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代官屋敷跡コース、森と田園コースを巡ったポタリングも終盤です。
ここからは現在の伊奈町のシンボルといえる、バラと桜の花巡りコースを散策します。

バラと桜の花めぐりコース

“バラと桜の花巡りコース”は、伊奈町北部にある今や全国区となりつつであろうバラまつりで有名な「伊奈町町制記念公園」から、桜の名所として町民のみならず近隣からの花見客の多い伊奈町南部にある「無線山」を結ぶ、伊奈町を南北に縦断するルートです。
この季節はどちらもオフシーズンなので、その彩りを見ることができませんが、シーズン以外の表情を見るのもまた一興かも知れません。

伊奈町町制記念公園

町のあちらこちらで見かける梨園やぶどう園を抜けると公園に到着します。
梨園
現在はバラの公園で一躍有名となった公園です。
伊奈町町制記念公園 伊奈町町制記念公園
バラ見学やグルメイベントなどで数回訪れたことのある公園ですが、何も無いときの公園もノンビリできて気持ちの良いものです。

旅歴メモ 伊奈町に町制が施行されたのは、昭和45年11月1日のことで、町制施行記念公園は文字通り伊奈の町制施行を記念して昭和48年に開園された公園です。
広さは約10haで大きく南北に分かれており、北側は野球場やテニスコートなどのスポーツエリア、南側はアスレチック場、広場、キャンプ場、そしてバラ園のあるエリアです。
目玉はなんと言っても「バラ園」で、バラ園だけでも約1.2haあり、毎年10万人以上の来場者があると言われている「バラまつり」が春に開催されます。
2010年の【バラまつり】の模様です。このバラまつりは2003年から行われ、2005年からバラまつりに限って有料となったのです。
現在は約300種4500株もの規模を誇っている埼玉県でも有数のバラ園なのです。

「風の舞奏」というタイトルというモニュメントで、町制施行20周年記念として立てられたものです。
風の舞奏
こちらが「バラ園」です。

四季バラでしょうか、この時期でも結構咲いているものですが、やはり春の美しさとは比べる術もありません。
バラ園 バラ園 バラ園
ここからは「伊奈・バラと桜の花めぐりルート」をベースに進みます。

桂全寺・西光寺

伊奈町町制記念公園の西のニューシャトル周辺にあるのが「桂全寺」です。
桂全寺
石やコンクリートで作られた綺麗な寺院ですので、比較的新しい時代に改築されたのでしょう。
桂全寺
こじんまりとした境内に数少ない堂宇の本堂が、小振りながら美しく鎮座しています。

旅歴メモ 元々は下総国千葉県葛飾郡小金町(松戸市)東斬寺を発し、天文年間(1532~1555年)から永禄年間(1558~1570年)の頃、春日下総守景定によって創建されたと言われています。
慶長年間(1596~1615年)には家康より朱印30石を受領するも、火災により資料は焼失しました。その後、慶安年間(1648~1652年)には家光より朱印五石を受領し現在に至る古刹なのです。

本堂の横には町指定天然記念物の「大むくの木」があります。
桂全寺「大むくの木」
高さ約24m、樹齢約400年というむくの木としては珍しい大樹なのです。

ここから南方行に向った先に「西光寺」があります。
西光寺西光寺
かなり長い参道が続いているので、境内はかなり広いようです。
境内には簡素な山門と素朴な本堂がひっそりと佇んでいます。
西光寺

旅歴メモ 開山は今から約450年前の天文22年頃で、本尊の阿弥陀如来坐像は平安時代後期(約800年前)の行基作で文化財に指定されています。
また、かつて伊奈町にあった極楽寺跡を発掘した際に出土した石塔婆があり、鎌倉時代の石塔婆が多く発見されているのです。

こちらも伊奈町の古刹と言えるでしょう。

伊奈町立郷土資料館・小針神社

西光寺から更に西に進むと「伊奈町立郷土資料館」があります。
伊奈町立郷土資料館
立派な長屋門が当時の栄華振りを誇っているかのようです。
伊奈町立郷土資料館・長屋門
長屋門をくぐるとその先には、これまた立派な母屋が鎮座しています。
伊奈町立郷土資料館・母屋
玄関の横には“郷土記念館修復覚”なる額が掲出されているのですが、単なる額の割には妙なところに金具が打ち込まれています。
伊奈町立郷土資料館“郷土記念館修復覚”
これは土蔵の内扉を利用したものだそうで、これも一つの展示品ということでしょう。

旅歴メモ 郷土記念館修復覚によれば、この建物は文政年間(1820年頃)に木造瓦葺54坪の家屋として建築されたものだそうです。元々慶長年間(1600年頃)の時代の初代名主である齋藤弥市の住まいで、16代目の齋藤栄一が寄贈したものだそうです。
埼玉苗字字典によれば、小針神社文化三年水鉢・天保九年水鉢、明星院文政六年新西国塔、青梅御嶽神社天保八年御神燈等を寄進しているので、まさに名家といえる家柄なんでしょう。

早速中に入れば当然土間になっています。
土間には所狭しと当時の生活用品が展示されています。
土間の展示品
座敷には調度品などが置かれているなかで、ガラスケースに収められた数々の歴史資料が並べられています。
展示品 資料展示
つづらや駕籠などもあり、資産家だったことをうかがわせます。
葛籠・駕籠
納戸には甲冑から軍服まで歴史的な衣装が展示されています。
衣類
反対側には趣味・嗜好品的なものも展示されており、一角に「小貝戸貝塚」で出土された遺物も展示されていました。
嗜好品 「小貝戸貝塚」出土品
そして石塔婆からべんとうばこまで、様々な歴史の証人たちが展示されているのです。
石塔婆 べんとうばこ
決して派手な展示品はありませんが、伊奈町の文化がわかりそうな資料館でした。

資料館から再びシャトル方面に戻ったところに「小針神社」があります。
こちらも結構長い参道があり社叢で覆われています。
小針神社
参道の途中には町指定の天然記念物の「杉」があります。
小針神社・天然記念物の「杉」
高さは約30メートルもあるそうで、巨木といえる部類でしょう。
境内は広く、社殿は華美な装飾や色使いも無く、落ち着いた素朴な拝殿です。
小針神社・拝殿
本殿は凝った彫刻と、かつては極彩色であったことの名残を留めています。
小針神社・本殿
拝殿と本殿の佇まいが違うのもまた興味深いです。改修等の関係でしょうか。。。
境内にはこの招魂社のように、境内社が非常に多いのが特徴のようです。
小針神社・境内社

旅歴メモ この小針神社は1907(明治40)年に小針村内に鎮座していた33社を当時羽貫の村社であった八幡社の境内に遷座統合し創建され、その後、昭和41年に社号を八幡社から小針神社の改称されたのです。

比較的新しいといえる年代ですが、それでも100年は超えているのですから歴史はそれなリにある神社なのです。

無線山

ここからはニューシャトル高架沿いをバラと桜の花めぐりコースに沿って南下します。
季節は秋に近づいているのを感じます。
コスモス
ニューシャトル志久駅手前を右折します。
無線山
左手方向に鬱蒼とした林が続いています。
無線山
この森がかつての「小室受信所」があったエリアで、親しみをこめて“無線山”と呼ばれているのです。

旅歴メモ 小室受信所とは、国際電話㈱の受信所として1934(昭和9)年に開所され、外国との短波通信による電話の受信及び電波観測業務を行っていたところなのです。
その後、所有者は、国際電気通信㈱、逓信省、電気通信省、日本電信電話公社を経て、1953(昭和28)年から国際電信電話㈱「KDD」となり、2000年に第二電電、ケイディディ、日本移動通信が合併し現在の㈱ケーディーディーアイ(KDDI)となったのです。
特筆すべきは、1936(昭和11)年のベルリンオリンピックでの水泳競技の「前畑ガンバレ」の実況をベルリンより受信し、それがラジオ中継された受信所であったのです。
また、1956(昭和31)年の第一次南極観測船「宗谷」からの写真電送が行われ、1957(昭和32)年にはソ連が打ち上げた世界最初の人工衛星「スプートニク1号」の電波を受信し、その軌道の推定が行われた現在では歴史的な場所でもあるのです。
現在、国際通信では衛星通信が主流となっているのですが、当時の国際通信では短波が非常に効率的だったのですが、短波は様々な気象などの影響を受けやすという弱点もあるため、小室受信所のアンテナを設置するため、このような広大な敷地を必要としたのだそうです。

小室受信所跡の中央を縦断する道を進んだ突き当りには、今だKDDの表示が残っています。
無線山KDD 無線山KDD

旅歴メモ 現在もこの地はKDDIの敷地なのですが、今年2013年7月にこの跡地を来年2014年夏に埼玉県及び伊奈町に譲渡する覚書が調印されたそうです。
範囲は一部の約4.3haでが、一部とは言っても町制公園のバラ園の4倍ですからかなり広大なエリアとなるのです。
譲渡される土地は現在の「無線山・KDDIの森」に指定されていることから、譲渡後も森林の保全活動を継続していくということのようです。

この右手に広がる敷地は現在「日本薬科大学」のキャンパスです。
日本薬科大学 日本薬科大学 日本薬科大学
この場所がかつてアンテナがあった地で、その後KDDの研修所となり、平成16年から現大学となったのです。
大学の正門の先の左手が「伊奈町の花見のメッカ」とも言える桜並木です。
無線山 無線山
春になればこのように美しい光景を見ることができるのです。
無線山
その隣の敷地が「乗馬クラブ クレイン伊奈」です。
「乗馬クラブ クレイン伊奈」
大阪の株式会社乗馬クラブクレインが経営する乗馬クラブの一ヶ所で、現在は1600人以上の会員がいるのだそうです。

旅歴メモ この地ももとはKDDの土地でネーミングの変遷でもその経過が伺えます。
1997年 国際電信電話株式会社と共同し、埼玉県伊奈町に「KDD乗馬クラブ・クレイン伊奈」を開設
2001年 「KDD乗馬クラブ・クレイン伊奈」を「KDDI乗馬クラブ・クレイン伊奈」と改称
2003年 「KDDI乗馬クラブ・クレイン伊奈」を「乗馬クラブ クレイン伊奈」と改称
おそらく当初は運営のみで、現在は㈱乗馬クラブクレインが全て買い取ったと考えられるのです。

ここからグルッと迂回して無線山桜並木の反対側までが「伊奈町:バラと桜の花めぐりコース」です。
無線山
反対側には現在工事中の大きな建物がありますが、こちらは「埼玉県立ガンセンター新病院」です。
埼玉県立ガンセンター新病院
立派な建物で施設もより充実と言うところでしょうが、できればお世話になりたくない施設です。

この先を進んだ右手に「埼玉自動車大学」があります。
埼玉自動車大学校 埼玉自動車大学校
この学校については以前 【「車とバイクの祭典」オートジャンボリー2013】で訪れました。
学校沿いから再びニューシャトル沿いを進むと、スタート地点のニューシャトル丸山駅に到着です。
丸山駅

旅歴メモ かつて旧大宮市と旧浦和市を中心とした「YOU And I」合併構想がありました。
“Y”=与野市、“O”=大宮市、“U”=浦和市、“A”=上尾市、“I”=伊奈町の頭文字をとった粋なネーミングでした。
この結果が現在のさいたま市なのですが、経過として途中上尾市が住民投票で合併拒否をしたことから、飛び地となる伊奈町は断念せざるを得なかったという経緯があったのです。

伊奈町をグルッと廻ってきた散策ですが、確かにニューシャトルの開通を契機に随分と変りつつあるようです。
もし合併していたら、と考えると現在より遥かに変貌が激しかったかもしれませんが、かつては関東支配の中心地としての歴史は実に興味深いものがありました。

≪今回のサイクリングルート≫


より大きな地図で 伊奈サイクリングルート を表示

2013.09.28記(完)

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