと思っていましたが、後日談として父が母から目茶苦茶怒られていたという話しは30年以上経ってから父から聞いた話しでした。

さてこの「川口オートレース」とレース場は、1952(昭和27)年2月1日、社団法人埼玉県小型自動車競走会により開設・開催されました。
オートの専用レース場として大いに期待されたようですが民営では採算が取れず1955(昭和30)年より市営となり、以来その歴史を続けているのです。
現在では売上・入場者数共に全国にあるオートレース場のなかで第1位を誇り、「オートレースのメッカ」といわれるほどになったのです。
これは元SMAPの森且行選手、MotoGP125ccクラスの元世界チャンピオン青木治親選手らが川口所属という強みもあってのことのようですが、その勢いは止まらず森且行が監督、青木治親、安田毅史、青山周平選手のドライバーという「オートレース・チームハルクプロ」を結成し、地方自治体としては初めての鈴鹿8耐に参戦するほどの人気ぶりなのです。

本祭り

久しぶりに訪れた「川口オートレース場」は、たたら祭りということもあって以前のイメージよりは数百倍雰囲気のよい場所に変貌していました。
たたら祭り
綺麗な飾り付けで、こちらはこれでもかとばかりに露天商があふれています。
露店 露店
ステージでは早くも“何とか連隊”みたいなショーが行われ、多くの子供の人気を集めています。
ステージショー ステージショー
レース場の周回に露天商が並んでいるといった構図です。

ここからはピックアップした光景です。
お祭広場での迫力ある太鼓の演奏
初午太鼓 初午太鼓
子供神輿の登場
子供神輿 子供神輿
露天商に混じって川口の誇る鋳物製品である“ベーゴマ”の製造・販売
ベーゴマ出店 ベーゴマ出店
懐かしいベーゴマの床も用意されています。
ベーゴマ出店
まあ、私も川口っ子ですから、ベーゴマを廻すのは訳無いことですが、当時、はっきり言って決して強くは無かった、というか弱かったですね。
鋳物とは思えない製品も展示されています。
鋳物工芸品 鋳物工芸品 鋳物工芸品
こちらは実際に鋳物を作っています。
鋳物造り 鋳物造り 鋳物造り
何を作ってくれるのか忘れましたが。。。

そしてレース場内では早くも花火大会の場所取りが行われています。
場所取り 場所取り
思いおこせば昭和30~40年代頃と記憶しますが、毎年川口市の花火大会は荒川河川敷で行われていましたので、先の本町・金山町、そして私の住んでいた旧横曽根地区は近くて自宅からも見ることができました。
しかしながら、いつの頃からか荒川は市の中心ではないと会場がオートレース場に変更になり、それ以来見に行ったことはありませんでした。 現在、板橋や戸田の花火大会は荒川河川敷で行われていますが、これも鋳物族の力が弱まったため、地主族の意向で変更になったという穿った見方も出来ないこともありませんね。。。
滅多に見られないレース場のコースです。
レース場
結構綺麗なレース場です。流石に“金はある”、のでしょう。

そして最後はそのオートレースに関するミュージアムです。
ミュージアム
バイクの数々が展示されています。
ミュージアム ミュージアム
オートレースをご存知の方には珍しいことではないのですが、このバイクのハンドルはこのように右と左とでは高さが違うのです。
ミュージアム
これはオーバルなコースを常に反時計回りにだけ走るため、常に車体は左に傾いているからなのです。
そして左に傾いたときに左右のハンドルの高さが同じになるようにするためなのです。
やはりここでも人気者のようで、森選手は別格の扱いのようです。
ミュージアム
但し決して“客寄せパンダ”では無いことを彼自身が証明しています。
プロフィールです。
■1997年にオートレース界へ参入。
■デビュー2年目に新人王。
■2000年後期にオートレース最上位のS級にランクされ一流選手の仲間入り。
■7年目にはGIIで勝利。
■2005年から一時期A級に陥落したが、 2006年後期に再びS級に復帰。
■優出15回、優勝5回、さらに初の川口オート1位、スーパースター王座決定戦出場を決める。
■デビュー13年目にしてGIを制覇。
■2008年の賞金は4500万円、2009年は3500万円を上回り、生涯獲得賞金は4億円を超え。
というように人気と実力を兼ね揃えた選手なのです。

最後にその選手達がたたら祭りを盛り上げています。
チャリティーコーナー
と、よく見れば何とも森選手も一役買っているようです。
チャリティーコーナー チャリティーコーナー
今だに人気は衰えず、ってところでしょうかね。

こうして初めての「たたら祭り」を楽しみました。
生まれたふる里が発展していく素晴らしい光景や、また「懐かしいあの場所」も残っていたりと感傷散策とでも言うのでしょうか。
今回は個人的な内容が盛りだくさんとなりましたが、これからまた10年、20年後(このくらいが限度かなあ)にまた訪れてみたいものです。
呑みに行くだけなら直ぐ行きますが。。。

2013.09.06記 (完)

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コメント

  1. 川口

    田舎から出てきて、東京(板橋区・足立区)、それから今の住まいの地域にいますので、
    川口は通勤の通過駅でしかなく、立ち寄ることはありません。
    電車では荒川の手前で古い工場が見え、鋳物なのかな~?と思ったりします。
    オートレース場も初めて見ます。森君がG1獲ったというニュースは聞きましたが、
    けっこう活躍しているのですね。それに老けたな~とも。(そりゃそうですね)

    ところで、万世橋駅の商業施設、来週末オープンします。

    ( 18:54 )

  2. 上尾の〇山 | LkZag.iM

    スゴイですね!!

    こんばんは!!
    毎回、どうしてこんなに詳しく色々と書けるのだろう?と思って見ております。
    イヤ、見させて頂いております。ありがとうございます。
    「キューポラのある街」はオンタイムでは見たことは有りません。映画の画面と現実の川口の検証には多くのお時間がかかったのではないでしょうか?
     やっと6になって反応したのですが、今回は川口オートに反応です。
    車券は買ったことは有りませんが、川口オートレース場を自分のバイクで走れる行事が有ります。過去2回行きました。
    今年は10月13日に開催です。参加申し込みはしてあります。楽しみです!!

    ( 21:37 [Edit] )

  3. 薄荷脳70 | z3DJMOlI

    山ぼうしさん、ありがとうございます。

    川口も随分と変貌しましたね。
    かつては鋳物にギャンブル、そして西川口と実にスリリングな町でした。
    まあ、今の超ベッドタウンの方が住みやすいことは間違いないでしょうが。

    万世橋駅来週ですか! 100%間違いなく行きますよ^^

    ( 10:03 [Edit] )

  4. 薄荷脳70 | -

    上尾の〇山さん、ありがとうございます。

    いつも見ていただきありがとうございます。
    タネ明かせば、ロケ地探訪という短編がYoutubeにあるので、それほど難しくはなかったのです;;
    それと多少手間が掛っても故郷ということもあって、今回は若干気合がはいりましたからw
    それにしても川口オートで走れるイベントがあるのですか! 初耳です。
    10月12日に横須賀に出かけるので、何ともいえませんが、体調がよければ13日川口オートに行って見ます。
    いつも貴重な情報ありがとうございます。

    ( 10:27 )

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