今年9月14日、JR東日本の再開発としてオープンした「mAAch ecute 神田万世橋」、一度行ってみようと思いながら日々の喧噪に追われ中々その機会が得られませんでしたが、今回やっと行くことができました。
ここの売りは何と言っても赤レンガアーチと旧萬世橋駅の復活です。旧萬世橋駅については以前【幻の東京赤煉瓦駅】で記載しましたので、その思いもひとしおです。
「mAAch ecute(マーチエキュート) 神田万世橋」とは、簡単に言えばJR東が展開している駅での商業施設で、駅ではないながら今回は駅遺構を使用したことに注目されるのです。

早速、秋葉原駅から行って見ます。
先ずは万世橋交差点からの眺めです。
mAAch ecute
そして万世橋からのmAAch ecuteの眺めですが、流石に以前と比べると格段に綺麗になっています。
mAAch ecute
万世橋を渡ったところがエントランスになっています。
エントランス
神田川沿いはデッキになっていて、それなりの風情が楽しめそうです。
左は昌平橋方面で、右が万世橋方面です。
昌平橋方面 万世橋方面
エントランスからの通路は一直線で、ドーム型の仕切りが何となくオシャレです。
店舗内
仕切りに反って各ショップが並んでいますが、壁は赤レンガアーチを生かしたそのままの店舗です。
店舗内レンガアーチ
まさに横浜の赤レンガ倉庫を思い浮かべることができるでしょう。
赤レンガと橋梁が見えるのも何か歴史を感じさせてくれます。
煉瓦と橋梁
アパレル、雑貨、ワイン、飲食店などオシャレな空間を形成しています。
その中でも個人的には鉄道関連商品の店舗に目が引かれます。
鉄道模型やこんなにすごいフプラレールのジオラマなどなど
鉄道模型 プラレールジオラマ
中でも息が詰まる思いだったのが、こちらのJR路線図!!!!
路線図
40年以上前のこと、友人達といくつの路線を集められるかと言うアホな競争をしにわざわざ始発にのって、この路線図を黙っていただいてきたことがありましたが時効ということでご勘弁を;;
現在はちゃんと販売されているのですね。
路線案内図
トイレの前にはちょっとした仕掛けが。。。
万世橋駅の歴史 万世橋駅の歴史
萬世橋駅の歴史が30分に一回上映されるようになっているのです。
この様にに上映されるときは、トイレ前が混雑するという、とてもクールな展示なのです。

ショップ巡りも切り上げて、ここからがメインスポット
館内に2つある階段です。
1つは「1912階段」で、結構広い階段です。
1912階段

旅歴メモ 1912(明治45)年、中央線の昌平橋~万世橋間が開通し、万世橋駅は東京市電(路面電車)の乗換ターミナルとして栄えました。駅周辺エリア(神田須田町)は銀座と並ぶほどの繁華街へと成長し、神田須田町周辺は、銀座と並ぶほどのにぎわいを見せます。1919(大正8)年、中央線が東京駅に開通し、万世橋駅は中間駅となります。

万世橋駅が出来たときのままの階段で、駅休止以来、初の公開なのだそうです。
1912階段
縁石も歴史を感じます。
1912階段
90度曲がった先の階段は更に歴史の重みを感じます。
1912階段
そう、これが幻の旧萬世橋駅遺構なのです。
下から、上からとにかく写しておきましょう。
1912階段


Yaslieさんから貴重な情報をいただきました。
『「1912階段」の上からの写真の右側に写っている壁のタイルが3列、他の部分と施工された時代が違う事が見てとれますが、これは後年、電車の床の高さが高くなりホームを嵩上げした名残りです。 』
ということで、新たに興味深い歴史を知ることができました。
Yaslieさん、大変ありがとうございました。

2013.10.20追記


2つ目は「1935階段」で、こちらはやや狭い階段です。
1935階段

旅歴メモ 1936(昭和11)年には、鉄道博物館(後の交通博物館)が併設されました。万世橋駅は大きな駅舎を鉄道博物館に譲り、大幅に縮小されました。そして1943(昭和18)年、太平洋戦争激化の中、乗降客減少に伴い万世橋駅は休止となりました。

交通博物館からホームに出る階段だったようです。
1935階段
こちらも駅休止まで使われ、2006年に限定公開されて以来の一般公開だそうです。
途中の踊り場には、当時の駅貼りポスターの複製が展示されていますが、それにしてもボロボロですね。
1935階段

そしてこの2つの階段を上がったところが、旧萬世橋のプラットホームになっているのです。
プラットホーム
「まんせいばし」と書かれた柱が雰囲気ものです。
プラットホーム
片隅には旧萬世橋上屋基礎も展示されていました。
旧萬世橋上屋基礎
このようにかつては電車からしか見られなかったプラットホームですが、今はそのホームに立てるのです。
中央線上り
そして何よりも現在の中央線が間近に走るのを実感できるのですから、鉄チャンには嬉しい演出です。
中央線下り 中央線下り
しばし時を忘れて佇んでいても、何時間もいられそうです。

プロムナードは遺構と歴史が満載です。
プロムナード プロムナード
万世橋駅舎のレンガ基礎で、交通博物館をも支えていた基礎です。
万世橋駅舎のレンガ基礎 万世橋駅舎のレンガ基礎
そして万世橋の歴史を知ることのできる、数々の展示です。
歴史展示 歴史展示 歴史展示

旅歴メモ 1912年(明治45年)4月1日 - 万世橋駅開業
1919年(大正8年)3月1日 - 万世橋 - 東京間開通、神田駅開業。
1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災発生、初代駅舎焼失。
1924年(大正13年)春 - 仮駅舎で復興。
1936年(昭和11年)4月26日 - 鉄道博物館が移転、万世橋駅と併設。11月 - 駅舎解体縮小。
1943年(昭和18年)11月1日 - 万世橋駅営業休止。
2006年(平成18年)5月14日 - 交通博物館閉鎖。
2012年(平成24年)7月 - このころより旧万世橋駅の遺構を整備。
2013年(平成25年)9月14日 - mAAch ecute(マーチエキュート) 神田万世橋開業。

再び万世橋駅が活躍できる日が来たようです。
鉄道ファンでなくても、オシャレな空間を一度楽しんで見てはいかがでしょうかね。

2013.10.14記
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コメント

  1. KAEDE | -

    おっ、ついに

    見に行かれたのですね~。
    流石!の紹介記事で、また行ってみようかな~と思いました。
    ショップはほとんど見ていなくて、鉄道関連商品の店舗は興味をひきます。
    路線図・・・なるほどですね~。

    ( 23:55 )

  2. 薄荷脳70 | -

    KAEDEさん、ありがとうございます。

    やっと見に行くことができました^^
    上手に遺構を残しながら再生するっていうことが素敵でしたね。
    現状のままですと、そう何回も行くことはないでしょうが、色々イベントなどもやっているようですから、その際に再訪するのも楽しいかもしれませんね。

    ( 06:05 )

  3. 上尾の〇山 | LkZag.iM

    行ってみたくなりました!!

    こんばんは!!
    交通博物館が有ったとこのお話ですね。
    昔は博物館に小さい飛行機が有ったのを覚えてます。
    鉄道関係は大宮に来たと思います。
    また、行ってみたいところですね!!
    ありがとうございました!!

    ( 19:19 [Edit] )

  4. Yaslie | PZ0HZr96

    もし、ご存知でしたら・・・・

    「文明開化の波の中で」~「幻の東京赤煉瓦駅」シリーズ、非常に興味深く読ませていただきました。

    もし、ご存じだったら教えていただきたいのですが、万世橋駅旧本屋は、最終的に辰野金吾・葛西萬司設計事務所が建築設計を引き受けたわけですが、レンガ高架橋部分の土木構造物の設計は、辰野-葛西事務所でなく、東京市街高架線と同じバルツァーや弟子の日本人技師によるものと理解しているのですが、いかがでしょうか? 有楽町付近と似たメダリオンの配置や鍛冶橋ガードのコーナーの花崗岩との組み合わせなど共通の意匠が見られます。

    お礼にうんちくを2つ。 「1912階段」の上からの写真の右側に写っている壁のタイルが3列、他の部分と施工された時代が違う事が見てとれますが、これは後年、電車の床の高さが高くなりホームを嵩上げした名残りです。

    交通博物館時代、エントランス部に展示されていた新幹線0系とD51のレールがあった部分には床に展示に使っていたレールを切断して埋め込んであります。

    ( 11:41 [Edit] )

  5. 薄荷脳70 | -

    上尾の〇山さん、ありがとうございます。

    多くの男性にとって子供のころの交通博物館は憧れだった方も多いと思います。
    私も飛行機が(多分二葉式の飛行機ほか)あったのは覚えています。
    確かに鉄道関係は大宮に移されたのでしょうが、他のものはどこに行ったのでしょうかね?
    言われて見ると興味が湧きますね^^

    ( 11:23 )

  6. 薄荷脳70 | -

    Yaslieさん、ありがとうございました。

    お読みいただきありがとうございました。
    お訊ねの件については、当ブログに記載以上の知識は持ち合わせていないため、お答えできる術もありません。
    勝手な推論ですが、有楽町付近と同じかどうかは判りませんが、万世橋駅とそれまでの赤煉瓦高架橋の設計は別組織と思っています。もとは甲武鉄道の建設だったわけですから。。。
    きちんとお答えできないことご容赦ねがいます;;

    うんちくありがとうございます^^
    やはり見た目以上の歴史が隠されていたのですね。また、新幹線とD51の展示は良く覚えています。
    神田に勤めていた時代、毎日前を通りましたから。
    大変ありがとうございました。

    ( 11:32 )

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